テラーノベル
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繊細陰キャ根暗魔王。
みなさんふまくん推しですなぁ。
ソロの仕事を終えて控え室に戻って息を吐く間もなくドアがノックされた。何かミスでもあっただろうかと返事をすると、ドアがゆっくりと開いて風磨くんが顔を出した。
「お疲れもっきー。名前が見えたから遊びに来ちゃった」
「……お疲れ様」
営業スマイルを浮かべて、どうぞと中に招き入れると、出直そうか? と気遣われる。疲れているところに申し訳ないと言わんばかりの表情に、大丈夫、と今度は心から笑って見せた。むしろ誰かと話していた方が気が紛れていいかもしれない。
風磨くんは心配そうに顔を曇らせて言った。
「ちょっと忙しくしすぎなんじゃないの?」
「まぁね。でも、必要なことだから」
連日の忙しさに疲労がないわけではない。10周年という記念すべき日を目前に控えた今、毎日考えなければならないことも、やらなければならないタスクも山積みで、だけどそれは俺たちの歩いてきた軌跡の奇跡を証明するための作業だから、どちらかといえばうれしい悲鳴だと思っている。自分でも少し麻痺っている自覚はあるが、こうでもしないと生きていけない人種なんだよね。
だって、俺の横にいてくれている2人に新しい世界を見せることができる機会だ。若井と涼ちゃんと一緒に歩き続けることを誓えるのだ。俺の生涯において最も大きな財産である2人を笑顔にする権利を行使できるのだ。出会えた幸運と幸福を一心に浴びることが許されるのだ。
そしてこれは、俺たちが多くの人に愛されている証拠でもある。
毎日をただ生きていく、たったそれだけのことがどれだけ苦しいかを知っている。どれだけ難しいかを知っている。それでもなんとか今日まで生きて、生きていく中で手に入れた2人の存在こそが俺にとっての奇跡で、その奇跡を俺たちを愛してくれる人たちと祝えることが心から嬉しい。
そう思えばこの忙しさもありがたいことで、俺たちに関わってくれる人たち全てに感謝と敬意を込めて真摯に取り組まなければならないし、取り組みたいと思っている。俺の想いを、2人の想いを、Mrs.の想いを、俺たちを愛してくれる全ての人に伝えるために。
だから、俺のテンションが上がらないのは決して多忙さが理由ではない。これは俺にとって必要な多忙さだから。
「なんの手土産もなくて申し訳なくなるわ。ケーキでも買ってこればよかった」
「いいよ、気にしな、く……て」
「? どうかした?」
「風磨くん、香水変えた?」
なんのおもてなしもできないけど、と横並びでソファに座った瞬間、ふわっと香水のにおいが漂った。撮影期間中に何度となく香ったものとは似ているけれど違うそれを指摘すると、風磨くんが少しだけバツの悪そうな顔をした。タイミングを間違えたと言いたげな表情に首を傾げる。
「あー……これ、涼架さんにもらったんだよね、ブレスレットのお礼に」
「……あぁ、なるほど……涼ちゃんが……」
はは、弱ってるいるときに聞きたくない情報だったな。風磨くんのさっきの表情にも納得だ。今じゃなかったら、もう少しいい反応を返せたが、今の俺には取り繕う余裕すらなかった。
「……ブレスレット、涼ちゃんすごく喜んでた。ありがとね」
会ったときに俺からもお礼を言っておくと約束していたからそう口にすると、風磨くんは頭をかいた。こんなにも弱っている俺に伝えるべきか悩んでくれた彼の優しさに苦笑する。せっかく会いにきてくれたのに申し訳なくなるが、今の俺にはこれが精一杯だった。
風磨くんは少しだけ考えたあと、真面目な表情で俺を見た。
「あのさ、ひとつ確認したいことがあるんだけど」
「うん」
「元貴くんって若井くんが好きなの?」
どっと疲れが押し寄せる。風磨くんが誰に何を言われたのかが容易く想像できてしまった。もう、笑いも出てこない。
「……涼ちゃんにそう言われた?」
「お友達って言ってたけど、まぁそんなところ」
涼ちゃんの行動力を舐めてたなぁ。まさか風磨くんを味方につけようとするなんて思いもしなかった。
「……分かってるんでしょ?」
俺の呟きにも似た質問に、風磨くんは労わるような笑みを浮かべた。
「まぁそうだよね。元貴くんは涼架さんが好きなんだよね?」
そうだよ。好きで好きでたまらない。若井のことだってもちろん好きだけれど、涼ちゃんに向けるものとは完全に種類が違う。少しというには長い期間だけれど、10年よりははるかに短い間関わっただけの彼に気付かれるくらいなのに、どうして涼ちゃんには伝わらないんだろう。
「好きだよ、もう10年片想いしてる」
きっと出会ったときには恋に落ちていた。藤澤涼架っていう存在が欲しくて欲しくてたまらなかった。手を伸ばして、俺の手を取ってくれた彼を、自分だけのものにしたくて仕方がない。
でも涼ちゃんは、違う人と俺をくっつけようと奔走している。どうしたらいいのか、もう分からなかった。素直に好きだと言えばいいのかもしれないが、きっと彼には伝わらない。言葉にして伝わるならこんなことにはなっていない。
なんだか無性に泣きたくなって、ごめん、と言ってティッシュで目を覆った。
恋ってこんなに苦しいものなのか。恋も愛も散々歌にしてきたのに、俺はまだ、本当の恋をしたことがなかったのかもしれない。ちがう、ずっと涼ちゃんにだけ恋をしてきて、涼ちゃんはずっと俺の傍に居てくれるだろうって慢心していただけ。そのツケがこんな形で俺に返ってくるなんて皮肉にも程がある。
じわじわと涙がティッシュに吸い込まれていく。鼻の奥がツンとして、嗚咽を漏らしそうになるのをどうにか耐える。
「……なんで俺が赤い石のついたブレスレットにしたか分かる?」
風磨くんの穏やかな声にそっと顔を上げる。優しく目を細めた風磨くんが、言わないのはフェアじゃないと思うから、と長い脚を組んだ。
「涼架さんに、俺と恋愛しないかって持ちかけたんだよね」
ブレスレットの話はどこにいったのと詰め寄りたかったけど、その前に告げられた言葉に身体が硬直する。
「恋愛経験が薄いからアドバイスができないって言うからさ。恋愛してみたらいいんじゃないかって。で、俺とどうって」
なにそれ……やっぱり風磨くんは敵だったのか。俺の気持ちを知っていながら、涼ちゃんにそんな告白まがいなことをいつのまにかしていたのか。いや、恋愛は自由だから俺に咎める権利はない。睨みつけそうになって視線を逸らす。風磨くんはふっと息を吐くように笑った。
「涼架さん、なんて言ったと思う?」
知らないよそんなの。涼ちゃんのことだから、なるほどそんな方法もあるのかって頷いたんじゃないの? 俺と若井が付き合えるようにするために、風磨くんと恋愛してみようかなとか言ったんじゃないの?
「好きな人がいるからできないってさ」
「……え」
「好きな人にも俺にも、そんな不誠実なことはできないって、断られた。そういう真面目なところ、かっこいいよね」
ま、待って、情報が多い。
涼ちゃん、好きな人いたの? なんで風磨くんはそれを知ってるの? 俺の疑問が全部顔に出ていたのだろう、風磨くんはふはっと笑って、少し元気になった? と訊いた。元気になったと言うか欲しい情報が変なところから湧いてきてびっくりしていると言うか、多少混乱している状態だった。
「好きな人がいるって、本人もそのとき自覚したんだよ」
「ど、どういうこと?」
「これ以上は秘密」
唇の前に人差し指を立て、片目をぱちりと瞑る。悔しいくらい様になる姿に焦りが募る。
目を丸くする俺の頭をぐしゃりと撫でて、スッと立ち上がった。
「ま、俺と恋してくれないかって言うのは本気だから。やさしくて可愛い笑顔、俺が独占したいと思ってるのは嘘じゃないから。今のところ俺に勝ち目はないんだけど、長期戦も覚悟してる」
「……ッ」
「でも」
「な、に」
「もっきーの恋も、応援してる」
ニヤッと笑う風磨くんの真意が読めなくて眉を寄せる。そんな生半可な気持ちで涼ちゃんに手を出そうとしているのかと、不快感が込み上げる。
今日めっちゃ顔に出すじゃんと風磨くんは笑う。
「じゃ、また。忙しいときに余計なこと言ってごめん」
ひらっと手を振って出て行こうとする風磨くんを呼び止める。宣戦布告なのか激励なのか分からない言動はともかく、まだ答えをもらっていないものがある。
「なんで、赤い石にしたの?」
なんだ聞こえてたの、と揶揄うよう言ったあと、
「涼架さんが言ったんだよ、元貴の色だ、って。恋しい人を見る眼で。だから赤にした。本当は紫にしたかったけどね」
……え?
「言ったじゃん? もっきーの恋も応援してるって。……頭のいいきみなら、この意味が分かるでしょ?」
じゃぁね、と今度こそ部屋を出て行った風磨くんが閉じた扉を茫然としばらく見つめるが、気を取り直して 風磨くんがくれた情報を整理する。
涼ちゃんには好きな人がいて、風磨くんと話している最中に自覚した。好きな人と風磨くんに不誠実なことはできないって、風磨くんの告白を涼ちゃんは断った。つまり好きな人は風磨くんではない。
多色展開だったブレスレットの中でも赤い石にしたのは、俺の色だから……俺の色を、涼ちゃんは無意識的に選び取った。
「……そん、な……」
都合のいい夢を見ているような、そんな気分だった。だけど同時に納得する。俺のテンションを下げる要因になっていた、ここ1週間ほどの涼ちゃんの変な態度に答えが生まれた。やたらと俺と若井を2人きりにしたがって、俺と必要以上に目を合わせないどころか必要最低限以上話をしてくれなくなった理由が分かった。
希望が見えて、同時に焦りが生まれる。
仮に、仮にだ。涼ちゃんが俺のことを好きだとして、どうやって若井のことが好きだっていう誤解を解けばいい?
言葉にしたって伝わらないし斜め上からくるし鈍感だし天然だしポンコツな涼ちゃんに、どう伝えたら信じてもらえる?
わからない、分からないけれど動かないわけにはいかない。ここで足踏みをしたら、本気で風磨くんが涼ちゃんを落としにかかるだろう。そうなれば、俺なんて風磨くんにしてみれば敵にもならないだろう。
どうやって好きな人に自分を意識してもらえばいいのか、妙案は一向に浮かばない。あとは帰宅するだけの俺をマネージャーが呼びにきて立ち上がると、俺のスマホが震えた。
LINEのメッセージは風磨くんからで、お店のURLと共に“阿部ちゃんが困ってるから行ってあげて”と言う一文が送られてきた。
続。
実は恋を応援してくれてるのはふまくんだったというオチ。
これ、連載にする長さでしたね……。短編ってなんだ!
コメント
6件
重愛魔王になる前の繊細魔王みたいで、可愛いくて、推せます🤭💕笑 所々に重愛の素振りがある所があるような気もして🫣 こんな時もあったのね🫶となんだか親目線になっちゃいました。笑 そして、やっぱり💜くんかっこよ!です! 💚くんも出てくれるなんて、オールキャストで嬉しい💕
すっ…好きすぎる😍風磨くん…やっぱりアイドルは凄い…敵にも味方にもなれる笑笑 そして最後のあべちゃん登場…気になりすぎる🫠💕 短編とは…普段より1話でも短ければ短編です笑 私的にはもう延々に続いてくれていいんですけど🤣
やっぱりふまくんカッコいい✨そして優しい☺️もうふまくんでいいじゃん笑 …やぱりね、ドロ沼展開はないですよねー笑 妄想したけど長すぎるもの🤣でも楽しかったです😇(あれだけ書きましたがそういう展開になるとは思ってなかったですよホントに笑) 後は魔王に「頑張って魔王になって!」ですね✨楽しみにしてます❤️