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ノアならばその真実に気づいてしまうかもしれないと言う懸念はあったのだが、こうまで早くその疑問を私にぶつけて来るとは思わなかった。
この国の本当の財源は”楽園”から得られる資源ではない。勿論、”楽園”から得られる利益で国は潤ってはいる。だが、それはこの国の重要施設である人工採取場を隠匿するための物でしかない。
だが、この事実が他国へと知れ渡ってしまえば間違いなく大きな戦争が起きてしまうだろう。
「…貴女は、そうは思わない、と…?」
何とか誤魔化せないかと思って質問で返してしまったが、直ぐにそれが失策だったと気付いた。
誤魔化そうとするのなら素直に肯定しておけばよかったのだ。この手の質問に対して質問で返してしまっては、答えを言っているようなものだ!
自分のミスに気付き、もう隠しようが無い事とに嘆いて右手で目頭を覆う。私としたことが、とんでもない失態だ…。
仕方が無い。素直に人工採取場のことを話すとしようか。彼女は他国へも訪れてしまうため、できることなら知られたくはなかったのだがな…。
幸い、ノアもティゼム王国の真実が他国へ知られた場合にどうなるか、すぐに気付いてくれたようだ。
それは良いのだが…何故”光の柱”を口にした途端、気まずそうな顔をする…?
それではあの”光の柱”に関わっていると言っているようなものだろう!
アレについて何か知っているというのか!?いや、仮に知っていたとしても聞きたくないし知りたくもないが。絶対に口外できない厄ネタに決まっているからな。
私にもノアには知られたくない事情があるように当然だがノアにも知られたくないことがあるだろう。お互いに、深く踏み込まないようにした方が良いはずだ。
だから、人工採取場の認識阻害装置に関しては彼女に教えるつもりは無かった。
彼女ほどの知能の持ち主ならば確実に解析して自分の物にしてしまえると確信できたからだ。
こんな超常の存在が認識阻害ができる手段を得たとなれば、それこそ手に負えない存在になってしまう。本当に知れば知るほど頭と胃が痛くなってくる…。
そんなノアが少し考えてから誓約の話を彼女の方から提案してくれたのは本当に感謝の感情しか湧かなかった。
誓約の代償はこの国に一年間味方すると言う、今の彼女にとっては殆どペナルティにもならないような内容ではあったが、彼女が味方してくれるという状況自体がこの国にとって大きすぎるメリットとなる。
彼女がこの国に味方してくれるのであれば、まずこの国は安泰と言えるだろう。それこそ神々が全力でこの国を滅ぼそうとでもしない限り、安全は保障されたと言って良い。
誓約を実行するにはそれなりに準備が必要となるので、翌日の晩に魔術師ギルドにて執り行うこととなった。
これで少しは気苦労も晴れるというものだ…。
気の重い話が終わった後はお待ちかねのトラップ魔術だ。ノアは警備魔術と言っていたが、まぁ、同じようなものだろう。
誓約を行う際に魔術師ギルドにも同じ物を施してくれるらしいので、ミネアもきっと喜ぶだろう。この魔術の効果も、ミネアが喜ぶところが見られるところも、明日が楽しみになって来るな。
夜遅く、ミネアに抱きしめられながらノアとの対談のことを話せば、彼女はとても喜んでいてくれた。ミネアの喜ぶ顔を見れただけでも、私にとっては今晩の対談は価値のある物だったな。
明日以降はノアも派手に動くつもりは無いようなので、ようやく集中して仕事に取り掛かれるというものだ。
日が変わって早朝。まさかこの年になって腹を抱えて笑い転げる日が来るなんて誰が想像できただろうか!?
少しだけでも昨晩ノアが施してくれたトラップ魔術の効果を確認したかった私は、隠れながらギルドの受付広間の奥から入り口の様子を確認していた。
例のトラップ魔術は実に見事に指定した対象をギルドから叩き出していた!
外へ弾き出された冒険者に特に怪我はない。それでいて実に良い音を立ててギルドの外へと追い出されていた。
爆笑したい気持ちを必死に抑えて急いで執務室へと駆け込んで、そこで腹を抱えてしばらく爆笑し続けてしまっていた。
いや、実に痛快なことじゃないか!相も変わらず汚れて悪臭を放つ状態のものぐさ共が困惑した表情で外へと弾き出される様は、本当に胸がすく思いだった!
今回ばかりはノアに良くやってくれたと心の底から感謝しなければな!早朝からギルドに来る冒険者達が不衛生で悪臭を放っているのは今に始まったことでは無い。それが解決されようとしているのだ!これほど嬉しいこともそうは無いだろう!
ひとしきり笑いきって落ち着いたら、気持ちを切り替えてギルドマスターとしての仕事をしよう。
早速昨晩ノアが提案してくれた【冒険者に勉強させる依頼】を発注してもらうために各所に回るとしよう。まずは説明をするための資料作成だ。
幸いなことに魔物達の襲撃で出る損害はノアのおかげでゼロになったのだ。こういった事態のためにため込んでいたギルドの資金をそのまま回してしまって問題無いだろう。
その後、冒険者達が文字を覚えてくれればその分将来的に彼等の受けられる依頼の質も良くなっていくだろう。
冒険者が質の良い依頼を受けられるということは、それだけ冒険者ギルドも潤うということである。潤った資金からまた各所へ【冒険者を勉強させる依頼】を発注させられる。
全く、短時間でどうしてこんなことを思いついてしまうのやら。
まぁ、良い。資料も出来上がったことだし、依頼を発注してもらえそうな施設へと足を運ぶとしよう。
まずは教会だな。元より五大神教会は文字の読み書きを教える施設でもある。誰でも教えを受けることは可能だが、教えを受けているのは殆ど子供だ。街の子供達に文字を覚えさせるために親が教会へと連れて行くのだ。
そこで聖書を通して五大神の教えを説き、それと共に文字を覚えさせるのが教会の務めの1つである。
辺境の村にも教会はある筈なので同じことができる筈なのだが、村では文字を覚える必要が無いためか、あまり重要視されていない。
五大神の教え自体は広まっているというのに、不思議なものだ…。
「おや、これは珍しい。ユージェンではありませんか。貴方が教会に来るとは、何かありましたか?」
「久しいな。実は、教会だけでは無いのだが、冒険者ギルドから頼みがあってね。文字の読み書きができない冒険者達に文字を教えてやって欲しい」
昔馴染みの神官長が直接対応してくれたのは話が早くて助かる。何せ向かう場所はここだけでは無いからな。
単刀直入に用件を伝えれば、彼は少し意外そうに眼を見開いた。
「ほう。それはまた面白そうなことを考えていますね。まさか、依頼を受け付ける立場の冒険者ギルドが、逆に発注する側に依頼を出すと言うのですか?」
「そういうことだ。知っての通り、辺境から来る冒険者の識字率は酷いものだ。そういった者達は当然文字が読めないが故に魔術を使用できない。才能がある者はそれでもある程度は活躍できるかもしれんが、それでも才能を殺していることには変わらない」
そうだろうな。普段とは立場が逆になっているのだ。
人々には冒険者ギルドのルールというものが知れ渡っているので、どうしてもこういった発想は思いつかないものである。おそらくは他の場所でも同じような反応をされるだろう。
「ふふふ、冒険者の将来を見据えたご立派な建て前ですが、昨日、一昨日とあの竜人《ドラグナム》のお嬢さんが早朝から起こした騒動の話は此方の耳にも入ってきていますよ?本心は、冒険者達に『清浄《ピュアリッシング》』を習得させたい、ということでしょう?」
「まぁ、分かるよな…。そういうことだ。魔術を習得するには魔術言語の習得が必須になる。そのためには文字の読み書きができなければ話にならない。魔術言語まで覚えさせる必要はないんだ。引き受けてくれないか?勿論、依頼を出している以上、こちらから報酬も出す」
長い付き合いでなくてもノアが起こした騒動が耳に入っているのなら、私の魂胆など容易に想像がつくだろうな。だが、それでも建て前というものは必要だ。
魂胆が分かっているのなら隠しことはなしで行こう。各所に依頼をした後は、誓約のための準備もしなければならないのだ。話が纏まるのは、早ければ早い程良い。
「引き受けるのは構いませんが、冒険者達が今更文字を覚えようとしますかね?」
「その点は心配いらないだろうな。理由としてまず、不衛生な状態では冒険者ギルドに入れなくなっている。昨晩噂の竜人、ノアが冒険者ギルドの入り口にそういう効果を及ぼす魔術を施してくれてな。効果も今朝確認済みだ。想定通りの効果を発揮してくれたよ」
「そのような便利な魔術が存在するのですか…。ちょっとした防犯にもなりそうですね…。しかし、随分と思い切った手段を取りましたね。ギルドに入るためには清潔でいる必要があり、手早く清潔にするには『清浄』が必要になる。その為には魔術を使用できるようになるしかない…。よく考えられています」
本当にな。ノアは冒険者達、と言うよりも不衛生で悪臭を放つ連中をこの街から無くすことに、必死さを感じるほどに真剣だったからな。目的を達成させるために考えに考え抜いたのだろう。まったく、ありがたいことだ。
「ちなみに、今回の話も彼女が提案してくれたものだ。それと、だ。少しややこしい話なのだが、此方が用意した報酬の一部を使用して冒険者達に依頼を出して欲しいんだ。あのものぐさな連中は無償では文字を覚えようとはしないだろうが、金を受け取れると分かれば足を運ぼうとするだろうからな」
「なるほど。確かにまだるっこしいですが、納得はできます。我々が冒険者達に依頼と言う形で彼等に勉強をさせるというわけですか。ですが良いのですか?完全に冒険者ギルドが損をすることになるかと思いますが…」
この計画の欠点は、冒険者ギルドが完全に身銭を切った慈善活動だという点だな。当たり前だが、よほど知能が高くなければ一回依頼を受けただけで文字を覚えることなどできはしない。定期的に、何度も依頼を発注してもらう必要があるのだ。
掛かる費用は結構な額になるだろう。
だが、昨日の魔物の襲撃によって受ける筈だった損害費用に比べれば、比べるべくも無く安いものだ。
「なぁに、魔物の襲撃のためにため込んでいた資金がある。昨日それを使う機会が訪れそうになったが、ノアのおかげで被害の補償のために使う金は軽貨1枚すら使うことが無くなったからな。余裕は十分すぎるぐらいあるのさ。それに、文字を覚えた冒険者は確実に今よりも質の良い冒険者になるからな。その分、彼等の稼ぎも良くなっていく」
「それはつまり冒険者ギルドの稼ぎでもある、と。本当に良くできていますね。と言うか、昨日、魔物の襲撃があったのですか?貴方が珍しく奔走してることは知っていましたが、あれは魔物の襲撃に備えてのことでしたか…。そして、その魔物の襲撃もノアさんが解決してしまったと…。凄まじいと同時に、とても恐ろしい方ですね…。子供達に楽し気に街を案内されている彼女は、とても温厚で微笑ましく思えたのですが…」
ノアの正体が分からなければ、私も神官長と同じ気持ちだっただろうな。
とにかく、教会は此方の依頼を快く引き受けてくれるようで助かった。後回るのは、図書館とこの街で経営している各私塾と言ったところだな。図書館は問題無く引き受けてくれるだろうが、私塾の方が問題だな…。
彼等が果たして冒険者を受け入れてくれるかどうか…。
久々に町中を駆け回った気がする…。
いや、昨日も魔物の襲撃に備えて町中を駆け回ったのだが、目的が違うからな…。街並みなど碌に見ていなかった。久々にじっくりと見た光景には、懐かしさと寂しさを同時に感じさせられた。
相変わらずなところもあれば、いつの間にか見慣れないものが増えている場所もあったし、逆に私の記憶にあった物が無くなっていることもあった。
私がこの街で暮らすようになってから、随分な年月が過ぎているということだ…。生涯、この街を守り通したいものだな…。
感傷に浸るのはこのぐらいにしておこう。私が予想した通り、図書館は私の要望を快く引き受けてくれたのだが、やはり個人営業の私塾は皆が皆了承してはくれなかった。
当然だな。
彼等が経営している私塾はこの街の子供達が冒険者以外の職に就けるようにするための学び舎だ。わざわざ冒険者を招くことはしないだろうし、そもそも今更文字の読み書きを覚えさせるような場所でも無いのだ。
依頼を引き受けてくれたのは街の中でも大きい私塾だけだった。冒険者を受け入れるだけの余裕があるのだろう。それに加えて、子供達に冒険者の現状を教えようとしているのかもしれないな。
まぁ、何にせよ、駄目で元々だったのだ。引き受けてくれた私塾があっただけでも良しとしよう。
さて、私の仕事はまだ終わらない。今度は冒険者ギルド本部へ昇級試験に関する資料を作成しなければな。
こちらも駄目元ではあるが、承認されれば冒険者の識字率はかなり上昇することになるだろう。
尤も、承認されたとしても昇級試験が実装されるのはかなり先の未来になるだろうがな。願わくば、私がギルドマスターとして就任している間には、昇級試験の光景を眺めてみたいものだな。
資料を作成が終わる頃には午後の鐘が3回鳴る時間になっていた。
そろそろ誓約のための準備をしておかないとノアを待たせることになってしまう。と言うか、誓約を行う時間帯を正確に決めなかったのは失敗だった。
らしくないことをしたものだ。私はノアが用意してくれたトラップ魔術に余程舞い上がっていたようだな。
職員を呼びつけて今日は先に上がることを伝えて私は術師ギルドへ向かった。
魔術師ギルドへ到着してギルドマスターの執務室へと向かえば昨日のようにミネアが抱きしめてくれる。
とても至福な一時なのだが、今回はこの至福の感触に溺れてしまうわけにはいかない。
「ミネア、こうしていたいのはやまやまだけれど、誓約の準備を済ませてしまおう。今から準備をする場合、夜までにはギリギリになってしまいそうだ」
「ダーリンったらぁ~、真面目さんねぇ~。大丈夫よぉ~。こっちでぇ~、やれることはぁ~、済ませてあるものぉ~。慌てなくてもぉ~、心配いらないわぁ~」
流石はミネアだ。まさか、既に誓約の準備を可能な限り済ませていてくれたとは。
ならば、後は私とノアが記入すべきことを誓約書に記入するだけだ。
有り難い。さっさと私が記入すべきことを記入してしまいミネアと至福の時を過ごすとしよう。
何せここ数日はあのドラゴンに散々気苦労を負わされたからな。ゆっくり休ませてもらうとしよう。
〈ユージェン、エネミネア、今いいかな?〉
またかっ!?ミネアと至福のひと時を過ごしている時にいきなり通信を入れてこないでくれないか!?心臓が口から飛び出るかと思ったわ!?
どういう手段を取ったのか皆目見当がつかないが、ノアは私だけでは無くミネアに対しても視認していない状態で通信を行うことができるようだ。
これ、もしかしなくても彼女がこの街を去ってもことあるごとに私に連絡が来るんじゃないだろうな?
頼むからやめてくれよ!?向こうのことは向こうの奴に聞いてくれ!
何の用かと思えば、誓約を行う時間の確認だった。なるほど、こんな感じでいつでも連絡ができるから、昨晩は細かく時間を決めようとしていなかったのだな。
それにしても複数の相手に同時に会話が出来る通信とは…。
どう考えても魔術構築陣が『我地也《ガジヤ》』レベルの超高等魔術な気がしてならない。ミネアは興味津々だが、多分、君でも使用はとても難しいんじゃないかな?
おおよそ、人間が扱えるような魔術じゃないと思う。
とにかく、彼女は今からでも魔術師ギルドに向かってくるらしい。誓約の方はあまり時間が掛からないだろうし、今回はミネアにあのトラップ魔術を披露する方が私にとってはメインの用事になりそうだな。
滞りなく誓約が済んで本当に良かった。トラップ魔術に関しても、ミネアは無事習得できたようでとてもご満悦だ。
それはそれとして、ノアが帰る際に非常に才能豊かな少年の話をしてくれた。
聞けばミネアに匹敵するほどの才能を持った少年だ。
まさか、それほどの才能の持ち主がこの街に産まれていたとは…。これは実に喜ばしいことだ!
ノアはその少年を気に入ったらしく、ミネアに目を掛けておいて欲しいと要求してきた。
言われるまでも無いだろうな。ミネアも、昔の口調に戻るほどに興奮している。
彼女の昔の言葉遣いを懐かしく思い、交際を始めた頃を思い出す。ああ、あの頃から、私はミネアに恋をしていたし、愛していたのだな…。
おや、口調が変わったことをノアから指摘されて珍しくミネアが動揺している。
ミネアに愛の言葉を紡げば、彼女は直ぐに感極まって私を抱きしめてくれた。周りが私達のことを色々と言っているが、知ったことでは無い。
気付けばノアは宿に帰っていたようだ。私達も家に帰るとしよう。
今日は久しぶりに、本当に平和なひと時を過ごせた気がする。とても良い夢を見られそうだ。
それからというもの、彼女が王都へと旅立つまでの間、実に平和な日々だった。
「ユージェン?君、本当にあの日タニアに私の予定を教えてない?」
「くどいぞ。私がタニア女史を苦手にしている事はお前も知っているだろうが。誰が苦手な人物に自分から声を掛けるかよ。お前がタニア女史にあまり構わないから、愚痴を受けるのはいつも私なんだぞ?」
まぁ、彼女が旅立つまでにダンダードからノアが指名依頼を受けた日に、タニア女史が自分の予定を教えたのが私ではないかと疑いの声を掛けられたりもした。
当然、適当にあしらった。タニア女史に情報を伝えたのは、私では無くミネアなのだからな。
ちなみに、ダンダードはミネアとタニア女史が連絡を取り合うほど仲が良いことを知らない。
どうやら、タニア女史にこっぴどく痛い目にあわされたうえで叱りに叱られたらしい。ざまぁないというやつだ。
通信を行った相手は他にもいる。
「―――そういうわけだから、くれぐれも彼女を怒らせるような真似をするなよ。もし怒らせたら国が終わると思っておけ」
「なあ、ユージェンよぉ、なぁんで今になってそんな情報を俺のところによこして来るワケ?嫌がらせか?嫌がらせだろう!?こっちは貴族の馬鹿野郎共の相手で忙しいんだぞ!?連絡するならもうちょっと早くするべきだろう!?」
「私だって忙しかったんだ。それに、私があんなに気苦労を負わされたというのに、お前に余裕を持たれるのは癪だからな。どうせお前のことだ。何も問題が無ければ私のことを煽り倒していただろう」
「て、手前ぇ…。相変わらず見た目と真逆の性格みてぇだなぁ…」
一応、同じ冒険者ギルドのギルドマスターの誼だからば。王都のアイツにも連絡を入れておいてやった。
ノアは馬車を使って移動をするようなので、王都へ着くのはどんなに速くとも5日後となるだろう。その間にせいぜい対策を練っておくことだ。
私なんて無策の状態で彼女の対応を当たることになったのだ。それに比べれば遥かに余裕があるだろう。
「まぁ、彼女はこの国に1ヶ月間滞在するらしいからな。もしかしたら後2週間以上王都に滞在するかもしれないから大変かもしれないが、せいぜい頑張る事だな。そうそう、胃薬だけじゃなくて頭痛薬も買っておくと良いぞ?錬金術ギルドで売っている水色のやつだ。効果抜群だぞ?」
「有り難い情報なのに全然有り難みを感じねぇよ…。ったく、今度会ったら覚えてやがれよ…?」
「フッ、まぁ再び会える事を期待しておくとしよう。彼女を怒らせたら冗談抜きに再会できなくなるかもしれないからな。頼んだぞ、マコト」
アイツは今でこそ冒険者ギルドのギルドマスターをやっているが、その実力は今でも衰えていない筈だ。
老化を理由に冒険者を引退したことになっているが、5年前に会った時はそれが偽装であり、本来の姿が現役の頃とそう変わらない若い姿であることは知っている。
冒険者を引退した理由を聞いてみれば、指名依頼が横暴な貴族から大量に舞い込んで来て面倒臭くなった、とのことだ。
ギルドマスターならば面倒臭さはそう変わらないどころか、むしろさらに忙しくなったりもする筈なのだが、当時は知らなかったようだな。
まぁ、アイツはアイツで良い性格をしているのだ。貴族連中の食い物にされることだけはまず無いだろう。
アイツは出自が出自だから私達よりも遥かに頭が回る。おそらくノアに対しても胃薬と頭痛薬を使うことにはなるが、問題無く対応するだろう。
これでようやく肩の荷を降ろせるな。思わず深いため息を吐いてしまった。
羊の月9日、ノアが王都へと旅立つ日だ。宿泊している宿の娘達と共に馬車停泊所までやってきた。彼女達も私達と同様、ノアを見送りに来たのだろう。
この場所には、私を始め、ノアと深く関わった者達が彼女を見送るために集まっているのだ。
1人1人が別れの言葉を告げていく中、ノアは私達に対して愛おしそうな表情を向けて別れの言葉を聞いている。
結局のところ、旅立ちの日まで彼女はこの街に対して極めて友好的で、有益で、善良だった。
本当に安堵している。彼女は私達に対して好感を持ってくれたのだ。
だが、忘れてはならない。
それはあくまで私達が彼女に対して好感を持たれるように行動することが出来たからであり、人間そのものに対して好感を持ってもらえたのかどうかは、まだ分からないということを。
人間達の対応次第で彼女もまたいくらでも対応を変えていくだろう。
本当に、馬鹿な者達が馬鹿なことをしでかさないで欲しいと願うしかない。
最早、私には超常の存在にこの国の無事を祈ることしかできない。
大いなる天空神よ。どうか、このティゼム王国を見守って欲しい…。
『一応、彼女にはお願いをしたけれど、限度があるからね…。人間達の行く末は、人間達次第だよ…』
はて、何か聞こえた気がしたが、気のせいだろうか…?
まぁ良い、気を取り直して、今日も仕事だ!
そろそろ”楽園”に向かった冒険者達も帰って来る頃だ。
これはこれで忙しくなるぞ!