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カチ、と鍵の音がする。
その音だけで、ここが“普通の部屋じゃない”って分かる。
「……ねぇ、夕」
ベッドの上で、如月風が足をぶらぶらさせながら言う。
「今日も外、ダメ?」
軽い調子。だけど、少しだけ様子をうかがう声。
扉の前に立っていた葉月夕が、振り返る。
にこ、と柔らかく笑って。
「ダメ」
あっさり。
「外、危ないから」
「それ、ずっと言ってるじゃん」
風は頬をふくらませる。
「一回くらい見せてよ。窓もないしさ、ここ」
「見せない」
夕は迷いなく言った。
優しい声のまま。
「風が死ぬかもしれないし」
「……それ、本当?」
少しだけ、空気が変わる。
夕は、少しだけ首を傾げた。
「なんで?」
「いや……」
風は視線を逸らす。
「だってさ、俺、ここ来る前のこと……あんま覚えてないし」
沈黙。
一瞬だけ。
でも、それを埋めるように、夕が歩み寄る。
ベッドの前まで来て、しゃがみ込む。
「覚えてなくていいよ」
「……え?」
「怖い思いしたでしょ」
さらっと言う。
何でもないことみたいに。
「だから、俺が守ってる」
風の手首を、軽く掴む。
逃げられない強さじゃないのに、離せないくらいの力。
「ここにいれば、何も起きない」
「……でもさ」
風は、少しだけ眉を寄せる。
「外、ほんとにそんなやばいの?」
「うん」
即答。
「俺以外の人、信用しない方がいいよ」
「それも、ずっと言ってる」
「だって本当だもん」
夕は笑う。
かわいい顔で。
でも、目だけが笑ってない。
「風、すぐついていくでしょ」
「……それは、まぁ」
「だからダメ」
少しだけ、声が低くなる。
「外出たら、誰かに連れてかれて」
「そのまま帰ってこないかもよ」
風が、黙る。
その反応を見て、夕はまた優しくなる。
「ほら、怖いでしょ」
「……ちょっとだけ」
「でしょ?」
ぽん、と頭を撫でる。
ごく自然に。
「だから、ここにいよ」
「俺と」
風はしばらく何も言わない。
夕の手が、頭を撫で続ける。
一定のリズムで。
安心させるみたいに。
「……ねぇ、夕」
「なに?」
「俺さ」
少しだけ、笑う。
「ここにいるしかない、って思ってきてる」
その言葉に、夕の手が一瞬止まる。
でも、すぐにまた動く。
「いいじゃん」
柔らかい声。
「それが一番安全」
「……うん」
風は、小さく頷く。
でもその目は、どこか迷ってる。
「夕がいるしね」
「うん」
夕は嬉しそうに笑う。
「ずっと一緒にいよ」
少しだけ、強く撫でる。
「外なんて、行かなくていい」
「……」
風は、返事をしない。
その代わりに、夕の服の袖を掴む。
ぎゅ、と。
「……ほんとに、危ないんだよね」
確認するみたいに。
夕は、迷わず頷く。
「うん。危ないよ」
一切の間もなく。
「だから、閉じ込めてる」
さらっと言う。
「守るために」
風は、その言葉を聞いて。
少しだけ、目を伏せる。
「……そっか」
納得したように、呟く。
でも。
その指先は、少しだけ震えていた。
静かな時間が続く。
時計もない部屋だから、どれくらい経ったのか分からない。
「……ねぇ、夕」
ぽつりと、風が呟く。
「ん?」
ベッドの横で本を読んでいた夕が、顔を上げる。
「トイレ行きたい」
「いいよ」
すぐに立ち上がる夕。
扉の鍵を外して、ドアを少しだけ開ける。
「一人で行ける?」
「……うん」
風は立ち上がる。
そのままドアの方へ歩いて——
ふと、止まる。
「……夕」
「なに?」
「…外って、どんな感じ?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、空気が止まる。
夕の表情は変わらない。
変わらないけど、
「なんで?」
声が、少しだけ低い。
風は気付かないふりをする。
「いや、なんとなく」
「気になるじゃん、外のこと」
夕は、数秒だけ風を見つめる。
その目が、少しだけ鋭くなる。
でも次の瞬間には、ふわっと笑う。
「怖いだけだよ」
「……へぇ」
風は小さく頷く。
でも、足は動かない。
ドアの隙間。
ほんの少しだけ見える、外の暗さ。
(……ほんとに、それだけ?)
胸の奥が、ざわつく。
理由は分からないけど。
「風?」
夕の声。
すぐ後ろ。
「行かないの?」
「あ、行く」
一歩、踏み出す。
廊下に出る。
冷たい空気。
しん、とした静けさ。
「……」
(なんか、おかしい)
床に、うっすら跡みたいなものが見える。
擦れたような。
引きずったような。
…
外に続く扉に近づく。
(ここ、開けたら…外、。)
怖い?でも、自由…。
鍵を開けて、扉を押す。
その瞬間——
ぐい、と腕を引かれる。
「っ、」
気付いた時には、もう部屋の中。
ドアが閉まる音。
カチ、と鍵。
「……ねぇ、風」
すぐ目の前に、夕がいる。
さっきより距離が近い。
近すぎる。
「外、出たらダメって言ったよね?」
声は優しい。
でも、逃げ場がない。
「いや、ちょっとだけ——」
「ちょっとでもダメ」
被せるように言う。
風の手首を掴む。
さっきより、強い。
「なんで、そんなに外気にするの?」
「……」
答えに詰まる。
言葉にできない違和感。
でも、それが余計に——
「ねぇ」
夕が、少しだけ顔を近づける。
「誰かに何か言われた?」
「え?」
「夢とかでさ」
静かに、でも確実に逃げ道を塞ぐ。
「“外に出ろ”とか」
「そんなわけ——」
「あるかもしれないよね」
否定を遮る。
「風、覚えてないだけで」
「……」
ぐら、とする。
(覚えてないだけ……?)
夕の指が、風の頬に触れる。
やわらかく。
「でもさ」
優しく撫でながら、
「それ、全部“間違い”だから」
「……間違い?」
「うん」
にこ、と笑う。
「風を危ない目に合わせるやつの声」
「外に出させようとするやつ」
「全部、敵」
言い切る。
一切の迷いなく。
「俺だけが正しい」
「……」
思考が、少しずつ鈍る。
さっきまでの“違和感”が、
ぼやけていく。
「ほら」
夕が、額を軽く合わせる。
逃げられない距離。
「風は、俺のこと信じてればいい」
「……」
「守ってあげるから」
その言葉が、妙に落ち着く。
怖いはずなのに。
「……ゆう」
名前を呼ぶ。
自然に。
「なに?」
「……ごめん」
ぽつり。
「外、気にして」
夕が、一瞬だけ目を細める。
でもすぐに、嬉しそうに笑う。
「いいよ」
手首を離して、
代わりに、優しく手を包む。
「分かればいいの」
「……うん」
風は、小さく頷く。
さっき見た廊下の光景も、
床の跡も、
全部、遠くなる。
「ね、風」
「ん?」
「ここ、好きでしょ?」
少しだけ、試すような声。
でも答えは決まってる。
「……うん」
自然に出る。
「夕がいるし」
夕の笑みが深くなる。
「でしょ?」
「うん」
風はもう、迷っていない顔をしている。
「外、行かなくていい」
自分で言う。
さっきとは違う。
確信したみたいに。
「ここにいる」
夕が、満足そうに頷く。
「いい子」
ぽん、と頭を撫でる。
その手に、風は少しだけ寄る。
さっきまであった違和感は、
もう、どこにもなかった。
——ただ、
部屋の外の静けさだけが、
変わらずそこにあった。
それから数日。
——なのか、数週間なのか。
風にはもう分からない。
「夕〜、ひま」
ベッドに寝転びながら、足をぱたぱたさせる。
「本、読む?」
「もう読んだ」
「じゃあ、寝る?」
「寝すぎて逆に寝れない」
「わがまま」
夕がくすっと笑う。
いつも通り。