テラーノベル
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変わらない、優しい空気。
「ねぇ」
風が、天井を見たまま言う。
「ん?」
「さ、前にもさ」
「こうやって話してたこと、あった気がする」
ぴたり、と空気が止まる。
ほんの一瞬。
「デジャヴってやつじゃない?」
夕はすぐに答える。
軽い声で。
「よくあるよ」
「……そっか」
風は、少しだけ眉を寄せる。
「でもさ」
ゆっくり起き上がる。
「その時も、俺——」
言いかけて、止まる。
(……なんだっけ)
思い出せない。
喉まで出かかってるのに。
「なに?」
夕が、すぐ近くにいる。
いつの間にか距離が詰まってる。
「……いや、なんでもない」
「ふーん」
夕は少しだけ首を傾げる。
その目が、じっと風を見ている。
観察するみたいに。
「ほんとに?」
「うん」
「隠してない?」
「隠してないって」
少しだけ笑う風。
その瞬間、
ぐい、と手首を引かれる。
「っ、」
バランスを崩して、ベッドに押し倒される。
「夕……?」
上から、影が落ちる。
距離が近い。
近すぎる。
「ねぇ、風」
声は、優しいまま。
でもさっきより低い。
「俺に嘘つくの、やめてね」
「……ついてない」
「ほんとに?」
逃げ場がない。
視線も逸らせない。
「……ほんと」
数秒の沈黙。
夕は、じっと見つめたまま——
ふっと笑う。
「じゃあいいや」
するりと手を離す。
何事もなかったみたいに。
「びっくりした?」
「……ちょっと」
「ごめんね」
頭を撫でる。
さっきまでの圧が、嘘みたいに消える。
「でもさ」
ぽつりと続ける。
「風、最近ちょっと変だよ」
「え?」
「外のこと気にしたり」
「前にも、同じこと言った気がするって言ったり」
「……」
ドク、と心臓が鳴る。
「気のせいだよ」
風は笑う。
「多分」
「そうかなぁ」
夕は少しだけ考える仕草をして、
「まぁ、いいや」
にこっと笑う。
「でも、一応」
そのまま、ベッドの横に手を伸ばす。
カチャ、と小さな音。
「……それ、なに?」
風が身を起こす。
夕の手の中にあるのは、
細いチェーン。
「保険」
さらっと言う。
「……え?」
「風、また外出ようとしたら困るし」
軽い口調。
まるで冗談みたいに。
「ちょっとだけ、ね」
風の足首に、ひやりとした感触。
「待って、夕——」
カチ、と音がする。
簡単に外せない構造。
「……」
一瞬、言葉が出ない。
「大丈夫だよ」
夕は笑う。
いつも通りの、かわいい笑顔。
「痛くないでしょ?」
「……そういう問題じゃ」
「風のため」
被せるように言う。
少しだけ強く。
「守ってるの」
「……」
何か言おうとして、
でも言葉が出ない。
代わりに、さっきの“違和感”が少しだけ戻ってくる。
(……これ、普通じゃなくない?)
「ねぇ」
夕が顔を覗き込む。
逃げ場のない距離。
「俺、間違ってる?」
その問い。
優しい声。
でも、答えは一つしか許されてない。
「……」
風の喉が詰まる。
頭の中が、ぐらぐらする。
(違う、って言ったら——)
そこまで考えて、
思考が止まる。
夕の指が、頬に触れる。
「風」
静かに名前を呼ばれる。
「俺のこと、信じてるよね?」
「……」
さっきまでの迷いが、
また、ぼやけていく。
「……うん」
小さく頷く。
「でしょ?」
夕が嬉しそうに笑う。
「じゃあ大丈夫」
頭を撫でる。
ゆっくり、何度も。
「すぐ慣れるよ」
「……」
風は、チェーンの感触を確かめる。
冷たい。
でも——
「……夕がいるし」
ぽつりと呟く。
その言葉に、夕が満足そうに目を細める。
「うん」
「ずっといるよ」
その言葉が、
やけに安心する。
おかしいはずなのに。
違和感は、
また、静かに沈んでいった。
少し動く度に、カチャ、ジャラ、と小さな音。
風は、自分の足首に触れる。
冷たいチェーン。
最初は違和感しかなかったそれも、
今はもう——
「……夕」
ベッドの上で、膝を抱えながら呼ぶ。
「ん?」
机で何か書いていた夕が振り返る。
「どうしたの?」
「これ」
軽く、チェーンを揺らす。
小さく音が鳴る。
「……ちょっと、ゆるいかも」
一瞬、沈黙。
夕の手が止まる。
「ゆるい?」
「うん」
風は少しだけ笑う。
困ったように。
「歩けちゃうし」
「……歩ける方がいいでしょ?」
「でもさ」
視線を落とす。
指先でチェーンをなぞる。
「なんか、不安」
その言葉に、夕の目が細くなる。
静かに立ち上がって、近づいてくる。
「不安?」
「うん」
こく、と頷く。
「外、怖いって言ってたじゃん」
「言ったよ」
「だからさ」
少しだけ、言い淀む。
でも、続ける。
「ちゃんと繋がれてた方が、安心する」
夕が、すぐ目の前で止まる。
何も言わない。
ただ、じっと見てる。
「……ねぇ、夕」
風が顔を上げる。
少しだけ、笑う。
でもどこか頼るような目。
「もうちょっと、きつくして?」
その言葉。
あまりにも自然に出る。
「……」
夕は、何も言わない。
ただ、ゆっくりしゃがみ込んで、
風の足首に手を伸ばす。
「ほんとに、いいの?」
確認する声。
でも、拒否を期待してるわけじゃない。
「うん」
即答。
「だって、その方が安心するし」
「……そっか」
カチャ、と音がする。
一段、短くなるチェーン。
動ける範囲が、ぐっと狭まる。
「どう?」
「……いい感じ」
風は、小さく笑う。
さっきより、落ち着いた顔。
「逃げられない、って分かると安心する」
その言葉に、
夕の表情が、ほんの少しだけ歪む。
でもすぐに、いつもの笑顔に戻る。
「変なの」
「そう?」
「普通は逆だよ」
「……俺、普通じゃなくていいし」
さらっと言う。
迷いなく。
「夕がいればいい」
「……」
夕は、その言葉をじっと聞く。
噛み締めるみたいに。
「ねぇ」
風が、少しだけ体を寄せる。
チェーンが鳴る。
短い距離しか動けない。
その分、夕に近づく。
「これさ」
「ん?」
「手も、繋いどく?」
軽い調子で言う。
冗談みたいに。
でも、その目は本気。
「……なんで?」
「離れたくないし」
少しだけ笑う。
「無意識に動いちゃったら嫌じゃん」
「……」
夕は、しばらく何も言わない。
その沈黙を、風は少しだけ不安そうに見る。
「……ダメ?」
その一言。
小さくて、弱い。
「……いいよ」
夕が、静かに答える。
引き出しから、今度は細い、チェーンの長い手錠を取り出す。
「ありがとう」
嬉しそうに笑う風。
その手首に、冷たい金属が触れる。
カチ、と音。
もう片方は、ベッドのフレームへ。
立って、移動できる位の、長めのチェーン。
だけど、完全に自由はない。
でも——
「……安心する」
ぽつりと呟く。
さっきより、ずっと柔らかい声。
夕が、その様子を見下ろす。
「ほんとに?」
「うん」
こく、と頷く。
「夕が離れないって分かるし」
「……離れないよ」
「うん」
風は、当たり前みたいに返す。
「知ってる」
その言葉に、夕の喉がわずかに動く。
「俺、さ」
風が続ける。
「前、ちょっとだけ変なこと考えた気がする」
「……変なこと?」
「外、気になるな、とか」
「……」
「でも今、どうでもいい」
はっきり言い切る。
「ここでいい」
「夕といれば、それでいい」
完全に、迷いのない目。
夕は、それを見て——
そっと、風の頭に手を置く。
「……いい子」
優しく撫でる。
何度も、何度も。
「ちゃんと分かってる」
風は、その手に少しだけ擦り寄る。
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