テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
今日は珍しく、早番だった。遥よりも早く帰宅できる。
いつもなら早く帰ってご飯だけ炊いておくのだが、今日は仕事も大したことがなく、何となく体力が余っていた。
最近してなかったしな……。
治明は帰りにスーパーに立ち寄った。スマホでレシピを調べながらカートを押す。
久しぶりにご飯を作ろう。
遥みたいに何品も作ったり、美味しくできる自信は無いけれど。喜んでくれるはず。
そしたらきっと、頑張ったねって褒めてくれるでしょ?
こんな動機で、まるで子供みたいだ。我ながらそう思う。
実際、今の関係も遥からしたら親子のような認識なのかもしれない。
別にそれに不満がある訳じゃないし、自分が世話を焼かれている側なのもわかってる。
でも同じ歳なわけだし自分を子供と表現するのもなんともだ。
じゃあ、2人が同じ家で暮らす関係といったら。
例えばほら、旦那さん……とか。
治明はハッとし、自分の口角が情けないくらいに緩んでいたことに気づいた。
なんてバカみたいな妄想をしているんだ。
気を取り直してスマホのレシピに目を戻す。
夕飯は何を作ろうか。難しいものは無理だから、なにか簡単なもの。
目に付いたのは〚初心者でもプロの味!本格回鍋肉〛
これだ!回鍋肉って肉とキャベツだけでできるし、簡単にプロの味が出せるなんて、逃す手はない。
治明は豚こま切れ肉と、ハーフカットのキャベツをカゴに入れた。あとはジュースも入れて……。
途中〚回鍋肉のタレ〛という商品も見掛けたが無視してレジへ向かった。
帰宅後、鞄を置いてすぐにキッチンへ向かう。
遥が帰ってくる前に完成させないと。
久しぶりに包丁を握ったが、料理はそんなに苦手じゃない。キャベツをざく切りにして、豚肉と一緒にフライパンへ放り込む。ごま油をひと回しすると、じゅっと音がした。
あとはタレをつくって、しょうゆ、酒、甜麺醤。
甜麺醤……?
冷蔵庫を探すがそんなものは無い。まずそもそも甜麺醤とはなんだ。聞いたことがあるようなないような。
そんな珍しい調味料を初心者向けレシピに入れないでくれ。
治明はムッとして冷蔵庫のコチュジャンを手にし、他の調味料に混ぜ合わせた。
逆に珍しい調味料ってことは、多分重要なものじゃないはず。
タレを絡めて炒めれば、香ばしい香りが鼻を刺激する。
なんだか、上手くいってるんじゃないか。
菜箸で火を通しながら鼻歌を歌っていると玄関が開く音がした。
「うお、治明?帰ってんのー?」
玄関で驚くような声がしたと思ったら、すぐにキッチンに遥が来た。
「遥おかえり!早かったね」
「おう今日はピッタリ定時だからな。」
遥はさりげなく換気扇のスイッチを入れた。
部屋中に舞っていた白い湯気と、香ばしい匂いが薄れていく。
「あ、換気扇忘れてた。」
「帰ったら部屋中煙だらけでびっくりした。火事になるから、換気扇は忘れんなよ。」
治明が湯気だと思っていたものは煙だった。
帰宅早々褒められるつもりでいたのに、注意から始まってしまい格好がつかない。恥ずかしさから目を合わせられなかった。
「ごめん……。」
「気をつけてくれればいいよ。2人の家だから。それよりも、これ治明が作ってくれたの?いい匂いするな。」
遥は治明の肩に手を置いてフライパンを覗き込んだ。急に顔が近くなり思わずどきりとする。
「う、うん。今できたからね、すぐ食べられる!」
治明は棚から皿を取り出したタイミングでハッとする。
「……ごめん。ご飯炊いてなかった」
「大丈夫。すぐ炊けるから、今から炊いて先風呂入ろう。」
「……お風呂も貯めて無いや。」
6,667
#創作
むノー
1,365
もののあはれ
79
自分の詰めの甘さに失望した。
なんでこんなにも、いい所を見せようとするほどに失敗してしまうのか。
さっきまでの自信はどこかに消えていってしまい、恥ずかしさと情けなさが空っぽの頭で渦巻いていた。
「そんな落ち込むなって。今日は仕事早く終わらせて色々頑張ってくれたんだろ?俺飯炊いとくから、先にシャワー済ましてきなよ。」
遥は治明の顔を覗き込みながら背中を軽く叩くと、炊飯の用意を始めた。
「カッコつかないなぁ。結局遥に頼らないと上手くできなかった。」
ため息混じりに愚痴を漏らす。
「その頑張りが嬉しいよ。」
遥のフォローは抜かりない。気を使わせてしまったなぁと思いながらも、治明の気持ちを察してくれるのが心地よかった。
治明はシャワーをすませ、遥と交代したところで炊飯器から炊きあがりを知らせる音がした。
遥が戻ってくる前に食卓の準備を始める。
テーブルを拭いとこうと思えば既に綺麗に拭かれており、後で洗おうと思っていた調理器具も洗って掛けてある。
「こんなんじゃいつまでも育てられっぱなしだなぁ」
小さく笑ってため息をつき、少し冷たくなった回鍋肉を温め直した。
遥もシャワーを終えたようで、ドライヤーの音が聞こえる。ご飯と回鍋肉を皿に盛り付け、インスタントの味噌汁を作ってダイニングテーブルに並べた。
「肉、野菜、ご飯に味噌汁。よし。」
遥の手を借りてしまったし、なかなか想像のようにはいかなかったが、1食として十分なものができあがったんじゃないか。
治明はフンと鼻を鳴らし席に着いた。
「おまたせー。おお、うまそ。」
「えへへ、できましたよ遥さん。」
戻ってきた遥に治明は満面の笑みで答え、麦茶を注いだ。
「いただきます。」
遥は回鍋肉に箸を伸ばす。ひと口食べると、目をぱっと開き咀嚼し、また箸を伸ばす。
「治明、これすごく美味い!マジで。」
「本当?!よかった。」
遥の表情からも気に入って貰えたことは明確だ。予想以上の反応をしてくれたため、治明はむしろ目を瞬かせた。なら自分もと、ひと口食べる。
「……?」
箸が止まり言葉が出なかった。甘く、少しだけ舌がピリッと刺激される。全然食べられる味付けだが、脳内にある回鍋肉の味とは程遠いものであった。
胸の中で回復しかけていた自信がまた縮んで行く。
「遥、これ回鍋肉じゃなくない?なんかイメージと全然違うんだけど。」
「え、これ回鍋肉だったのか?」
2人は目を見合わせた。
遥は再度、回鍋肉(?)を口に運ぶ。今度は確かめるようにゆっくりと咀嚼し首を傾げた。
「……回鍋肉じゃないよな。」
「回鍋肉のつもりで作ったものです。」
治明は頬杖を着いて大きくため息を着き、恨めしそうに回鍋肉になるはずだったものに目を落とす。
「レシピ見ながらやったのに。プロの味じゃ無いじゃん」
「どーせお前のことだから自己流にアレンジしたんじゃないの?」
「……てんめんじゃん?無かったからコチュジャン入れちゃった。」
「それだそれ。」
治明は俯きがちに遥の顔を見上げ、眉を下げながらヘラっと笑った。
「まぁ回鍋肉じゃないにしろ美味いよ。なんと言うか、韓国風の味付けで。飯作ってくれてありがとうな。」
遥は回鍋肉じゃ無かったものを気にせずに平らげた。
コメント
1件
うわあ、治明の「いいとこ見せたいけど空回り」がめちゃくちゃ共感できました。換気扇忘れたりご飯炊いてなかったり、あの「あっ…」ってなる瞬間がリアルすぎる。でも遥が「その頑張りが嬉しいよ」って言ってくれるのが優しくて、二人の関係性の体温を感じました。回鍋肉じゃないものになったけど、それすらも微笑ましいエピソードで、この先の二人がどう変わっていくのか気になります。