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四月十九日……昼……。
巨大な亀型モンスターの甲羅と合体しているアパートの二階に住んでいるナオトは……。
「……そろそろ昼ごはんを食べる時間だな」
彼はそう言うと、ムクリと体を起こした。
「さてと……今日は何かなー」
彼はそんなことを言いながら、お茶の間へと向かった。
「おーい、みんないるかー……って、あー、これは起こさない方がいいな」
彼はほとんどのメンバーが床に横になっているのを発見すると、静かに台所へ向かった。
「……今日は久しぶりに何か適当に作るか。ん? 誰かいるな。というか、前にもこんなことがあったような気がするな」
彼は台所から聞こえてくる物音に耳を傾けながら、そこへ足を運んだ。すると、そこには……。
「そこにいるのは分かってるわよ、ナオト。お腹が空《す》いたから起きた……そんなところかしら?」
黒髪ツインテールと黒い瞳とメイド服(?)の上にエプロンを着るというスタイルが特徴的な身長『百三十三センチ』の美少女……いや美幼女『ミノリ』が包丁で人参《にんじん》を切っていた。
椅子の上でそれをやっているのは、身長が少し足りないからである……。
「うーん、まあ、そんなところだな。ところで今日の昼ごはんは何だ?」
そう言いながら、彼女のところへ近づくナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)は、微笑みを浮かべていた。
「うーん、そうね……。ナオトはカレーとハヤシライス、どっちがいい?」
ミノリ(吸血鬼)は食材を切る手を休めることなく、ナオトにそう訊《たず》ねた。
「うーん、そうだなー。たまにはハヤシライスもいいかなー……なんて」
彼は少し躊躇《ためら》いながらも、自分の意見を彼女に伝えた。
すると、彼女は微笑みを浮かべながら、こう述《の》べた。
「そう……。まあ、どっちにしろ、もう少し時間がかかるから、みんなの寝顔でも見てなさい」
彼は「……ふっ」と笑うと、こう言って、その場から離れた。
「そうか。じゃあ、できたら呼んでくれよ」
「ええ、分かったわ。楽しみにしててね」
彼女の小さな背中は、母親のそれに似ていたため、彼はほんの少しだけ故郷のことを思い出した。
母が作ってくれた数々の料理の中には重いを通り越して、重すぎる愛が込められていた。
量は彼のお腹の減り具合に合わせられていたため、食べ終わる度《たび》にとても不思議な気持ちになった。
あの頃のことは、きっと一生忘れない。というか、忘れられない。
彼が母親の味を忘れないようにしてあったのだから。
*
「みんなよく寝てるな。イタズラ……はしない方がいいよな」
彼はお茶の間に行くと、そう呟《つぶや》いた。
その時、彼の足元にゴロゴロ転がってきた者《もの》がいた。
「ナオトさーん……」
それはマナミ(茶髪ショートの獣人《ネコ》)だった。
「あー、その……マナミ。一応、言っておくが、俺は食べてもおいしくないぞ?」
彼はスッとしゃがみこむと、マナミの頭の撫でながら、そう言った。
すると、マナミはその手をガシッと掴《つか》んだ。
彼はその時、とても嫌な予感がしたため、マナミの手を振り払おうとした。
しかし、獣人型モンスターチルドレンである彼女の握力は、この世界で最も硬《かた》い金属を粘土《ねんど》のように変形させられるため、彼がそれに敵《かな)うわけがなかった。
「わーい、手羽先《てばさき》だー。いただきまーす」
マナミは幸せそうな顔をしながら、彼の人差し指を口の中に入れた。
「……あー、やっぱりこうなったかー。こうなると、満足するまでマナミは離してくれないからな。うーん、どうしたものか」
彼が左手で頬をポリポリ掻《か》いていると、何者かがゴロゴロ転がってきた。
「はいはい、分かってますよ……。こういう時、こっちに来るのが誰なのかは……」
彼はそう言うと、彼女の頭を撫で始めた。
「……ナオ兄……もっと撫でてー」
シオリ(白髪ロングの獣人《ネコ》)は、彼の腕を抱き枕代わりにしながら、そう言った。
「はいはい、言われなくてもそうするから、安心しろ。……それにしても、可愛い寝顔だな。俺がこんな体じゃなかったら、今すぐ添い寝したいところだが、それだとロリコン扱いされそうだから、結局しないんだけどな」
彼は少し俯《うつむ》きながら、静かにそう言った。彼はロリコンではない。
ただ、彼女たちの純粋なところに惹《ひ》かれて、つい甘えてしまうだけだ。
彼の母親がそういう体型だからそうなってしまったのかもしれないが、それは一つのきっかけにすぎない。
「ナオトさん……いつも頑張ってて……えらいですねー」
「ナオ兄……あんまり頑張りすぎちゃダメだよ……」
二人は頭に生えている耳をヒコヒコと動かしながら、彼に手を伸ばした。
彼は、その小さくて柔《やわ》らかい手を優しく握ると、その温《ぬく》もりを感じながら、こう言った。
「二人とも、ありがとう。俺、これからも頑張るよ。だから、その」
その時、二人の手が彼の手をギュッと握《にぎ》り返した。
彼はそれに気づくと同時に微笑みを浮かべながら、静かに涙を流し始めた。
「……俺、お前たちを……モンスターチルドレンを人間に戻せるようになるまで絶対に死んだりしない。だから、それまで一緒に居《い》てくれ。じゃないと俺は」
その時、二人は静かに目を開けた。
そして、彼の頬に顔を近づけると目を閉じながら、優しくキスをした。
「ナオトさん……」
「ナオ兄……」
二人は彼の目尻《めじり》に溜《た》まった透明な液体を拭《ぬぐ》うと、微笑みを浮かべながら、両手を広げた。
まるで、いつでも飛び込んできていいよ……とでも言わんばかりに……。
彼は一瞬、驚きを露《あら》わにしたが、二人の笑顔を見た直後、彼は溢《あふ》れ出す涙を拭《ぬぐ》わずに、二人をギュッと抱きしめた。
「……ごめんな、二人とも。俺、本当は……めちゃくちゃ泣き虫なんだ……。けど……こんな俺を……嫌いにならないでくれ……。頼む……!」
彼は小さな体を震《ふる》わせながら、二人にそう頼んだ。
二人は、よしよしと彼の頭を撫でながら、ギュッと抱きしめると、それぞれこう言った。
「ナオトさんは泣き虫なんかじゃありません。とっても強くて頼りになる素敵《すてき》な人です。ですから、嫌いになんてなりません」
「ナオ兄は、いつも頑張りすぎだから、たまにはこうして私たちに甘えてもいいんだよ。だから、無理しないでね」
二人のその言葉を聞いたナオトは、ギュッと二人を抱きしめると、先ほどよりも勢いよく涙を流し始めた。
歯を食いしばっているため静かに泣いているように見えるが、それは声を出さないようにするためである。
その様子を他のメンバーは温かい目で見守っていた。
ナオトは、たまにこうなる。
しかし、いつも皆《みな》の先頭に立って脅威《きょうい》に立ち向かっていく彼のような人間にはそういうものが必要だというのを皆《みな》は知っていた。
傷ついた体を……心を癒《いや》す方法の一つ。命の温《ぬく》もりを感じるということを。
今の彼にとって、それが最も有効な方法だということをマナミやシオリだけではなく、他のメンバーも分かっていた。
彼の心が完全に癒《いや》されるまで、みんなは彼とマナミとシオリの様子を静かに見守ることにした。
*
それからしばらく経って……。
「ナオトー、ハヤシライスできたわよー」
「お、おう、分かった」
ナオトは、ミノリ(吸血鬼)の声を聞くと、目尻《めじり》に溜《た》まっていた涙をゴシゴシと手で拭《ぬぐ》った。
その後、ミノリのところに行こうとしたが、マナミとシオリに肩を掴《つか》まれた。
二人の真剣な眼差《まなざ》しがナオトに向けられたが、彼は二人の頭の撫でながら、こう言った。
「俺はもう大丈夫だ。だから……その……ミノリのところに行かせてくれ」
二人は、そのままの状態で彼にこう告げた。
「……分かりました。でも、また甘えたくなったら言ってくださいね?」
「ナオ兄、すぐ無茶するから、少し心配……。だけど、私はナオ兄のこと、すごいと思ってるよ。だから、いつでも甘えていいんだよ?」
彼は微笑みを浮かべながら、二人を抱きしめた。
「ああ、そうだな。その時はよろしく頼むぞ」
「はい……」
「うん……」
「じゃあ、今から昼ごはんにするから、他のメンバーを起こしてくれ。頼めるか?」
「はい、分かりました」
「うん、分かったー」
「よし、じゃあ、頼んだぞ」
彼はそう言うと、ミノリのところへ向かい始めた。
二人は彼の背中を見ながら、彼の温《ぬく》もりが次第に消えていくのを感じていた。
しかし、彼から言われたことを早急に実行しなければならないという考えが頭に浮かんだため、二人はそれを実行することにした……。
「おーい、ミノリー。来たぞー……って、おい、ミノリ。大丈夫か?」
ナオトが台所に行くと、ナオトに背を向けた状態でしゃがみこんでいるミノリ(吸血鬼)の姿があった。
「……う……うん……あたしは……大丈夫……だから、あんたは……気に……しないで……」
彼女の息が少し上がっていることに気づいたナオトは彼女に近づこうと、足を一歩前に踏み出した。
その時、彼女は勢いよく振り返った。
そして、彼を押し倒すと馬乗りになった。
その後、彼の首筋に噛《か》みつくと、ものすごい勢いで彼の血を吸い始めた。
「……お、おい、ミノリ。ちょっと待て……俺、まだ心の準備が……」
彼が弱々しくそんなことを言った瞬間、彼女はやっと我に返った。
彼女は、いきなり彼の血を吸ってしまったことに気づくと、彼をギュッと抱きしめた。
「……ごめんなさい……あたし……なんか……頭がおかしくなったみたい……。あんなことするなんて思ってなくて……だから、その……」
彼は彼女が最後まで言い終わる前に、そっと彼女を抱きしめた。
「いいんだよ、俺は別に気にしてなんかないから。ただ、ちょっとびっくりしただけだ。だから、遠慮なく吸っていいぞ」
「バカね。あたしは吸血鬼よ? その気になれば、あんたの血を吸い尽くすことだってできるのよ? それなのに、どうして……」
彼は震えるミノリ(吸血鬼)の手をそっと握ると、静かにこう言った。
「それはな……お前のことをとても大切な存在だと心からそう思っているからだ」
「……バカね……あたしは、あんたを利用しているだけよ。それなのに、あんたはあたしの言うことをホイホイ信じて、ちょっと褒《ほ》められただけですぐ照れる。チョロすぎよ、あんたは」
「でも、その方が扱いやすいから、ここまで連れてきたんだろう? それに、それは俺に限ったことじゃないぞ。お前だって、俺が絡《から》むと感情を剥《む》き出しにするじゃないか。それは、どうしてだ?」
「そ、それは……その……よく分からないけど、本能的にそうなっちゃうのよ……。多分……」
「そっか。多分か、はははは、お前らしいな」
「もう、あんまりバカにすると、また血を吸うわよ」
「おう、別にいいぞ。心の準備はバッチリだ」
その時、彼のおなかの音が部屋中に響《ひび》き渡《わた》った。
ミノリ(吸血鬼)は、目尻《めじり》に溜《た》まっていた涙を手で拭《ぬぐ》うと彼の目を見ながら、ニッコリ笑った。
「心の準備はできてても、体はできてないから、ダーメ。ほら、さっさと運ぶわよ。早くしないとせっかくの料理が冷《さ》めちゃうから」
「そうだな……。とりあえず昼ごはんにするか。この続きはそのあとだ」
二人はゆっくり体を起こすと、ニカッと笑った。
そして、今日の昼ごはん……『ハヤシライス』をお茶の間まで運ぶことにした。
その日の昼ごはんは、二人にとって一生忘れられない思い出の料理となったそうだ。