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桜乃 結萌の一件からひと月程が経ち、本格的に映画の撮影が始まるとスケジュールは映画中心に変わって現場での拘束時間も長くなる。

その中でも海岸を舞台にしたシーンの撮影が特に大変だった。


天気に左右されて思うように撮影が出来なかったり、光や波の具合で何度も撮り直しになったり。


しかもこのシーンは都内から少し離れた海岸での撮影だった為、出演者やスタッフたちは旅館を貸し切り、泊まり込みの撮影を強いられていた。


私は小柴くんと交代で現場に留まったり都内に戻って仕事をこなしたりと忙しなく動いていて、海岸での撮影期間中はほぼほぼ雪蛍くんと二人きりになる時間なんて無い。


それには私は勿論、甘えたがりの雪蛍くんにはかなりの苦痛だったようで、泊まり込みの撮影ももうすぐひと月が経とうとしていたある夜、彼にお願いされた私は気分転換も兼ねて旅館から少し離れた辺りまでドライブをしていた。


「あーもう、マジで有り得ねぇ……辛い」

「もう少しで撮影も終わるってスタッフさんたちも言ってたよ? あと少しの辛抱だよ」

「わかってるけどよー、つーか、莉世は辛くねぇのかよ?」

「え?」

「こっちに来てから全然シてねぇんだぜ? 欲求不満にならねぇのかよ?」

「なっ!」


雪蛍くんの言いたい事は分かる。分かるけど、ここはもう少しオブラートに包んで発言して頂きたいものだ。


「まさか莉世、お前都内に戻ってる時に他の男と……」

「もう! 馬鹿な事言わないでよ! そんなのいる訳ないでしょ? 毎日忙しく仕事をこなしてるだけです!」

「悪い悪い、冗談だって。怒るなよ」

「もう」


人気のない高台にやって来た私たちは車を停めて車内で話をする。


密室、人気の無い……暗い場所。


この条件さえあれば、恋人同士なら自然とそういった雰囲気に飲まれてしまう。


暫くご無沙汰な私たちなら、特に。


でも勿論、ここではキス止まり。


いくら人気が無かろうが場所は弁えなくてはいけないから。


「……ッん、……ふ……っぁ、」


こういう、深い口付けは久しぶり。キスだけで身体が蕩けてしまいそうになる。


「莉世、顔ヤバすぎ」

「え……やだ、……変?」

「ちげーよ、エロくてそそられるって事」

「もうっ、やだ……」


けど、こうなるとキスだけでは歯止めが効かなくなるもので……。


一瞬理性が飛びかけて雪蛍くんのペースに流されてしまいそうになったけれど何とか保つとむくれる彼を宥め、撮影が終わって家に帰れたら好きなだけ堪能するという彼に小さく頷いた私は旅館まで再び車を走らせた。



「それじゃあ、明日も撮影頑張ってね」

「お前、今から都内帰るのかよ」

「うん、明日は朝から打ち合わせがあるから」

「……気を付けて帰れよ」

「うん、分かってる」

「着いたら連絡しろよ、待ってるから」

「うん、ありがとう。それじゃあね」


雪蛍くんを旅館に送り届けた私たちは極力小声で会話をして別れたのだけど、この現場をある人に見られていた事に全然気付かなかった。


ようやく海岸シーンの撮影を終えた雪蛍くんが戻って来て、再びスタジオでの撮影が続いていた、ある日の事。


「南田さん、少し宜しいでしょうか?」


今日は小柴くんと共にスタジオ入りしていた私は端の方で一人スケジュール確認をしていると、桜乃さんのマネージャーのはらさんが声を掛けてきた。


「はい?」

「ここではちょっと……夜にお時間が頂けると嬉しいのですが」

「夜……ですか?」


何やら深刻そうな表情の原さん。仕事中なら構わないけれど彼は仕事終わりに時間が欲しいと言う。


勿論、仕事の事で何かあるのは分かっているのだけど、勤務時間外に異性と二人きりになると雪蛍くんが煩いのだ。


「実は、結萌が貴方にお話があると言う事で……」


けれど、原さんのその言葉で警戒心は一気に解かれた。


どうやら桜乃さんも同席でという事らしい。


「分かりました。でしたら二十一時以降でいかがでしょうか?」

「はい、それで構いません。では後程、よろしくお願いします」


一体、何の話があるのだろうと不思議には思ったものの、「南田先輩、ちょっといいでしょうか?」という小柴くんの声掛けで疑問は吹き飛んでしまい、話し合いの席につくまで考える事は一切無かった。

ヤキモチ妬きな彼からの狂おしい程の愛情【完】

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