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#3 愛しき終わり
omr side
涼ちゃんが余命を告げてからの毎日は、息をするだけでも痛かった。
どんなに笑っても、その裏側にある「終わり」がずっと僕を苦しめていた。
「大丈夫だよ」って言う涼ちゃんの声も、僕にはどこか遠く感じた。
怖かった。本当に怖かったんだ。
涼ちゃんがいない世界なんて、考えるだけで息ができなくなるほどに。
「元貴さ、俺がいなくなっても、バンド続けてね」
ある夜、海辺を歩きながら涼ちゃんがそう言った。
「やだよ」
すぐに言葉が出た。
だってそんなの、本気で考えられるわけがなかった。
「俺は涼ちゃんとじゃなきゃ、やだよ」
声が震えていた。情けないくらいに。
「……そっか。ありがとね」
涼ちゃんはそう言って笑ったけど、その笑顔が切なくてたまらなかった。
活動を続けるか、解散するか。
若井と何度も話し合った。
「元貴、俺は……やりたい気持ちもある。でも、正直どうすりゃいいかわかんねぇ」
若井の言葉は、僕の胸の奥をかき乱した。
「わかってるよ……でも、涼ちゃんがいないミセスなんて……」
吐き出すように言った言葉に、自分自身が一番傷ついていた。
「でもな、元貴。涼ちゃんはきっと……」
「わかってる!! わかってるんだよ!!」
声を荒げてしまった。
若井は何も言わずにうつむいていた。
僕だって、涼ちゃんが望んでることくらい、わかってるんだよ。
でも、どうしても受け入れられなかった。
「いなくなる」という現実が、どうしても。
それでも、僕は涼ちゃんのそばにいた。
どんなに怖くても、離れることだけはできなかった。
音楽のことも、未来のことも、すべては涼ちゃんと話したかった。
「元貴はさ、俺と出会って後悔してない?」
ベッドの上で、涼ちゃんが弱い声で言った。
「……何言ってんの、後悔なんかするわけないだろ」
「僕さ、最初はこんなに好きになるなんて思ってなかったんだよ」
涼ちゃんの瞳は少し遠くを見ていた。
「でも、気づいたら……元貴のことばっか考えてた」
胸が熱くなった。涙が込み上げるのを必死で堪えた。
「俺もだよ、涼ちゃん」
涼ちゃんの手を握った。
細くなった指先が、こんなにも愛おしいなんて。
「ずっと好きだよ」
「ありがと……元貴」
涼ちゃんの声は震えていて、それでも笑顔を見せてくれた。
最後のライブをやろうって話したのは、涼ちゃんからだった。
「どうせなら、最後に最高の景色見たいんだよね」
涼ちゃんは、弱った体でそう言った。
僕と若井は何も言えなかったけど、結局、3人で最後のライブをやることを決めた。
当日、ステージの上の涼ちゃんは、少し苦しそうだったけど、いつもと同じように笑ってた。
僕はずっと涼ちゃんを見てた。
目が合うたびに、胸が痛くて、それでも幸せだった。
ライブが終わった夜、僕は涼ちゃんの部屋で一緒にいた。
「ねぇ、元貴」
「ん?」
「ありがとね。本当に、出会ってくれて」
「俺のほうこそ……ありがとう」
声が震えた。
涼ちゃんの顔が霞んで見えた。
「僕ね、元貴と出会えなかったら、こんなに幸せじゃなかったと思う」
「やめてよ……」
泣かせるようなこと、言わないでよ。
「でも本当だから」
涼ちゃんは僕の髪を撫でてくれた。
その手の温もりを、ずっと忘れたくないと思った。
「元貴、大好きだよ」
「俺もだよ。ずっと大好きだよ、涼ちゃん」
声がかすれても、何度も言った。
「大好きだよ……」
「ありがとう……」
涼ちゃんは、最後に微笑んだ。
しばらくして、涼ちゃんの手から力が抜けていった。
「涼ちゃん……?」
呼びかけても、返事はなかった。
何度も名前を呼んだ。
でも、もう返ってこなかった。
部屋の窓からは、波の音が聞こえていた。
涼ちゃんが愛した海の音だった。
僕は涼ちゃんの手を強く握りながら、泣き崩れた。
「ありがとう……ありがとう……」
言葉が途切れても、何度も繰り返した。
涼ちゃんがいなくなる日が来るなんて、本当はずっと信じてなかった。
でも今、僕の隣にいるはずの人は、もうどこにもいなかった。
それでも、最後の瞬間まで愛を伝えられたことだけが、唯一の救いだった。
それからの日々は、ただ静かで、冷たかった。
涼ちゃんの声も笑顔も、思い出の中でしか見つけられなくなった。
でも、最後に言った「大好きだよ」の言葉は、胸の奥でずっと響いていた。
愛してるよ、涼ちゃん。
今も、これからも。
ずっと_ずっと。
海の近くに住んでるっていう設定です