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「──この前の夜、覚えてる??」
放課後の準備室でOは理科の教材を整理しながら、まるで独り言のように呟いた。その声は嘘のように穏やかで、しかしIの心臓を不意に鷲掴みにするような響きを持っていた。
「前って、いつ??」
Iが問い返すと、Oはほんの少しだけ口元を緩めた。その笑みには、何かを企むような、それでいて甘い悪戯心が宿っているように見えた。
「……俺の肩で泣いてた夜の事」
Oの言葉にIの手がピタリと止まる。途端に、Iの心臓が不規則なリズムを刻み始めた。自分でも意識できるほどの速さで、ドクンドクンと脈打つ。顔の奥から熱がじわりと広がり、頬がひどく熱くなるのを感じた。
「あれさ……正直ちょっと可愛かったよ」
Oは涼しい顔でまるで理科器具の配置でも考えるように視線を落としたまま、そう言い放った。その平然とした態度がIの羞恥心をさらに煽る。
「………………はッ??」
Iは自分の声が情けないほどに裏返ったのを聞いた。
「……いつもは可愛くないのかよ」
拗ねたようにIは唇を尖らせた。Oの方をじっと見据えてそう言うとOはゆっくりと顔を上げて、蕩けるように柔らかく笑った。その瞳は、Iの全てを包み込むかのように深く、そして甘い。
「いつもは……強がって、すぐ人を振り回して、嘘ばっかついて。それはそれで、Iらしいなって思ってる」
Oの言葉一つ一つがIの心にじんわりと染み込んでいく。
「それ褒めてる??」
Iは半ば呆れたように問い返した。
「褒めてるよ。IはIだし俺はどっちの顔もちゃんと好き」
何でもないことのように、Oはさらりと言い放った。その真っ直ぐな言葉に、Iは思わず俯いた。喉の奥が熱く締め付けられるような感覚に襲われる。
「……お前のそういうとこ、ずるいんだよッ///」
掠れた声でIは精一杯の抵抗を示した。
「そう??ずるくても、Iが俺のことちょっとだけ見てくれるなら別にいいよ」
そう言って、OがゆっくりとIに近づいてくる。その手が、Iの髪にそっと触れた。指先が髪を梳くたびにゾクリと背筋に甘い痺れが走る。もう逃げ場なんてどこにもないのになんでこんなに優しくするんだよと心の中で毒づいた。
──けれど言葉にはしなかった。
言ったらきっとまたこの人の前で泣いてしまうから。