テラーノベル
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さてさて、魔王は頑張れるのかな?
朝、スタジオにやってきた若井が俺の顔を見るなり不機嫌ではなく戸惑いに顔を歪めた。どこか俺を責めるオーラを漂わせる若井に嫌な予感が走る。予感というかもはや確信だ。
「涼ちゃんが変なんだけど」
案の定の言葉に思わず天を仰ぐ。真剣な声音でなんなら心配さえしているだろう若井に、俺はゆるく微笑んで見せた。
「そんなんいつものことじゃん」
むしろ彼が変じゃなかったことの方が珍しいだろうと言うように。そうだけど、と頷いた後、若井は昨日起きたことを順番に話し始めた。
若井の話をまとめると、昨日の夜いきなり涼ちゃんがやってきて、若井って今好きな人いないの? と突然訊いたらしい。もうこの時点で俺の初手が失敗だったことは明白で、かと言ってなかったことにもできないから深い深い溜息を吐くしかなかった。
いきなりやってきた挙句の唐突な質問に、急になにと若井が返したところ、いや、いないのか気になっただけ、と言ったそうだ。俺の名前を出さないところは彼なりの気遣いなのだろうけど、そんなん急に気なったからって家行かないでしょ、常識的に考えて。もっとマシな言い訳しろよ。
若井が何も言わなかったため特に話は発展しないかと思いきや、涼ちゃんはめげずに若井の好きなタイプを尋ねたという。メンタル鬼かよ! レコーディングではべしょべしょ泣いてんのになんでこういうときだけ強いんだよ。いや、元々芯はある人だから、変なとこで発揮されって言う方が正しいか。
若井は急になんなんだと思いながら、答えるまで帰らなさそうな涼ちゃんを誘って二人でゲームを始めて、盛り上がっているうちにうやむやにして、1時間ほど遊んで当初の目的を忘れたらしい涼ちゃんはにこにこと、じゃ、おやすみ、と帰っていったらしい。若井は意図して避けたんだろうけど、話題を逸らされたことに気付かないのは流石としか言いようがない。
なにもかもがアホすぎない?
若井に好きなタイプを訊いたところで俺にはならなかったかもしれないが、涼ちゃんのことだ、無理矢理にでも俺に結びつけるに違いない。今の彼の頭の中は、元貴と若井をくっつける! っていう心底要らない使命感でいっぱいだろうから。
「もしかしなくても、涼ちゃん、元貴の好きな人、俺だと思ってる?」
「だいせいかーい」
「何したらそうなるんだよ! そんな変なこと言ったの!?」
若井が頭を抱えた。奇遇だね、俺も頭を抱えたい気持ちだわ。てか、変なことってなんだよ、いたって普通のことしか言ってないわ。
「笑顔が可愛くて努力家で俺のことをよく理解してる人って言った。あと同業者って伝えただけ」
「なんでそんな回りくどいことを……」
言わないでよ、俺も今はそう思ってるから。でも、一応理由はあんのよ?
「同性が平気か確かめたかった」
俺の言葉に若井はなるほど、と納得して、
「まぁ……それはなさそうだったね」
と神妙に頷いた。そこは良かったのだ、大体にして失敗した昨日の話し合いの中で、唯一成果を上げたのがそこだった。優しさの権化みたいな涼ちゃんが嫌悪感を示すことはおよそ考えられず、正直そこまで心配していなかったが、一応保険をかけたら見事に裏目に出てしまったわけだ。
「訂正しようにも『僕に任せて!』ってやたらキラキラして言うしさぁ……もうやだあのポンコツ……」
「早く止めろよ! 暴走するって絶対! 行動力のあるポンコツなんだから!」
お互い酷い言い草だけど、本当にそれはその通りだ。
涼ちゃんの中で元貴は若井のことが好きってなっているから、これからの行動に多少の予測はつく。だが、予測の斜め上をいくのが藤澤涼架で、生憎とそれを阻止する手立ては全く浮かばない。予測を立てて動いたところでそれがまた裏目に出る可能性しかないのだ。
まさか昨日のうちに若井に突撃するとか思わないじゃん。
「分かってるよ! なに、もう、押し倒せばいい!?」
「それはダメだろ……、涼ちゃんのことだから、俺は若井じゃないよ、練習? とか言うって」
「練習ってことにしてなし崩しで手篭めにするとか?」
「最低か!」
最低でもいいよ涼ちゃんが手に入るなら、と言いそうになって口をつぐむ。
もし本当にそれを実行したら、若井からぶん殴られるだけじゃ済まないだろう。若井の涼ちゃんへの感情は恋情じゃないせよ、その辺の人間と一緒くたにはできないほどの親愛だ。涼ちゃんを傷つけようものなら、俺であったとしてもきっと容赦はしない。Mrs.を護るためにも、何より涼ちゃんを護るためにも。
それに、俺だって本気でそれを望んでいるわけじゃない。手に入れたい気持ちは本当だけれど、誰かの代わりとかじゃなくて、涼ちゃんだから欲しいのだと伝えたいし、俺は最初からずっと涼ちゃんしか好きじゃないって知って欲しい。
若井が涼ちゃんが変である理由が分かって安心した反面、俺のへこみ具合になんと声をかけるべきか悩んでいるのが分かる。かれこれ10年は俺の相談に乗っている若井からすれば、やっと動いたのに結末がこれとか不憫すぎる、ってとこだろうか。
「あーもーどうしよ……なんでこうなるんだよ……」
「珍しく失敗したじゃん」
「涼ちゃんのことで上手く行った試しはほとんどない」
「確かに」
納得されるのもムカつくが、俺だって今日に至るまで何もしてこなかったわけでは決してない。
食事に誘いデートに誘い、プレゼントも贈り、ことあるごとに好きだと伝えてきた。それを全部、仲間だから、メンバーだから、付き合いの長い家族みたいな存在だからと受け取られてきただけだ。埒が明かないと次の一手をと思って婉曲的に攻めていこうとしたらこれだ。
「……なぁ元貴」
「やめろ、言うな」
「まだなんも言ってない」
「お前が言おうとしてること、当てれる自信しかないのよ俺は」
脈なしなんじゃない、って言いたいんだろ? と言葉にはせずにじとりと睨みつける。俺の様子に言葉を止めてくれた親友に感謝しながら、どうしたものか、と頭を悩ませる。
「意識してもらおうと思っただけなのに……」
あの匂わせ騒動を除き、浮いた話のひとつも出てこない俺に好きな人がいる、しかもそれが同性だと知った涼ちゃんの反応を窺いながら、じわじわと足場を崩していくつもりだったのに。
涼ちゃんだって、俺のことを憎からず思ってくれているだろう。それは親愛とか友愛の域を出ないかもしれないが、そこに恋愛を付加させる下準備として、同性愛に対する意識の確認をして、俺の好きな人の特徴を伝えた。俺のことかも? とはならないだろうと思っていたが、まさか若井にいくなんて思いもしなかった。どう言う思考回路してんだよ。
恋愛相談からの実は……ってセオリーじゃないの? こういう恋愛って学生までなの? だとしたら俺はどうしたらいいの? だって10年以上涼ちゃんにしか恋をしてきていないのだ、俺の恋愛偏差値なんて高校生レベルで、駆け引きなんてやったことがない。もうそんなん全部要らないから、ただ涼ちゃんと一緒にいたい。
涼ちゃんを好きになるもっと前の幼稚園や小学生の頃はもはや覚えていないし、中学なんて不登校かつ音楽にしか興味がなかったから、俺にとって恋愛=涼ちゃんだ。
思春期真っ只中の多感な時期にバンドメンバーでしかも男が好きって気づいたときは流石に戸惑って、何かの気の迷いだろうと俺を好きだと言ってくれた今や名前も思い出せない女の子と短期間付き合った。その交際で分かったことは、俺は涼ちゃんにしか興奮しないってことと恋愛対象が藤澤涼架ってことだった。そしたら驚くくらいすんなりそれを俺は受け入れて、それからずっと涼ちゃんにしか恋愛感情は抱いていない。
「まぁ……涼ちゃんだし」
若井の呟きに大きく頷く。そうなのだ、結局はその一言で全てが片付いてしまう。
涼ちゃんに悪気は全くない。少々思い込みが強い部分はあったとしても、そこには悪意の一欠片も存在していなくて、本気で俺の恋を応援するつもりなのだ。
「そもそもさ、涼ちゃんこそ好きな人いたりしないの?」
「え?」
「や、元貴が涼ちゃんが好きなことは分かってるし、割と誰にでも当てはまる特徴を言ったからこうなったんだとは思うけど、涼ちゃんに好きな人っていないの?」
……考えてもみなかった。俺よりもさらに浮いた話がなかったせいだろうか。自分から人をあまり好きになることはない、恋愛ってよくわかんないんだよね、と、はるか昔に話したことがあり、そのイメージが尾を引いていたのかもしれない。言われてみたら涼ちゃんに好きな人がいるかどうかを確かめていなかった。そもそも好きなタイプも知らないかもしれない。
「……若井」
「いやだ」
「まだなんも言ってない」
「お前の言いたいこと分かるから、やだ」
さっきと立場が逆になる。言葉にせずとも通じ合えるなんて、俺らほんとマブダチじゃん?
「いいじゃん! 親友の恋を応援しろよ!」
「涼ちゃんがしてくれてんじゃん」
「いらないんだよそれは!」
何が悲しくて恋する人に他人とうまくいくように応援されなきゃいけないんだよ。
だが、若井の気持ちもわかる。下手に介入すると完全に事故る。巻き込まれたくない気持ちもわかるが、もう手遅れだよ。
「昨日うやむやにしたのにわざわざ掘り返せって!?」
「まぁまぁ若井くん、君にとっても悪い話じゃないんだよ」
「どこが!?」
叫ぶ若井の目をまっすぐに見つめる。
「だってこのままいくと、俺とくっつけようと暴走する涼ちゃんの餌食になるよ?」
「よっし任せろ、俺が訊いてくる」
てのひら返すの早すぎでしょ。
続。
魔王呼びが定着しすぎてて、めちゃくちゃ面白かったです。今回魔王成分薄め(今のところ)かもなのに笑
コメント
9件
所々、魔王さまの激重感情が顔を出してて、大好きです💕 💛ちゃんの勘違いが可愛すぎて、魔王さまと💙が頭を抱えてるのがほんと最高に面白いし、2人とも💛ちゃん大好きですよね😆 続き楽しみにしています💕
魔王とギターさんの同級生感が楽しかったです! そこに見え隠れする魔王の💛ちゃんへの重愛が好き🫶となりました。笑
あぁもうダメだ…好きすぎる…笑笑 続き楽しみにしてます!