テラーノベル
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舞台裏は、思っていたよりも騒がしかった。
怒鳴り声、笑い声、床を踏み鳴らす音。
誰もが好き勝手に動いている。
——なのに、どこか揃っている。
リンデンは、入口の影に立っていた。
邪魔にならないように。
見えすぎないように。
ーー見抜かれないように。
「突っ立ってるだけか?」
声が落ちてくる。
劇団主だった。
壁にもたれ、腕を組んでいる。
「……何をすれば」
問いかけると、男は肩をすくめた。
「何もしなくていい」
少し間を置いて、言う。
「見ろ」
それだけだった。
リンデンは、目を動かした。
ひとりを見る。
次に、別のひとり。
順番に。
全員を。
同じように見えるのに、違う。
立ち方が違う。
足の開き方が違う。
声の出る位置が違う。
笑い方も、違う。
歯を見せる者。
喉で笑う者。
肩を揺らす者。
ーー覚えろ。
忘れれば、終わる。
目だけでなく、耳も使う。
低い声は、遠くまで届く。
だが怒鳴っているわけじゃない。
力を入れる場所が違う。
リンデンは、自分の腹にそっと手を当てた。
同じように、やってみる。
わずかに息を押し出す。
「……」
音にはならない。
ーーまだ足りない。
「おい」
呼ばれて、肩が揺れる。
振り向くと、若い役者が立っていた。
「お前、新入りか?」
リンデンは、少しだけ間を置いてうなずく。
「……はい」
「名前は」
「リンデンです」
男はふうん、と言ってから笑った。
「妙に固ぇな」
その言葉に、心臓が跳ねる。
だが顔は動かさない。
「……そうですか」
「力抜けよ」
そう言って、男は自分の肩を軽く揺らした。
だらり、と落ちる。
無駄な力がない。
リンデンは、その動きを見る。
肩。腕。指先。
すべて。
そして、同じようにやる。
ゆっくりと。
遅れて。
「……ああ、そう」
男は興味を失ったように視線を外す。
「最初からそうしとけ」
去っていく。
リンデンは、小さく息を吐いた。
ひとつ、盗んだ。
別の場所では、二人が台詞を合わせていた。
声が重なる。
低い声と、少し高い声。
だが、どちらも“男の声”だった。
リンデンは、その違いを探す。
高さではない。
響き方だ。
体のどこで鳴っているか。
片方は胸。
もう片方は、もう少し上。
ーーなら。
リンデンは、そっと息を吸う。
腹に落とす。
喉を開く。
小さく、音を作る。
「……あ」
今度は、さっきよりも深い。
ほんの少しだけ。
だが、確かに違う。
誰にも聞かれていない。
それでも、心臓が速くなる。
できる。
少しずつ。
「ーーほう」
背後から声がした。
振り向くと、劇団主が立っている。
いつからいたのか分からない。
リンデンは、とっさに口を閉じた。
「見てるだけじゃねえな」
目が細くなる。
逃げ場はない。
「……真似を、しています」
正直に言う。
男は数秒、黙っていた。
やがて、わずかに笑う。
「いい」
短い一言。
「何も持ってねえやつは、それでいい」
ゆっくりと歩きながら続ける。
「見て、盗んで、生き延びろ」
その言葉は、命令というよりもーー
生き方だった。
リンデンは、息を呑む。
男の背中を見つめる。
「生きるのに必死なやつが、一番伸びる」
振り返りもせずに言う。
「余裕ぶってるやつは、舞台で死ぬ」
静かな声だった。
だが、確かに響いた。
リンデンは、もう一度周りを見る。
さっきとは違って見えた。
ただの動きじゃない。
ーーすべてが、“役”だった。
立ち方も。
声も。
笑い方も。
全部、作られている。
ならーー
自分にも、できる。
見て、盗んで、積み重ねる。
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