しばらくして全員が果実を食べ終わった。
レイブランとヤタールはまだ食べたそうにしているけれど、帰ったらまた切り分けてあげるから、今は我慢なさい。
「落ち着いたかな?君の望み通り、私なりに稽古をつけてみたけれど、満足できた?」
〈実に、素晴らしき体験でございました。誠にありがとうございます!〉
果実を食べ終わって呼吸が整った”足鎧ウサギ”くんに感想を聞いてみる。この分だと、また稽古を頼まれそうだな。まぁ、望むところではある。
〈アナタ!そんなに強かったなんて知らなかったわよ!〉〈アナタ!熊と戦ってる時よりも強かったのよ!〉
レイブラン達が”足鎧ウサギ”くんを手放しで褒めている。
ヤタールが言っている熊とは、”角熊”くんのことで間違いないだろう。
しかし、”角熊”くんに挑んでいる時よりも今の”鎧足ウサギ”くんは強かったのか。
〈”彼”に挑む時は、後のことを考えなければなりませんから。それに、全力を出したとしても…今はまだ、”彼”に勝てるとは思えませんので。本当の意味で力を出し切ることができたのは、これが初めてです。ノア様、本当に感謝致します〉
それもそうか。私との稽古であれば、たとえ力を使い切ったとしても私という守護者がいるからな。安心して全力を出せたというわけか。
しかし、”足鎧ウサギ”くんは”角熊”くんにいつか勝ちたいと思っているんだな。物凄い向上心だ。野心と言っても良いかもしれない。
〈ノア様。貴女様に忠誠を捧げます。是非とも、貴女様に仕えさせていただきたい。許していただけますか?〉
此方こそだよ。
それにしても、この子は本当に可愛らしい外見に反してカッコイイセリフ回しをするな。それがまた大変可愛らしい。
もうあれだな。何をしても可愛い、というのはこの子のためにある言葉だな。
それはそれとして、ちゃんと返事をしておかないと。
「勿論、君が仕えたいというのならば、諸手を挙げて歓迎するとも。これからよろしくね?」
〈ありがとうございます、ノア様。早速ですが、卑しいことを承知でお願いがございます〉
〈名前よね!?名前があるのは良いことだわ!〉〈名前で呼ばれるって嬉しいことなのよ!〉
“足鎧ウサギ”くんがお願いを言う前にレイブランとヤタールが割り込んでくる。君達、大事な話なんだろうからちゃんと最後まで言わせてあげなさい。
それはそれとして、そうか。レイブランも、ヤタールも、名前を呼ばれるのは嬉しいんだな。
フレミーも、名前を呼ばれた時は嬉しかったんだろうか?流石に、彼女に直接聞くのは無粋だろうから聞きはしないが。
〈彼女達が申した通り、私にもノア様より私の名前をいただきたく存じます。どうか、聞き届けてはいただけませんか?〉
彼は、稽古を始める前に、私に仕えることを吝かではないと言ってくれていた。だから、稽古の最中にも考えていたのだ。彼に似合う、彼の名前を。
「勿論。では、君の名前は”ラビック”でどうだろう?特に意味は無く、語呂が良いからというだけの理由なんだけれど」
〈”ラビック”…。それが私の名前…。ありがとうございます!〉
提示した名前を受け入れてくれたようだ。声色に喜びの感情が感じられる。
「では、私の家に招待しよう。移動手段が手段だけに。君を抱きかかえることになるけどいいかな?」
〈問題ございません。しかし、私を抱える必要がある移動方法とは?〉
〈跳ぶわよ!私達より速いわよ!〉〈翼が無いのに飛べるのよ!とっても速いのよ!〉
了承を得たのでラビックを抱きかかえる。
素晴らしい…!もっこもこのふわっふわだ…!思わず、ラビックの背中に顔を埋めてしまう。柔らかくてボリュームのある体毛が、私の顔の肌を優しく包み込む。
顔が…顔が幸せすぎる!彼の体温もあって、とても暖かい…!しばらく…いやずっとこのままでいたい…!
〈あの……ノア様?…ご自宅へ向かわれるのでは…?〉
〈ノア様!?ラビックが困ってるわ!撫でたり顔を埋めるのは帰ってからにしましょ!?〉〈ノア様!?またなの!?落ち着くのよ!〉
レイブランとヤタールに再び頭をつつかれる。いけない。あまりの心地良さに我を忘れていた。流石にラビックも困惑している。謝罪をしておこう。
「済まない。私は、君のように柔らかくてフサフサしていたり、フワフワしていたり、モコモコしている者が大好きなんだ。白状してしまうと、君と出会って最初に聞いた[抱きかかえさせてほしい]という要求は、私の純粋な願望なんだ」
〈左様でございましたか。この身がノア様を喜ばせることが出来るのであれば、どうぞお好きなように〉
〈ラビックはそう言ってるけど今は駄目よ!?家に帰るわよ!〉〈ラビック!ノア様は相手から了承を得たら遠慮しないのよ!?〉
ラビックから好きにして良いと許可をもらったので早速その毛並みを堪能しようと思ったが、即座にレイブランとヤタールから待ったが掛かった。そうだった。家に帰るんだった。
「それじゃ、家に帰るとしようか。あぁ、それと、私の家には私の友達でこの娘達のように仕えてくれている娘がいるんだ。仲良くしてやってくれ」
〈彼女達の他にも仕えている方が…。承知しまぁああああああ!?!?〉
しまった。ラビックが受け答えを終える前に跳躍を開始してしまった。今までの彼からは考えられないような絶叫が私に伝わってきた。
済まない。跳躍したら後はすぐだから、少しの間だけ、我慢していてくれ。
家のそばまで到着したのは良いのだが、ラビックにとってこの速さは、許容範囲外だったらしい。
かなり怖かったのか、私の胸に顔をうずめて震えてしまっている。いや、ホントに申し訳ないことをしてしまった。
「本当に済まない。レイブランもヤタールも楽しんでいたし、君もかなりの速さで動けるから、大丈夫だと思っていたんだよ」
〈いえ、……自分の至らなさを悔やむばかりです…〉
真面目な子だな。稽古以外でも、もっと私に要望を出してくれて構わないのだが…。
家の中から、フレミーのエネルギーを感じる。森から帰ってきたようだ。彼女にもラビックを紹介してあげよう。
「ラビック、ここが私の家だよ。今の所、寝床以外の物は特にないけれど、何か欲しい物があったら、遠慮無く言ってくれていいからね?それと、私の友達が中にいるから、彼女の事も紹介しておくね」
ラビックは未だ私の胸の中で震えていて、私の言葉には首を縦に動かして答えるだけだった。
彼にはとても失礼なのは承知の事だけれど、それでも物凄く可愛いと思ってしまう。私の胸に甘えるようにうずくまっているから尚更だ。おや、フレミーの方から来てくれたね。
〈お帰りなさいノア様。抱えているその子が新しい子だね?とても怯えているようだけど、どうしたの?〉
「いや、実は彼を連れて帰る時に、いつものように跳んで帰ってきたんだけど…。彼にはちょっと刺激が強かったみたいでね。あぁ、そうだった。名前。彼の名前なのだけれど」
事情を説明して、まだ震えの止まっていないラビックに代わって彼を紹介しようと思ったのだが、それは何とか平静を取り戻し始めたラビックに遮られた。
〈ノア様。それぐらいは私が自分で…。お初にお目にかかります。新たにノア様に仕えさせていただくことを許されました。私はノア様より”ラビック”の名をいただきました。どうぞ、よろしくお願いいっ!?…いたします〉
ラビックが自己紹介をし終えて、フレミーを視界に入れるとかなり驚いたようだ。もともと彼女の事を知っていたのだろうか?
〈よろしく。ラビック。ノア様の最初の友達。フレミーだよ〉
彼女自身は、ラビックに対して特に思うところはないようだ。素直にラビックの事を歓迎している。
「ラビック。フレミーを見て驚いていたようだけれど、彼女の事は前から知っていたの?」
〈フレミーはとっても有名よ!私達より強いもの!〉〈私達は有名なのよ!フレミーはもっと凄いのよ!〉
床に降ろしたラビックにした質問に対して、たった今帰ってきたレイブランとヤタールが答えてくれた。
そうか。そう考えると、みんな有名なんだな。