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あれから1週間は夜になるとオンボロ寮にツノ太郎が訪ねて来る日が続いた。
その度に「何か必要な物はないか」「身体は大事ないか」と何かと気にかけてくれ、精神的に不安定な私を支えてくれた。
元々冷え性だが、今回の生理ではそれをより酷く感じ、手足が氷のように冷えた。
しかし不思議なことにツノ太郎が私を抱きしめ、額にキスをすると氷の手足は、春の日差しを受けたかのように溶けていく。
「ツノ太郎ってお日様みたい。」
そう私は小さく呟く。思っていることをそのまま口に出しただけなのに、ツノ太郎は目を見開き驚いた様子。その後直ぐにツノ太郎は珍しく大きな口を開けて笑い始める。
なんで笑うの!と私は小さな子どもがするように頬を膨らませ不貞腐れる。
「いや、悪い。ふふっ……僕のことをお日様みたいだと言うものを初めてみた。そう不貞腐れるな。」
大きな手が私の両頬をつまみ、口内に溜まっていた空気が抜ける。ぶふっと間抜けな音がたち、またツノ太郎は笑う。
なんだかツノ太郎と過ごす時間が心地よくて…私も小さく笑い、細身なのにガッチリとしている広い胸板に顔を埋め、うっー…と言いながらグリグリと頭を押し付ける。
「お前は、子猫のようだな。甘えたですぐに擦り寄ってくる。幼い故に無知で恐れを知らない。この僕に甘えてくるのはお前くらいのものだ。」
ツノ太郎の言葉を聞いて、私は小さな小さな声で1度「にゃー」と鳴いてみる。
「ふっ…可愛らしい。首輪を付けて僕の部屋で飼ってしまおうか」
そう言うとペリドットの瞳を細めながら、形の良い唇で私の首元に数回口付ける。
それがこそばゆくて、キャッキャっと声を上げながらツノ太郎のサラサラの髪の毛をすく。
「ふっ…愛いやつだ。…もう夜も遅いそろそろ休むといい。おやすみ、ユウ。いい夢を。」
ツノ太郎は私をベッドに寝かせ、頭を一撫でした後にもう一度額に口付ける。
さっきまで目が冴えていたのに、いきなり重たくなる目蓋。夢の世界に引き寄せられる中でツノ太郎の声が聞こえる。
「もう暫くの我慢だ。もう少しでユウは…」
その声はいつもの優しく穏やかな声とはかけ離れた、身が凍るような冷たい声であった。
* * *
それから生理が終わり、ツノ太郎が夜オンボロ寮を訪ねてくる回数がうんと減った。
何故なのかわからないが、眠気を感じるにも関わらず寝られない。不眠に陥ってしまっている。
ベッドに入っても温まらない手足のせいかと思い、寝る前にジンジャーとハチミツが入ったホットミルクを飲んだり、湯たんぽを使ってみたりしたが効果がない。
やっと入眠出来たかと思った矢先、悪夢をみて飛び起きる。
そんな日が何日も続く。
何日もきちんと寝れていないとやはり日常生活に影響が出てくるわけで…。
授業中に酷く眠気が襲ってくる。
隣に座って授業を受けているエースやデュースがたまに起こしてくれるが(彼等も居眠りをしていることが多いから頻度は少ない)ウトウトしてしまうことが増え、先生方から注意されることもしばしば。
顔色も日に日に悪くなり、目の下には濃ゆい隈をこさえてしまった。私の顔を見て同級生や、仲のいい先輩方、授業を受け持って下さってる先生方までにも心配される始末。
最近少し寝られないことをその都度伝えると、安眠効果があるハーブを分けてくれたり、身体が温まるという入浴剤をくれたり……みんな優しい。
それだけならよかったのだが、いつもは何とも思わないことで些細なことでもイライラしてしまう。
「夜寝れねぇんだったら、授業休んで保健室で休ませてもらったらいいんじゃね?」
エースが心配してくれて掛けてくれた言葉だった。
それなのに素直にそれを受け止められず…
「授業休んだら、もっと授業に着いて行けなくなるでしょ!エース達はいいよね。居眠りする余裕があって!!僕は5分居眠りしちゃったらもう置いてけぼりにされちゃうんだよ!初歩的な単語、言葉…わからないことばかり。簡単に休んだらいいだなんて言わないで!」
思ったより大きな声が出てしまっていたようで、近くにいた生徒達の視線を集める。
恥ずかしくて悔しくてやるせなくて…目に涙が溜まって来るのを感じ、その場から駆け出していた。
涙で視界が歪む中人混みをかき分けて走る。途中何度か人にぶつかったように思ったが、何故だか痛みを感じなかった。
私は走って走って…人気のない校舎までたどり着いた。どのくらい走っただろう。5分以上全力で走ったのに息切れがしない。
しかし1度止まった瞬間身体の力が抜け、その場に尻もちをついてしまう。
「…おやおや。ユウ…こんなところで座り込んでどうした。」
聞き覚えのある穏やかな声。顔をあげると遥か上の方から声が降ってくる。
「ぅ……つのたろ……」
目尻に溜めていた涙が一気にこぼれ落ち、止まらなくなる。
その様子をみたツノ太郎は片膝をつき、私の顔を覗き込む。
「あぁ……可哀想に。こんなに涙を流してどうした。」
そのままツノ太郎は私を抱き上げ、赤ん坊をあやす様に身体を少し揺らしながら、背中を撫ぜる。
「ふふ…この間は子猫のようだと言ったが、今日のお前は人間の赤子のようだな」
「うぅ……ふぇぇん……」
数日ぶりに聞いたツノ太郎の酷く落ち着いた穏やかな声に安心し、彼が言う人間の赤子のように声を出して泣いてしまう。
「ここは冷える。一度僕の部屋に移動しよう」
そうツノ太郎が言い終わった瞬間、眩しい光に包まれ目を閉じる。
目蓋越しで光を感じなくなり目を開けると、もうそこはツノ太郎の部屋だった。
ツノ太郎は私を抱えたまま、緑の炎がユラユラ煌めく暖炉の前に、魔法で椅子を移動させそこに座る。
ツノ太郎が指を振ると、緑色の粒子と共にベルベット生地のひざ掛けが現れ、ふわりと私の身体を包む。
ツノ太郎の体温とひざ掛けで少しずつ身体が温まり、私は小さく、ほぉ…と息を吐く。
ツノ太郎はひとつ小さく笑い、優しい手つきで私の目元の涙を拭う。
「何故、あんなに泣いていた。誰かに酷いことでもされたか?」
少し冷静になり、先程の出来事を思い出す。
エースが悪い!エースが意地悪!!とさっきまで思っていたのに、よくよく考えてみたらエースは全く悪くない。私が勝手に怒っただけ。という結論に結びつく。
冷静になった途端に私の顔はサーッと血の気が引く。
「誰も悪くないの…私…エースに謝らなきゃ…最近…寝不足で……夜寝れなくて……イライラしちゃって…八つ当たりしちゃった…どうしよ…私の方が……エースに意地悪言っちゃった…」
「そうか…しかし、その時はトラッポラの言葉でお前を泣かせたのだろう。お前を傷つけたのだろう。トラッポラにも非があると僕には思うが。」
「ちがっ…」
「全てを自分のせいにする必要はない。自分を責めなくていい。それで傷つくお前を僕は見たくない。」
対のペリドットが光る。
「私は…悪くない…」
「ああ。そうだ。お前は悪くない。可哀想に。トラッポラに貶められて。僕はお前の味方だ。僕だけはお前を守ってやれる。」
ツノ太郎がそう言うので、きっとそうなんだ。ツノ太郎が言ってることが正しいんだ。と思ってしまった。
ツノ太郎の傍にいれば大丈夫。頼れるのはツノ太郎だけだ。
「寝不足なのだろう。少し眠るといい。お前の心の安寧に繋がるならこれからは毎晩オンボロ寮へ赴こう。1人で心細かったのだろう?もう少し早く気がついてやれていれば良かったな。」
ツノ太郎の唇が額に目蓋に頬に触れる。
その感触がくすぐったくて気持ちよくて…。心が満たされる。同時にぬるま湯に浸かったような心地良さを感じ、眠気が訪れる。
「つの…たろ……」
「ああ。僕はここにいる。安心してお休み。」
ツノ太郎の緩やかな声を聞き、ゆりかごの中にいるような安心感を感じならがそのまま意識を手放す。
𝐄𝐍𝐃→❤︎200❤︎
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コメント
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好きです大好きです!!まじで!!