テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#禪院甚爾
欲 。
89
さーもん
48
641
とーにゃん
94
視界が、真っ赤な血と泥に染まっていく。禪院家の崩壊。かつて自分が頂点に立つと信じて疑わなかった誇り高き家系は、一人の少女の手によってあっけなく屠(ほふ)られた。そして直哉自身も、呪力を持たない母親の手によって、背中から刺されて息絶えようとしていた。
「なんで……俺が、こんなところで……っ」口から溢れる血を拭う力すら残されていない。エリートとして生きてきた直哉の人生の結末としては、あまりにも無様で、惨めな最期だった。遠のいていく意識の中で、身体の感覚が急速に冷たくなっていく。
(ああ、結局……誰も俺を見てくれんかったな。……甚爾くん)
死の恐怖のなか、脳裏に去来したのは、やはりあの男の姿だった。あの圧倒的な強さ。自分を置き去りにして去っていった背中。そして、あの静かな満月の夜の約束。
(普通の人間として、普通の場所で……か。…やっと、そっちに行けるわ……)
直哉は、かすかに満足そうな笑みを浮かべ、最後に深く息を吐き出した。禪院直哉という呪術師の命が、完全に潰(つい)えた。
――どれほどの時間が流れただろうか。
「……ん」
不意に、眩しい光が視界を叩いた。直哉はハッとして目を開けた。そこは、澱んだ呪いも、血生臭い匂いもない、透き通るような青空が広がる公園だった。自分の身体を見下ろすと、着物ではなく、どこにでもある普通のブレザーの制服を着ている。
「な、なんやこれ……。俺、死んだはずじゃ……」
混乱し、周囲を見回す直哉の耳に、聞き覚えのある足音が近づいてきた。ザッ、ザッ、と砂利を踏みしめる重い足音。
「おい、そこのガキ」
低く、気怠げで、しかし何よりも恋い焦がれたあの声。直哉が勢いよく振り向くと、そこには禪院家の呪縛から解き放たれ、ただの白いTシャツを着た、生前と変わらない姿の甚爾が立っていた。
「な……甚爾、くん……?」
「随分と待たせやがって。現世で未練たらたら、見苦しく暴れてたそうじゃねぇか」
甚爾はフッと呆れたように笑い、ポケットから手を抜いた。その瞳には、かつてあった冷酷さや諦めはなく、ただ穏やかな光だけが宿っている。直哉の目から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。今度は悔し涙でも、絶望の涙でもない。現世の地獄を生き抜き、ようやく辿り着いた約束の場所。
「……遅くなって、ごめん。…ずっと、会いたかった……っ」
「泣くな。行くぞ、直哉。お前のくだらない話、いくらでも聞いてやるって約束したろ」
甚爾は直哉の頭にポンと手を置くと、そのまま歩き出した。直哉はその大きな背中を追いかけ、今度は置き去りにされないように、その隣へと並び立つ。呪いのない世界で、二人の本当の物語が、今ここから始まるのだった。
コメント
1件
読了しました。第4話、直哉の最期から転生、そして甚爾さんとの再会まで、涙なしには読めませんでした……。死の間際に「甚爾くん」と想う直哉の、あの満足そうな笑みが胸に刺さります。そして「遅くなって、ごめん」と素直に謝れる直哉の成長と、ただ「待ってた」と迎える甚爾さんの静かな優しさ。呪いのない世界で、やっと隣に並べた二人の未来が、本当に尊かったです。続きが待ち遠しいです!