テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
8,283
198
【俺はもう、大丈夫だヨ】
Episode.19 母さん
《🎼🍵side》
家に帰る。
家の近くに来た頃、また雨が強くなった。
さっきよりも、ずっと。
🎼🍍「うわっ、父さんやばい!」
ひまちゃんの声。
振り返ると、ランドセルを肩にかけたまま、傘をさして走ってくる。
びしょ濡れで。
髪も、服も、全部。
それなのに。
……楽しそうで。
元気で。
その笑顔が、やけに眩しく見えた。
───ああ。
この笑顔を見られるのも、
あと、どれくらいなんだろう。
何度目かも分からない問いが、頭をよぎる。
何度考えても、答えは出ないのに。
それでも、考えてしまう。
もっと、何かしてあげられることはないかって。
もっと、残してあげられるものはないかって。
🎼🍵「……早くお家入ろうか」
そう言うと、ひまちゃんは「うん」と元気に頷いた。
玄関の前で、傘を畳む。
下に向けただけで、水滴がばらばらと落ちる。
こんなにも濡れていたんだな、と今さら思う。
少しだけ笑って、扉を開ける。
家の中。
雨音が、一気に遠くなる。
それだけで、少し安心する。
🎼🍵「寒かったでしょ」
靴を脱ぐひまちゃんに言いながら、俺はすぐにお風呂のスイッチを入れた。
バスタオルを持って戻る。
🎼🍵「ほら、こっちおいで」
呼ぶと、ひまちゃんは素直に来る。
少しだけ、珍しい。
俺の前に座らせて、そのまま膝の上へ。
濡れた髪にタオルを当てる。
優しく、押さえるように水を吸い取る。
デザイナーの手。
細かい作業に慣れた指先は、こういう時にも自然と丁寧になる。
🎼🍍「……」
ひまちゃんは、じっとしている。
動かない。
暴れない。
いつもなら、ちょっと嫌がったりするのに。
今日は、大人しい。
……やっぱり。
気づいてるんだよね。
ひまちゃん。
全部。
……ごめんね
心の中で呟く。
素直に言えない父親で。
弱いところを見せられない父親で。
🎼🍵「ひまちゃん、お風呂入っておいで」
できるだけ、いつも通りに言う。
🎼🍍「……父さんは?」
少し間があって、返ってきた言葉。
🎼🍵「風邪ひいたら大変だから、ひまちゃん先で大丈夫だよ」
そう返すと。
🎼🍍「……いや、違う」
違う?
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
🎼🍍「……やっぱ、いいや」
ひまちゃんは、それ以上言わなかった。
🎼🍍「早く上がる」
そう言って、脱衣所へ消えていく。
……何を言おうとしたんだろう。
少し、気になる。
でも、 聞けない。
静かになるリビング。
雨音だけが、遠くに聞こえる。
息が、浅い。
胸が、少し苦しい。
でも、それも無視する。
父親の顔をする。
自分のことは、後回しで。
ふと、棚に目がいく。
写真。
たくさんの写真。
動物園。
水族館。
遊園地。
入学式。
遠足。
ほとんどが、俺とひまちゃんのツーショット。
どれも、笑ってる。
でも。
今、見ているのは、それじゃない。
たったひとつの写真。
三人の写真。
生まれたばかりのひまちゃん。
半泣きの俺。
そして。
笑いながら、ひまちゃんを抱いている君。
🎼🍵「……ねぇ」
小さく呟く。
俺さ。
やっぱり、ちゃんとできてない気がする。
ひまちゃんは、こんなに大きくなってるのに。
俺だけ、あの頃のままみたいで。
何も変われてない。
『嘘つくの、下手だよね』
君は、笑いながら言ってた。
あの時も。
優しく、 少しだけ困った顔で。
……本当に、そうだよ。
俺、嘘つくの下手だ。
なのに。
一番大事なことだけ、言えない。
🎼🍵「……ねぇ」
問いかける。
答えなんて、返ってこないのに。
俺、ちゃんとできてる?
ちゃんと、大人やれてる?
ちゃんと、父親できてる?
ちゃんと、君みたいに誰かを守れてる?
胸が、苦しい。
違う意味で。
込み上げてくるものを、喉の奥で止める。
目が、熱い。
……泣かない。
まだ、泣かない。
🎼🍵「……だからさ」
小さく息を吐く。
🎼🍵「もう少しだけ」
お願いするみたいに。
🎼🍵「元気な父親、演じさせてよ」
🎼🍵「ずっと一緒にいられる人、演じさせて」
誰にも届かない願いを、静かに落とした。
《🎼🍍side》
風呂から上がる。
体が、少しあったかい。
リビングに戻る。
父さんは、さっきと同じ場所に座ってた。
🎼🍍「父さん、風邪引くよ」
できるだけ、いつも通りの声で言う。
🎼🍵「そうだね」
父さんは立ち上がる。
俺の頭に、手を置く。
ぽん、と軽く。
🎼🍵「おかえり、ひまちゃん」
……あ。
そう言って、脱衣所へ向かっていく。
🎼🍍「……」
その背中を、少しだけ見て。
ソファに座る。
沈み込む。
『おかえり、ひまちゃん』
なんで、ひまちゃんって呼ぶんだろう。
俺のこと。
昔からずっと。
ぼんやり考える。
静か。
テレビ、つけてもいい。
でも。
音、いらない。
今は、なんか。
静かな方がいい。
……誰かに、話したい。
この気持ち。
この中にあるもの。
棚を見る。
写真。
たくさんある。
笑ってる俺。
笑ってる父さん。
小さい俺。
今より元気そうな父さん。
頬をつままれてる俺。
笑ってる父さん。
……いっぱいある。
でも。
見てるのは、それじゃない。
たった一つ。
三人の写真。
小さい俺。
泣いてる父さん。
笑ってる母さん。
🎼🍍「……ねぇ、母さん」
小さく呟く。
どうして、死んじゃったの?
分かってるはずなのに。
聞いてしまう。
俺、知ってるよ。
がんで、死んじゃったって。
でも。
俺のこと、優先してくれたって。
父さんが教えてくれた。
すごく、丁寧に。
壊れないように。
触れるみたいに。
母さんって、どんな人だったのかな。
分からない。
俺が小さい頃に、居なくなったから。
🎼🍍「……ねぇ」
視線が、写真から離れない。
俺ね、 知ってるんだ。
父さんが、がんで。
無理してて。
ずっと、笑ってること。
夜になると、 咳の音がする。
水の音もする。
何かを落とす音もする。
全部、聞こえてる。
一人で、隠してる。
父さんってさ。
嘘、下手だよね。
俺、すぐ分かった。
🎼🍍「……母さんの次はさ」
ぽつり。
言葉がこぼれる。
父さんなの?
死んじゃうの?
俺、一人になるの?
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
苦しい。
父さんは、言う。
『大丈夫だよ』って。
でも、 今は。
全然、大丈夫に見えない。
母さんも。
『大丈夫』って言ってたのかな。
……多分、言ってない気がする。
だって俺。
あんまり言わないもん。
大丈夫じゃなかったら。
大丈夫じゃないって言いたい。
嘘、ダメって。
父さんが教えたから。
なのに。
父さんは、嘘つく。
……ずるいよ。
でも、 言えない。
『病気なんでしょ?』って。
どうしても、言えない。
言ったら。
何かが、終わる気がするから。
🎼🍍「……ねぇ、母さん」
小さく呟く。
このまま、 言えないまま。
会えない日が来たら。
俺、どうすればいいの?
答えは、返ってこない。
ただ、静かな部屋に。
俺の声だけが、残った。
next.♡1000
コメント
9件
二人とも…もういない存在に語りかけてるのが…😭 二人の中でお母さんは大切な存在だったんだよね、、 辛い()涙止まらなすぎる
お母さんも癌だったんだ… 🍍くんも🍵くんに正直に話すと何かが終わる気がしてお母さんに話しかけたり心の中に閉じ込めてるんだよね😭😭 🍍くんはひとりじゃないよぉぉ😭😭 続き気になる💭
お母さんにしか本心じゃないふたりはいつか、本音で話せるのかな.... 🍵くんもやっぱり気づいてるってわかってる、けどそれを指摘したら認めてるようなもんだよね....、