テラーノベル
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──結城の突然の提案に、俺は戸惑いを隠せない。
夢の内容については、自分でも何度か検索をかけて調べてみたことがあるが、どれも心に深く響くものはなかった。そんな宙ぶらりんな状態が、もうずいぶん長く続いている。
「いやいや、お前、診断ってどうやって……」
「もちろん、この、わしがします!」
親指を自分に向けてドヤ顔で言い放つ結城に、キルは思わず声を荒らげた。
「はぁ?お前ふざけんなよ。素人の占いなんて、信じねーぞ俺は」
「あれれ?キルさんご存知ない?
結城ソラと言えば、占い。占いと言えば、結城ソラ。この界隈では名の知れたスピリチュアル系VTuberですよ?」
やかましく得意げに語りだす結城に、キルは(お前はいつからスピリチュアル系になったんだよ……)と、心底うっとうしそうに白い目を向ける。
「ま、冗談はさて置き、よく当たるって言われてる夢占いアプリあっから、そこに夢の内容を入力して今から分析してもらいます」
「へぇ……じゃあそのアプリを俺に教えろよ、自分で入力するから」
キルは盛大な溜息を吐き捨てながらスマホを取り出した。まるで、そんな茶番に付き合ってられるか、と言いたげな様子で。
「あ!?無理っ!これ今度凸待ちの企画で使うから教えたくない!」
……はぁ??誰もそんなクソみてぇな企画パクらねーよ……と悪態をつきながらキルが呟くと、結城は「なんか言ったか?聞こえてんぞ!」とキレてきた。
「……はい、では気を取り直して。俺がどんどん質問してくから、キルさんはそれについて答えてね」
半ば強制的に診断は始まった。
「まず、夢の内容と印象的な登場人物や風景、なんでもいいから教えてください」
「あー……めんどくせぇな。全部一から言わなきゃいけねーの?」
「ったりめーだろ。んじゃまず、登場人物」
「……、俺」
「はい、キルさん以外には?」
あいつ(弐十)の顔が脳裏を過り、キルはわずかに口ごもる。
「……、友達」
「えーっと、それは誰」
「言いたくない」
「……はぁ? ……まぁいいや、次、場所とか景色とか」
「んー……知らないどこかの交差点」
「その交差点にあった印象的なもの、全部挙げてって」
「……晴れてるのに雨降ってる。交差点の向こうには、決まって……友達が立ってて……」
「それで?」
「俺はそいつのことを大声で呼びかけるけど、ずっと無視される。その内、信号が青になって……、俺は横断歩道を渡ろうとするけど、なんでか足が思うように動かなくて……」
「……打ち込むから、そのまま続けて」
結城はそう促すと、キルに言葉のバトンを託した。
キルは脳裏に夢の中の情景を鮮やかに思い浮かべながら、記憶を辿るように、少しずつ言葉を紡ぎ始める。
友人に近づこうとしても思うように近づけないこと。近づこうとすれば決まって足元が崩れて海に落とされること。
海の中ではいつも決まって白い大きなクジラが悠然と泳ぎ、まるで心の奥底を見透かすかのようにキルを見つめてくること。
そして、その視線に恐怖を感じて身動きがとれなくなり、夢から覚めること。
思い出せる限りの情報を伝え終えると、結城はひとつずつ丁寧に記録を取っていった。
「これで全部?」
「……だいたいは……。でも……」
「まだなんかある?」
「今日見た夢は……」
いつもと違っていた点。
それは、友達が手を伸ばせば届くほどの距離に立っていたこと。
ビニール傘をさし、表情は窺えないが、キルに「言いたいことあるんじゃない?」と問いかけてきたこと。
その傘をキルに渡してどこかに行こうとする友達を追いかけようとすると、また足が動かなくなり……。
何度も大声で呼んで、やっと振り向いてくれたと思ったら、あいつの目がクジラの目と重なって──
胃液がせり上がりそうになるのを、キルは慌てて酎ハイで流し込んだ。
少し咽せて、咳き込む。キルの表情の変化に気付いた結城が、心配そうに声をかける。
「おい、キルさん大丈夫か……?」
「……ちょっとクジラ思い出したらやばかったわ……」
苦笑いを浮かべるキルに、結城は再度尋ねる。
「……夢の内容は、今ので全部?」
「概ね話した気がする」
「よし。じゃあこれで一度診断してみっか」
結城がスマホを操作し始める。キルはそれをじっと見つめていた。
たかがアプリの占いだ。さほど結果には期待していない。
しかし、もしこの悪夢から解放されるきっかけになってくれたらという淡い期待と、漠然とした恐怖や不安の根源に触れ、それらと向き合わないといけなくなるのではないかという不安が入り混じり、心臓が早鐘を打つ。
酎ハイのグラスの中で溶け始めた氷がカランと音を立てたその時──
結城が「お!出た」と声を上げた。
真剣な表情で文章に目を通している結城に、キルは固唾をのんで、「……なんて書いてある?」と恐る恐る尋ねた。
「はい!お待たせしました。それじゃ、1個ずつ読み上げるわ」
酎ハイを一口飲み、ふーっと息を吐いてから、結城はアプリに表示された夢占いの診断結果を読み上げ始めた。
「まずー、『晴れてるのに雨が降る交差点』について。
えー……あなたの心の中で矛盾した感情や不安定な状況があることを表しています。
表面的には問題がないように見えても、内面では何か気がかりなことや、感情的な『雨』が降っている状態です。
交差点は選択や岐路を意味し、友人との関係性において何らかの決断や変化に直面している可能性も示唆しています」
「続きまして、『友人が立っていて声をかけるけど声が届かない。』
これは、何かを伝えたいのに、それが伝わらない、友人の抱える寂しさや悩みに気づけていない、というコミュニケーションの隔たりを示しています」
「そして、『近づこうとしても近づけない。もしくは、近づけたとしても床が抜けて海に落ちる。』
これは、友人ともっと深く関わりたい、あるいは助けたいというあなたの願望がありながらも、それがうまくいかない。
または一歩踏み込むことへの潜在的な恐れがあることを示しています」
「特に『床が抜けて海に落ちる』という部分は、
あなたの海洋恐怖症が、友人との関係において深い繋がりを築こうとすることへの無意識のブレーキになっている可能性を示唆しています。
関係が深まることで、コントロールできない『海』のような状態に陥ることを恐れているのかもしれません」
──グラスの周りに結露した水滴がゆったりと机に落ちていく様をキルはぼんやりと見ていたが、次第に視界は揺れてぼやけていく。
脳内で夢の情景がゆっくりと蘇ると同時に、2か月前に見た弐十の顔を思い浮かべながら、自問する。
(深い繋がりを築く……?コントロールできなくなるものって、一体なんだ……?)
「直近の夢に出てきた、友達の『何か言いたいことはあるんじゃない?』って言葉は、友人があなたに対してもっと心を開いてほしい、あるいは何か抱えていることを話してほしいと願っている。
またはあなたが友人にそう思われていると感じている、というメッセージです」
(……俺の、願い……)
「『友達が一人で歩いてどこかに行こうとする。追いかけるけど足が動かない。』
これは、友人が離れていってしまうことへの強い不安や喪失感を表しています。
あなたが友人を引き留めたい、側にいたいと強く願っているのに、それができない無力感を感じている状態です」
──『落ち着いたら、遊び行くわ』
記憶の中の弐十の声が、キルの耳元をかすめた。
……何か、思い出しそうになる。
自分でも蓋をしていたとわかる、濁流の底に沈めてきた、名前すら与えなかった感情が、ゆっくりと浮上してくるような──そんな予感が、胸の奥をざわつかせた。
「んで、最後に、『白い大きなクジラ』についてな。
まず、白いクジラは、一般的に集合的無意識や畏怖の象徴とされますが、あなたの場合では恐怖の対象として現れています。あなたが向き合いたくない何か、あるいは理解しきれていない自分の感情や恐れそのものを示唆している可能性があります」
キルの脳内にはあの白いクジラの巨大な影が浮かび上がり、息を呑む。
「つまり、これは……、
『言えないけれど、伝えたいことがある』
『恐れているけれど、心は向き合いたがっている』
『本当に大切な人と深くつながりたい。でも、その深さが怖い』
友人との関係は、あなたにとっての『愛』や『癒し』であると同時に、『恐れの源』にもなっています。
なぜなら、その人を失う・誤解される・届かないという可能性に対して、とても敏感で、真剣に向き合っているからです──」
( ……愛…、恐れ……?)
──ポタ、
何かが掌に落ちた。
…視界の靄が消え、意識が戻ると、額から大量の汗をかき、顎の下からも汗が滴り落ちていた。
「え……えーーーと?だから?つまり?キルさんはこいつに、恋しちゃってる……って、そういうことだよなぁ?!
なんだよーー!!恋煩いかよーーー!!こんな不気味な夢見るほど深刻に悩みすぎだろオイ!(笑)じゃー、こっからはわしが特別に恋愛相談乗ってやっから!」
結城が嬉しそうに、にやにやと笑いながら顔を上げると、向かいには大量の汗が滴り、小刻みに体を震わせながらうつむいているキルシュトルテがいた。
「え……? キルさん……?」
…肺にうまく空気が入らない。
今にも止まりそうな呼吸と脇腹に鈍く重い痛みが広がり、吐き気に襲われる。
「……っ、結城…、
…俺、体調悪ぃから、先、……帰るわ……」
「は?マジ?!おい大丈夫か?!今タクシー呼ぶわ!!」
「いや、いい、ひとりで帰れる…」
財布からお札を取り出し、「これで、払っといて」とテーブルに置くと、キルは足に力を入れて立ち上がり、店の出入口に向かう。
視界はゆらゆらと揺れ、まるで海の中を漂っているようだ。おぼつかない足を前へ前へと進める。
──結城、ありがとな。
お前のおかげで、やっと気づけた。
いや、……思い出せたんだ。
俺がずっと奥底に沈めていた、
死ぬまで二度と触れたくなかった感情の名前を。
…あれは、俺の──。
朦朧としながら店を出て、駅の方角へ足を進めようとしたその時、足に力が入らなくなり、膝からガクンと地面に跪く。
その瞬間、視界がぐらりと回転し、俺は転がるように地面に倒れ込んだ。
「やば!誰か倒れてる」「あの、大丈夫ですか!?」と周りにいる人がざわめきながらキルの周りに集まりだす。
後ろから追いかけてきた結城に抱え起こされ、「おいキルさん!!キルさんしっかりしろ!!!」と大声で呼ばれるが、うまく返事ができない。
「大袈裟なやつだな……」と他人事のように思いながらも、ゆっくりと目を閉じる。
あのクジラのいる海へと引き摺り込まれるようにして、キルの意識は遠くなっていった──
コメント
5件
過去一刺さったかも😭続き楽しみだわ🎱
いや、やっぱり大好きなんよ❤️