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えれめんたる
「こっちだよ。おいで、こっち。起きて。」
彼の優しい声がする。目を開き、立ち上がり彼の声を追うように廊下に出る。
彼の優しい声は、私を呼び、それに引き寄せられる。
「こっち。もっと来て近くに。」
彼の声が次第に大きくなってきて、彼の姿が見え始める。
彼はあの赤い桜の木の下に立っていて、手招きしながら私を呼んでいる。怖さも、警戒心もない。ただ彼へと向かう。早く彼の元に行きたい、彼に抱きしめてもらいたい、早く、早く。キツネさん、キツネさん。彼を呼びながら、彼の前へと立つ。手を伸ばして彼に触れようとする時、
「やっと手に入った」
私は何のことかわからずに首を傾げるようとするが首が動かない。目の前には、あの恐ろしい赤黒い顔が不気味に笑って、私の首を伸びた桜の木の枝が絞め上げていた。
「ううっ!!う!!」
ただ苦しみの声を漏らすことしかできずに、地面から離れた足はバタバタと暴れるように動く。
「早く一緒になろうね。お前の血が欲しい、お前の血が流れのが見たい。」
恐ろしい声でそう言い、苦しむ私を見上げながら何かは首に手を伸ばしてくる。その手は、まるで枝のようで、桜の木の枝の上からさらに私の首を絞めてくる。ギチギチと音を立てて、枝が首に食い込む。
「飛べ、飛べ。お前の首を飛ばしたい。」
苦しい、息ができない。だんだんと力が入らなくなり、抵抗できなくなってくる。視界がぼやけ、首からは血が流れ出す。
「死ね、死ね、死ね。」
ぶちっ!
ごほ!ごほ!はぁ、はぁ
「遅くなってごめんね。君がいなくなってすぐに探したんだけど、この桜の木が出している靄のせいでなかなか見つけられなかった。」
彼はそう言いながら、いっきに桜の木の枝を私からブチブチと音を立てて切り離す。
彼に抱き抱えられながらはぁ、はぁ、と何度も息を繰り返す。彼は私を優しく撫でてからそっと地面に下ろす。私を後ろに庇いながら、桜の木と一体になったそれと対峙する。
「ねぇ、お嬢さん。君を守るって言ったよね。僕を信じてくれる?」
彼が狐面の下からいつものようにクスクス笑いながら、しかし、どこか真剣に聞いてくる。私はこくんと彼を見つめながら頷く。その瞬間、彼は狐面を外しこちらに微笑んでくる。
知っている。この笑顔を。
私は直感的にそう思った。
「やっと君を守れる」
彼はそう言って白い光を放ちながら、桜の木に向い、次第にその光は赤い桜の木を包み込む。
「だめ、待って!」
そう叫ぶのも虚しく、彼は白い光で赤い桜の木を覆ったまま、だんだんと赤い桜の木は朽ちていく。
その瞬間すべてが頭の中に入ってくる。
「ねぇ、僕のお嫁さんになってくれる?」
そういう彼の声は、紛れもなくあのキツネさんの声だ。
「えー、どうしよっかな」
「ふふ、君しかいないんだよ、僕のお嬢さん」
そう言って笑う彼は白髪を靡かせて、私のすぐ隣に座る。彼の肩に頭を寄せると、彼も腰に手を回して抱き寄せてくれる。そんな毎日がずっと続くと思っていた。
彼と思い合っていた私はある日、村のために女好きな領主に嫁がされることになった。それを知った彼は私を連れて逃げようとしてくれた。でも、そう簡単にはいかなく、私たちは捕まり、そのまま領主の元へと嫁いだ。
「も、もうやめて、お願いします。」
何度も夫となったその人に懇願したが、解放されることはなかった。日に日に、暴力と行為は激しさを増していき、ついに壊れてしまった私はあの桜の木の前に立つ。すると、夫は屋敷を抜け出したと言い桜の木の前で何度も何度も私を殴り辱めた。ぐったりと横たわって力の入らないまま愛おしい彼の名前を呟く。
ギチギチギチギチ
彼の名前を呟いた瞬間、呼吸がほとんどできなくなった。圧迫される首、乱れる呼吸を感じながらそっと目を閉じる。彼の優しい声が笑顔が思い浮かぶ。次の瞬間、
バキ
歯切れの良い音が響いた。
涙をこぼしながら目を開けると、白い桜の木の前にいた。まるで、あの人の長い髪のようなそんな色。すべて夢だったのだろうか。
そっと桜の木を撫でる。
後ろから誰かが近づいてくる音がする。
「綺麗な桜ですね。お嬢さん」