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美琴との修羅場から数日後——学校の音楽室は、あの日とは打って変わって静かだった。
陽斗と遼、ふたりきり。
ピアノの鍵盤にはまだ指が触れていない。
「……ほんとに、よかったのか? コンクール出ないって」
陽斗の問いに、遼はうなずいた。
「後悔はないよ。今は、誰かと競うより、お前とちゃんと音を合わせたい」
「俺と……?」
遼は真っすぐ陽斗を見た。
「お前の音は、荒削りで感情が剥き出しで、……でも、どこまでも優しい」
陽斗は、少し照れたように笑ってから、ピアノの横に腰掛けた。
「じゃあさ、今からその“優しい音”聞かせてやるよ」
遼が隣に座り、ふたりの指が鍵盤の上で重なる。
はじめはぎこちなく、次第に絡むように──
いつのまにか、音よりも鼓動の方が近く感じられていた。
ふと、陽斗が演奏を止める。
「な、なんで止めるの?」
「……遼が、近すぎて弾けない」
「えっ?」
「いや……こう、距離近すぎて。……その……キスとか、したくなるじゃん」
一瞬、空気が止まった。
遼はピアノから手を離し、陽斗を見つめたまま──
「……してもいいよ?」
陽斗の目が、驚きで大きくなる。
「え、まじで言ってる……?」
「……お前にだけは、触れられてもいいって思った」
息を飲むような沈黙の中で、陽斗はそっと、遼の頬に手を添えた。
そして──
重なる唇は、ピアノの旋律よりも柔らかく、確かな“恋”を奏でていた。
⸻
放課後の音楽室に、ふたりの奏でる小さな愛の音が静かに響いていた。
ふたりの“旋律”は、もう戻ることのない過去ではなく、
これから続いていく“恋のはじまり”を告げていた。