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「ん?……星?」
期末テストが近づいた、高校二年の冬。
旧校舎の教室に一人残り、机に向かっていた俺の目に、ふと奇妙な赤い光が飛び込んできた。
視線の先は、新校舎の屋上。
あんなに低い場所に星なんてあるはずがない。けれど、その小さな光は闇の中で静かに、呼吸するように明滅していた。
「おー中目。こんな遅くまで残って、勉強熱心やな」
「うちの親、かまってちゃんやから。家やと集中できひんし、学校の方がはかどるんです」
昇降口で声をかけてきたのは、気心の知れた体育の中島先生だった。
「そうか。もう暗いし、何かあったらすぐに逃げてこいよ? 新校舎の職員室におるからな」
「はーい、ありがとうございます」
中島先生に手を振って見送り、一人で靴を履き替える。
ええなぁ、新校舎。あと一年入学が遅かったら、あっちの綺麗な教室を使えたのに。なんで先輩の俺らが「お古」の旧校舎やねん。
心の中で小さく毒づきながら踵を鳴らした、その時だった。背後に、冷たい気配がした。
「……中目くん。一緒に、帰ろ?」
「ひっ……!?」
本気で心臓が止まるかと思った。
振り返れば、そこに立っていたのは、時折見かける「俺のファン」を自称する女子生徒やった。
いや、ファンなんて生ぬるいもんじゃない。家の近くまでついてくる、実質ストーカーや。とうとうストーカー以上を求め始めたか……。これはマズい。中島先生、もう行ってもうたよな?
「……ごめん。今、中島先生に職員室に呼ばれてるねん。だから、一緒に帰るのは無理……かも」
逃げるように、じゃあと手を挙げて、早足でその場を去る。このまま家に帰っても、背後をつけられるのは御免や。一度職員室へ行って、中島先生に車で送ってもらおう。
「中島せんせー! ストーカーに追われてるんで、家まで送ってもらえません……か?」
勢いよく職員室の扉を開けると、そこにはさっきまでの余裕を失い、必死に机をかき回している先生の姿があった。
「ごめん、中目! ちょっと大事な書類が見当たらんくて……あ、そうや。新先生が『屋上でタバコ吸ってから帰る』って言ってたから、あの人に送ってもらえ」
ガシャン、と金属音が響く。
中島先生が、無造作に「屋上の鍵」を俺に向かって投げて寄こした。
え、こんな大事なもの、生徒にこんな簡単に渡してええの? 俺、どんだけ信用されてるねん。
「……それより新先生って、誰やろう」
首を傾げながら、屋上へと続く静まり返った階段を登っていく。
先生たちの名前はそれなりに覚えているはずやけど、全く見当もつかない。俺の関わっていない教科の先生やろうか。
「……新先生……いますかぁ?」
幽霊屋敷にでも忍び込むかのように、そっと声を出しながら重いドアを押し開ける。
その瞬間、視界に飛び込んできた光景に心臓が跳ねた。
「うわ!! 何してるんですか!! 学校で自殺はありえへんって!!!」
屋上のフェンスによじ登り、白衣を冷たい風に靡かせた誰かが、夜空に向かって細い手を伸ばしていた。
なりふり構わずその足元に飛びついた拍子に、俺の大嫌いなタバコの匂いがツンと鼻を突く。
「……あれ? 中目くん、どうしたん?」
高いところから見下ろしてくるその人の、少し癖のある髪が夜風に揺れた。
……なんや、この綺麗な人は。
背負った月光が後光のように彼を縁取り、現実離れした輝きを放っている。
「……天使?」
「ふふっ、夢でも見てんの?」
ぴょんと軽やかにフェンスから飛び降り、彼は手に持っていたタバコを深く一吸いした。
ああ、旧校舎から見えた「赤い星」の正体は、これやったんか。
「……新……先生?」
「……そうやけど?」
不思議そうな顔でニコリと笑い、彼は首を傾げた。
破滅的に綺麗なこの人は、一体誰なん?なぜ、俺の名前を知っているんやろう。
「……死のうとしてたんですか?」
今は正体よりも、先ほどの行動が気になる。俺が一足遅かったら、飛び降りの現場を特等席で拝む羽目になっていたところや。
「ふふっ、……空……。手を伸ばしたら、星に届きそうやったから」
「どんだけロマンチストなんですか」
洒落にならない。俺は驚きすぎて、いまだに心臓がバクバクと警鐘を鳴らしているというのに。
「……それより、中目くん。何かあったん?」
地面に置かれた簡易的な灰皿に吸い殻を押し付け、彼は何もなかったかのように微笑みかけてくる。
「……え、ほんまに誰ですか?」
こんな綺麗な人、マジで知らない。俺の名前を二回も呼んだけれど、俺はそんなに有名人だっただろうか。いや、家が資産家で学年トップのファンクラブ持ちなら、有名人以外の何者でもないけれど。
「……あ、この顔じゃわからんか。……美術の野中、やけど」
彼は手近なゴムで雑に髪を結び、使い古されたダサい眼鏡と、ヨレヨレのマスクを無造作に装着した。
「……うわ、知ってる。嘘やろ」
こんな劇的な変身、漫画やドラマの中だけの話やと思っていた。
現実でこんなことがあり得るなんて。
沈んだ海賊船の中でとんでもないお宝を見つけてしまった気分やった。
#オリジナル
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