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最近兄ディオンが、元気がない。いや、苛々している様に見える。しかも、帰宅時間が異様に早い気もする。
「……」
「……」
静まり返る食堂に、カチャカチャと食器の音だけが響いていた。リディアとディオンは黙り込み、黙々と食べている。ここ最近の光景だ。
これまた何時もながらに、横に座るディオンをリディアはそっと盗み見る。
一体、どうしたのだろう。顔を合わせれば口煩い兄が口数が減り、目も合わさない。だが、最近距離だけは異様に近い……物理的に。
「ご馳走様でした」
リディアは食事を終え席を立とうとすると、手首を掴まれた。
「な、何よ……」
「何処行くの」
不機嫌そうに、言われる。
「何処って……食べ終わったから部屋に戻るんだけど……」
「何するの」
「何って……特に何も。読書でもしようかしら」
自分で聞いておいてディオンは黙り込んだ。じっと何故か睨まれる。兄の言わんとしている事は分かっている。
(だって、ここの所毎日そうだもの……)
リディアはため息を吐く。
「はいはい。行けばいいんでしょう? 行けば……」
(全く、何なのよ……)
リディアは執務室の長椅子に座り、本を読む。奥の机ではディオンが大量に積み上げた書簡や書類に目を通し忙しそうだ。その顔は真剣そのものだった。
しかし、どうしてリディアが執務室にいる理由、それは何時だったか……。あれは、少し前の話だ。確か、城でディオンがリュシアンと出会した日の夜だった筈。
あの日、ディオンは珍しく早く帰宅した。昼間の事もあり、何となく気まずく感じていたのだが……リディアが食卓に着くと何故か兄も隣に座ってきた。
どうやら一緒に食べるらしい……これまた、珍しい。
リディアは眉根を寄せる。口煩いディオンと食事をすると、またああでも無いこうでも無いと注意をされそうだと。
だが意外にも兄は食べ終えるまで終始無言だった。何時もと違う様子のディオンに、少し拍子抜けしつつリディアは席を立つと、腕を掴まれた。
『何処行くの』
いや、どう考えても普通に部屋に戻りますが?と思った。その事を伝えると……。
『何するの』
『……別に、何も』
これまで兄のこんな態度を見た事が無かった故、リディアは困惑した。質問の意図を図り兼ねる。一体何が言いたいのか……。
それ以上なんと答えたら良いのか分からず暫く黙っていると、ディオンは不機嫌そうな表情を浮かべて徐に立ち上がった。掴んだ手はそのままに。
『俺は、仕事するんだけど……』
『は?』
予想外の台詞に間抜けな声が出てしまった。
『だから、仕事』
更に苛々しているのが伝わってきて、よく分からない圧を感じる。
『あ、あぁ、仕事ね。……お疲れ様』
取り敢えず労いの言葉でも掛けてみた。
『……』
だが、凄い顔で睨まれる。何かが違うらしい。
『え、あ、ちょっと! 引っ張らないでよ!』
ディオンは、リディアの手を少々強引に引きながら食堂を出た。着いた先は執務室だった。
長椅子に座る様に言われ、取り敢えず訳も分からないままに、大人しく座る。
すると、暫くしてシモンがお茶とお茶請けの菓子を持って来てくれた。これにはリディアの機嫌も良くなる。我ながら単純だ。
ディオンはというと、奥の机で何でも無い様に仕事を始める。シモンはディオンにも、お茶を差し出す。それを優雅に啜りながら、大量の書簡やらに目を通していた。
シモンが執務室を出ていくと、部屋には当たり前だが二人きりになる。時折兄は此方を見ては、直ぐに手元に視線を戻す。
リディアは、兄からの無言の圧力をヒシヒシと感じた……そこから動くなよ、と。
それから毎日、同じ様な事の繰り返しだ。