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24 - 第24話 しらない顔(3) side藤井香澄

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2025年07月16日

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さっきまでの高揚が、ふと静かになる。窓際のソファに腰を下ろしたのは、少し人の流れから離れたかったからだった。


足元には柔らかな絨毯。

壁沿いには淡い照明に照らされたアートパネルと、静かに広がる夜の都心。


会場の空調は少し冷えていて、露出の少ない服装にしてきて正解だったと思う。

秋の始まり、昼間とは違う空気が肌をひんやりと撫でていく。


パーティはまだ本格的に始まっておらず、カクテルグラスを片手にした人たちが、数人ずつの輪をつくって立ち話をしている。


会話の合間に名刺が交わされては、笑い声がやわらかく響いた。


窓ガラスに映る自分の姿をふと見て、さっき岡崎に言われた言葉を思い出す。


──「女の子らしい格好してらっしゃるなって。いいじゃんって褒めてんですよ」


胸元を押さえる。じんわりと、そこに熱が集まっていく。


メイクも、髪も。

いつもより少しだけ時間をかけた。

誰に見せたいわけでもないふりをして、

心のどこかで期待していたのかもしれない。


そんな小さな変化に、あっけらかんと気づいてくるなんて。


……ずるい。


さりげなく、何でもないように。

でも確かに届いてしまったその言葉が、

思っていた以上に、胸の奥を揺らしていた。


ニヤけそうになる口元を、あわてて両手で押さえる。


……だめだ、怪しいやつに見える。


わざとらしく咳払いをして、視線をそっと夜景に戻した。



そのときだった。


「……あの。ここ、お隣よろしいですか?」


不意に声をかけられて顔を上げる。


やわらかく巻かれた髪が肩にかかり、くすみピンクのブラウスをまとった女性が、こちらを見て微笑んでいた。


ひと目で「魅力的な人だ」と思った。


飾り立ててはいないけれど、ふわりとした佇まいに視線を持っていかれる。


「…あっ。もちろん。どうぞ」


間が空いてしまい慌ててそう答えると、女性は小さく会釈をして、グラスを手にそっと腰を下ろした。


ナチュラルなアイライン。細い手首には繊細なゴールドのブレスレット。


見とれてしまうほどではないのに、なぜか目を引く。そんな人。


「いいですね、ここ。夜景見えるし、人も少なくて」


「たしかに。ちょうど静かで落ち着けますね」


「私、こういう場に来ると、最初に“安全地帯”探しちゃうんです。あっちの真ん中のほうとか、緊張して無理で」


「わかります……知り合いが多い人はいいけど、そうじゃないと居場所に困っちゃいますよね」


「そうなんですよ。で、こうやって同じタイミングで座ってる人がいると、それだけでちょっと安心してしまって」


「……たしかに」


「ふふ、勝手に仲間意識持っちゃってます。なんかすみません」


くすっと笑いながら、グラスを指先でくるくると回す。

柔らかい声も、その仕草も、間の取り方も、どこか自然で、力が抜けている。


こちらが言葉を選ぶ間も、焦らせるような気配は一切なく、むしろそこに静かに付き合ってくれるようなやわらかさがあった。


親しみやすくて、どこか品があって、

でもそれを“見せよう”ともしない。

気負いも飾り気もなくて、それでいてちゃんと目を引く人。


……自分には、そういう風には、たぶんできない。


何かを言う前に構えてしまうし、場に馴染もうとして空気を読みすぎる。

一歩近づくのに、どうしても少し時間がかかる。

そんな自分とは、たしかに正反対だった。


それでも、嫌な気持ちはまったくしなかった。

むしろ、こんな人が近くにいたら、少し心がほどけるかもしれない──

そんなふうにさえ、思ってしまった。


ふふっと笑い声がもれて、思わず顔を見合わせる。

初対面とは思えないほど、空気がやわらいでいた。


「…取材で来てるんです。COTOっていう小さな編集部なんですけど」


彼女がそう言いながらこちらを見た、その目線がふと胸元へと下がる。

『LIVEL|GUEST』のプレートを見つけたらしい。


「あ、そうだ。ちゃんとご挨拶しなきゃ。私、──」


「藤井ー!あっちにドリンクあったから適当に…」


ふいに背後から声が飛んでくる。思わず、ふたり同時に振り向いた。


岡崎だった。

けれどその声は、途中でふっと宙に浮いたように途切れていた。


「あれ……」


もう一歩、踏み出しかけた岡崎の足が、ぴたりと止まる。


「……彩夏?」


その名を口にした瞬間、空気が微かに変わった。


「…え。うそ……ろくちゃん?…ろくちゃんだぁ!」


彩夏が立ち上がる。驚いたように、でもすぐに笑顔がはじけた。


手にしたグラスをそのままに、声のほうへ向かって小さく駆け寄る。


岡崎は数歩先で固まったまま立ち尽くしている。

両手に二つグラスを持ったまま、息をのんだような顔で彩夏を見つめていた。


その瞬間、世界から音が消えたように見えた。ふたりの視線だけが、ほかの何も映さないまま交差していた。


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