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◆◆◆◆◆
『こーーーろーーーんーーーだ!』
その声で視線を戻した。
こちらを振り返るアリスを睨む。
―――本能に従え、か。
そして先ほどから大汗をかきながらも互いに動けない二人を見下ろす。
もしここで―――。
俺がアリスにタッチできれば、条件なしで全員生き返る。
しかしそれではアリスの目的である、バグの修正はできない。
きっと罠だ。
アリスはどんな手を使ってでも、自分にタッチする前に隆太を負けさせる。
それではもし、
自分たちが何もせず、正午になってしまったら―――。
隆太は時計台を見上げた。
あと10分。
このままだったら―――。
全員が自殺で死亡。
「――――」
―――それでいいんじゃねえのか。
その場合、殺人犯が花崎であろうが尾山であろうが、確実に殺すことができる。
それに自分だって―――。
体裁ばかりを気にして愛情も期待もくれなかった父親も。
父親の顔色ばかりを窺って弟だけを可愛がった母親も。
愚鈍な兄に早々に見切りをつけ、ひたすら自分の道を歩いた弟も。
夫を蔑ろにして、家庭内でモラハラとDVを繰り返した嫁も。
ーーーそれでも、俺よりは生きる価値がある。
だって―――。
杏奈にとっては、
祖父ちゃんだし。
祖母ちゃんだし。
叔父さんだし。
そして、
母親だし――――。
隆太は、ふうと大きく息を吐き、身体から力を抜いた。
「仙田さん……!おい!!聞いてるのか!?」
花崎が叫ぶ。
「こんな奴の言うことを聞くな!お前も共犯だぞ!」
尾山も訴える。
「―――うっせえよ」
隆太は二人に向かって言うと、
「このクソサイコ野郎ども……!!」
中指を立てて笑いかけた。
鈍い音が聞こえた。
赤いゴムボールが転がってきた。
ボールを追いかけてきた女の子が、よちよちと隣を通過していった。
―――かわいいな。
そうだ。
杏奈もあのくらいだった。
隆太の浮気がバレたあの日から、もう触らせてもらえなかったけど。
と、女の子の歩くたびにきらきら光る靴が、コツンとボールに当たった。
「―――あ」
ボールが勢いよく転がりだす。
女の子は慌てて両手を前に出して追いかけた。
「―――みのりいいいいいい!!」
母親だろうか。
割れるような声が追いかけてくる。
しかし彼女は振り返らない。
その大きな瞳には、赤いゴムボールしか見えていない。
ガードレールの目は粗い。
ゴムボールは通り抜けてしまう。
そしてその先は――――。
ヒュンッ ヒュンッ ブッブー
ーーー幹線道路だ。
「危ない……!!」
気が付くと隆太は――――走り出していた。
地面を蹴る足が異様に遅い。
短い脚の走る速度が異様に速い。
追いつけるのか?
―――追いつく!
助けられるのか?
―――助ける!
自問自答を繰り返しながら足を前に出す。
一歩でも早く!
少しでも前に!
ダメだ……。間に合わな―――
その瞬間、女の子が足を止めた。
目の前を速度を上げて走っていたトラックも、
大型のスポーツバイクも、
緑色のタクシーも、
修学旅行生を乗せた高速バスも、
みんな、止まった。
ポンポンと勢いよく跳ねていたボールさえ、その動きを空中で止めた。
「―――どうなってやがる……」
隆太は動きを止めた女の子の前に立ちはだかりつつ、異様な光景を振り返った。
そこには―――。
「仙田さん」
こちらを指差したアリスが立っていた。