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行動開始から二時間が経過し、漸く俺と深町は東京都新宿区に到着。
辺りは人だらけで、歩けば歩くほど景色が 目まぐるしく変化して行く。栄えた都市には何度か来た筈だが、やはり田舎生まれと言うのもあってか少し苦手だ。
「八咫くん、僕からなるべく離れないように。こんな大勢人が居る場所で迷子にでもなったら大変だ」
「なる訳ねェだろ!!こっちはクソ鴉共が居ンだよ、場所くらい分かるわ!!」
なんてボケツッコミのやり取りをしている内に、気が付けば人混みの多い新宿駅まで歩いていた。
人集りに魔術師の気配は無し。今回の敵に縄張りに入って来た野犬……野鴉を察知する能力は無いと見た。
ただ―――、
「……オッサン」
「あぁ、気付いているよ」
明らかに濃い。集まっている人の数では無く、異常な程に魔力が淀んでいる。
駅の中が魔力の吹き溜まりと化しているのは、やはり人間の “悪” と社会人の疲れによる “陰” が魔力に変換され、周囲にばら撒かれているのが原因。
「ただの人間に魔力は感知出来ない。この場所で幾ら魔力が滞ったりしても彼らは気付かない。故に、魔術師は誰にも知られず魔力を補給出来るって訳だね」
能力保持者は魔力を動力源として技を発動させる為、感覚だけではあるが魔力を認識する事が出来る。
ただ、妖術師と魔術師の場合は違う。
明らかなモヤが視界を遮り、顔全体にまとわりつく様に蠢いている。この場で戦闘が起きれば、確実に邪魔なのは間違いない。
「オッサン、この辺りに魔術師は居ると思うか?」
「………君の考え的に、僕の能力で探し出すのはほぼ不可能に近いだろう。物語に干渉出来るとは言え、能力の改変までは手が届かないのさ」
俺の思っている事が全て見透かされた。別に構わないが、何故かイラッとするのは放置。
今はそれより、魔術師の場所を探し出す事。奴らが行動を開始したら十中八九、厄介な事故が怒るに違いない。
「なら俺は新宿の左側を捜索する。オッサンは右側に行ってくれ」
もし俺が魔術師と出会い接敵したとしても、深町は能力で俺の状況を読み取り、速攻加勢して来るだろう。
逆も然り、深町が接敵した際は “物語干渉” で俺の行動を改変し、実質的な転移が可能。
「………成程、確かにその案がベストだろう。ならば行動は早めに移すが吉。早速、僕は神楽坂辺りから探しに行くよ」
読み取った深町はそう言い、颯爽と駅から走り去って行った。
俺は俺で早めにここから移動したい。なんたって魔力が濃い場所は気分が悪くなる。………妖力が濃い場所は大歓迎だ。
「考えてもしァねェ、行くとするか!!」
『岩融』を片手に、俺は人混みの中をするりと抜け出して大久保周辺へと向かう。
外で群れている大勢の鴉が、今か今かと飛び立つ瞬間を待っていた。
時刻は12時43分頃、東京都新宿区新大久保駅前。 辺りに独特な魔力は感じられず、魔術師の待ち伏せは無し。
駅内の人混みを通り抜けながら線路に降り、レールの上を全力疾走する。
「『強制肉体強化』」
倍増された身体は歯止めを失い、後ろから迫り来る鉄の塊より速く、速く速く速く速く速く、走り続ける。
微かに新宿駅で認識した魔力が漂っているが、行動に支障をきたす訳では無い。故に放置で構わないだろう。
「オッサン、そっちはどうだ?」
//「想定より人が多いって事以外は異常なしだよ。魔術師も見当たらず、この辺りには居ないと見た 」
「こっちも同じだ。結構な範囲で地上の魔力も調べながら走ってッけど、何も感じねェ。このまま一気に北の方まで行くからな」
出来ればこのまま線路内を駆け抜けて行きたい所だが、中井方面は察知の範囲外。
向こうまでわざわざひとっ走りしないといけないのが面倒くさい。けどまぁ、自分で言い出した事だ。
走り出して5分が経過。周囲に異常は無く、このまま中井方面に入―――、
//「……待った、八咫くん。そっちに行く必要は無いかもしれない 」
「あァ?!」
突然の無線連絡に驚いた俺は、飛び移りながら 移動していた家の屋根で足を滑らせて、地面へと華麗に着地する。
危うく周囲の人間に恥ずかしい所を見られる所だった。
………と、マズイ。そりゃ突然空から人が降ってくれば注目するだろう。早くこの場から離れないと、人が集まってしまう。
//「そんな君に、聞き込みしながら移動していたら有益な情報を手に入れた。現在進行形で、防衛省に直接、魔術師が集まって何やら計画を立てているようだ」
「………最後の妖術師である俺を殺す為か?」
//「さぁ、それは分からないが……その内、死人が出るかもしれない。今すぐ君をこっちに呼ぶよ」
【俺は深町の場所へと移動し、合流することになった】
合流した俺と深町は急いで防衛省の建物へと赴き、異様な程に歪んだ魔力を感知する。
間違いない、深町が手に入れた情報通り。ここには魔術師が居る。
「移動は成功したッて事だな!?」
「君が今ここに居るから現に “物語干渉” は成功している。このまま真っ直ぐ突っ走れば、魔術師と接敵するのは間違いないよ」
深町はポケットから何やら物騒な、丸い鉄の球体を取り出し、それを足元へと落とす。
パッと見た感じ、それは紛れもなくグレネードと全く同じ形状。ピンも抜いてあり、あと数秒すれば足元から爆発し、破片が俺達に突き刺さるだろう。
「……ッバカ、なにしてンだ!!」
俺は咄嗟に『黒影・深層領域』を発動させ、深町ごと飲み込み地面の中へと引き摺り込もうとした。
「はは、八咫くん。そんなに警戒しなくても大丈夫さ、これはグレネードなんかじゃない」
そんな俺を片手で静止させ、深町は持っていた杖で鉄の球体を思いっきり突き刺す。…… 幾ら人間とは言え、先が尖った杖を勢い良く突き刺せば、鉄さえも簡単に貫く事が出来る。
「そうだね、名前が無ければ説明も難しいモノだ。今日からコイツを『リコネス2号機』と名付けよう!!」
砕け散った鉄の破片が地面へと着いた瞬間、 静かな水面に水滴が落ちた時と同じ様に、破片の着地した地点から波紋が広がって行く。
やがてそれは落ちてきた葉にも反応し、連鎖的に広がり続ける。
「………なンだコレ?」
「半自動偵察、かな。いまさっき広がった波紋が建物や障害物、人間や動物に当たると杖を伝って情報が送られてくると言う訳さ」
波紋には段差など関係無し、何階建てであろうと広がり続け、接触した地点と建物の構図を照らし合わせて―――、
「……怪しげな反応が五十三点、恐らく魔術師で間違いないだろう」
不審な動きをしている人物、反射した際の伝達の速度で深町は魔術師の数を推測。 少し誤差があると思うが、俺の感知も大体同じような数を拾っている。
「この街に住む魔術師が全員集合……って訳でも無さそうだな」
どうする、このまま建物内へ攻め込むか。しかし下手すれば、魔術師と妖術師のいざこざに国ごと巻き込んでしまうかもしれない。
そうなった場合、味方につくのは確定で魔術師。俺が不利になる様な事は極力避けて通りたい。
「日本国民全員が敵に回るッてのは困る。このままじゃ内部に手出しは出来ねェな……なら ”内部” じゃなければ良い訳だなァ!!」
正面、防衛省の建物の入口辺り。周辺を警戒している魔術師と思わしき人物が彷徨いている。 ………内側に手が出せないなら、外側から破壊すれば良い。
「『四式・翠天脚鬚』」
体内の妖力を体の一点へと集中し、 一つの物体として概念を固定する程に凝縮させ、 妖力は圧力によるエネルギーの増加で高温の熱を保有する。
発生した熱を全て『岩融』の刀身に装填し、圧縮した妖力が脚へと循環。
―――脚鬚類に含まれるウデムシには縄張り意識・闘争行為・まれに共食いなどの習性を持つ種類が存在する。
そしてウデムシの最大の特徴は捕食の瞬間。俊敏な動きで獲物へと近づき、その命を刈り取る。
「『憑依』」
『憑依』は全部で “一式〜六式” まで。
その中でも最も強力な憑依種は二式の『鴉』となっている。しかし、俺の使役する鴉の全員は自らの肉体を持ち、憑依の対象外。
故に、俺が一番多用している憑依種は『脚鬚』。異常な程に速度と攻撃力が上昇し『強制肉体強化』よりも妖力の効率が良い。
「てめェらの魔力、寄越しやがれ!!」
爆速でスタートダッシュを切った俺の体は、一瞬で魔術師の目の前に。 高熱を帯びた『岩融』の刀身がするりと魔術師の頭部を切断し、辺り一面が鮮血で真っ赤に染る。
「一人目ェ!!」
俺が新宿に来ていた事、そして攻撃を開始した事に漸く気付いた魔術師数人が武器を手に取り、俺を殺しに掛かってくる。
………弱い。コイツらは魔術師と名乗れる実力を持っていない。未熟で未完成で、見ているだけで吐き気がしそうだ。
「ガァァァアアア!!」
次から次へと迫り来る魔術師の全てが切り裂かれ、返り血で全身が赤くなった妖術師が吠え続ける。
それを見た他の魔術師は一瞬怯むが、すかさず攻撃を繰り出す。俺はソレを避ける事無く『岩融』で受け止め、左腰から首元に向かって肉を裂く。
「鬼神、と言う表現がこれ程までに似合うとはね」
戦闘には加わらず、遠くから様子を見ていた深町がそう口にする。 もしこの場に他の術師が居たとしても、深町と一言一句同じ言葉を吐くだろう。
「これが魔術師だァ!?生温ぃンだよ、魔術師を名乗るならこの俺を満足させて見せろ!!」
骨の砕ける音、肉が裂ける音、血溜まりの中を走る足音。その全てが心地よいリズムを奏でて俺の気分を高揚させる。
殺せば殺すほど、肉体から行き場を失った魔力が空中に変換され、俺はそれを妖力として吸収する。
人間が放つ”悪”と”陰”から生まれた魔力は簡単に言えば自然生成された天然の魔力。
妖術師は天然の魔力を吸収出来ない為、魔力から妖力への変換器として魔術師を介して利用する事が可能だ。
「その程度かァ!?」
『岩融』が地面のタイルを抉り、勢い良く魔術師の顔面を斬り裂いた。
騒ぎを聞きつけた魔術師が次々と集い、その更に外側では大量の警察が囲んでいる。殺傷事件が起きているとは言え、術師同士のいざこざに首を簡単に突っ込む事は出来ない。
―――邪魔されずここで全ての魔術師を殺す。
「………ば…化け物…が !!」
殺し損ねた魔術師が一人、涙を流しながら叫んでいる。死にかけで息をしているだけでもやっとの状態で、叫んでいる。
「あァ、そうだ。俺は化け物だ」
魔術師の頭蓋を割り、血塗れになった『岩融』の刀身を引き抜く。
俺を殺そうと向かってきた魔術師はもう居ない。殆どの魔術師はこの光景を見て、”俺に勝てる未来”が見えないのだろう。
「……どォした。これで終わりか?」
向こうが来ないなら、こちらから行けばいい。そう考えた俺は一歩二歩と歩き出し、棒立ちの魔術師へと近付く。
中には武器を手放して放心している者も居れば、恐怖のあまりその場で座り込んでいる者もいる。
「………今の魔術師から見た彼は―――」
―――音がする。 俺を凌駕する程の実力を持つ何かが躍動する音が聞こえる。
「………………なんだ?”物語”が何か……」
深町がその真実を知ろうと思考を回転させている間に、全ては時間遅れのテープを切り、 この一瞬の時間を区切りに、周囲に居た生物の全てが死を悟る。
―――刹那、ほんの一瞬目線を離しただけで俺の危機察知能力が「逃げろ」「戦うな」と、空を飛び回っている鴉と同様に警告する。
「……八咫くん、マズイ事になった」
分かる、流石の俺ですら、これは死ぬと感じる。
俺と深町の立つ場所から約100m離れた地点。そこから異常な程の魔力量に、洗練された闘気。只者じゃない。
「一旦撤退だ、八咫くん!!あれは我々が戦ってどうにかなる相手じゃない!!」
姿は見える。
黒白で統一された会社のスーツの様な服、両手には見慣れない拳銃。身長は深町と同じ位で、髪型はセンター分けの天然パーマ。
表情一つ変えずに、コツコツと靴音を立てて近付いてくる。
「なに言ってンだオッサン、こりゃもう……アイツの射程内に入ってンだよ」
俺の声を聞いた途端、スーツの魔術師はその場で立ち止まり、両手の拳銃をこちらに向ける。
咄嗟に動き出した俺は深町の近くに行き『黒影・深層領域』を使用しつつ、次の対抗策を考える。
あの男がこれから何をするのかは分かる。
拳銃から放たれた銃弾は確実に俺を死へと導く。ならまずはその銃弾を回避する。だがその次、その次に起こす男の行動が読めない。
男側からでも俺が回避行動を取る事は予想済みで、構えて銃を撃つ程度の行為で俺を殺せないと分かっている筈だ。なのに、何故あの男は。
「なンでアイツはそこまで……”ハナから当たると分かった“ような顔で立ってやがる!!」
自信に満ち溢れた顔では無い、無表情なのだ。さも当たる事が当たり前かの様に、何の感情も表さずに銃口をこちらに向けている。
それがより一層、不気味に感じる。
「………来る!!」
スーツの魔術師の銃から放たれた弾丸は飛躍し、俺と深町の方向へと進み続ける。
何か銃に仕掛けがあるのか?……いや、魔術的な細工は『対妖術』以外に何もされていない。
発砲の次に行動を起こすのか?………いや、銃を撃った後なのにも関わらず、先程と同じ姿勢を維持して立っている。
最初から俺たちを狙っていない?…………いや、俺と深町を狙っているのは明らかだ。なら何だ、何なんだ。この『違和感』は。
―――銃自体では無く、弾丸に何か細工がされている?
「………ッガァァアアアア!!」
寸前で『黒影・深層領域』を解除し、影の中へと隠れる選択肢を潰す。そしてそのまま俺は『岩融』への妖力供給を完全に断ち切り、弾丸を受け止める。
激しい衝撃と閃光が俺を襲う。普段なら特に何も感じない程度の衝撃と閃光だが、やはり銃同様”対妖術師”の細工がされてある為、その威力が倍増されている。
「―――………!!」
辛うじて、俺は意識を保ったまま地面の上に立っている。……… 受け止めた弾丸の破片が、”俺の体に少しだけ触れた”程度。だが、それが致命傷になりかねなかった。
「………妖力を体内で暴発させる弾丸…って所かァ!?」
触れただけで妖力が揺れ、体内の循環を狂わした。 もし『岩融』に妖力を通したまま受け止めたら、『黒影・深層領域』を解除せず弾丸が影に触れていたら。
考えただけでも恐ろしい。
「八咫くん、回避行動!!」
深町の声と同時に、スーツの魔術師は間髪入れずに再び弾丸を放つ。
俺と深町に向かって……違う、軌道からしてこれは俺だけを狙った攻撃。深町を狙っている訳では無い。
「……ッおらァ!!」
俺は深町から極限まで距離を取り、『四式・翠天脚鬚』で向上された身体能力を駆使し、弾丸を回避する。
掠めただけでもアウトと分かれば、それはそれで緊張感が増す。
「なンで魔術師の野郎共は、自分の方から近付かねェンだァ!?」
強化された脚で地面を蹴り、一瞬でスーツの魔術師の近くまで疾走した。少し、スーツの魔術師が驚いた表情をしたが、
「―――そりゃお前、面倒な仕事で極力体動かしたく無いだろ」
俺よりも格下の妖術師相手に、本気になる事なんて無い。断言出来る。
現にこの妖術師は俺の弾丸の能力に気付かず、持っている薙刀で受け止めると言う愚行に出た。
それに、拳銃持ち相手に近付けば良いと言う考えがもう既に古い。 ―――俺の弾丸は、銃から放たれた弾じゃなくても機能する。
ポケットから大量に握り締めた弾を空中にばら撒き、妖術師の動きを制限すれば良いだけで
【だがその弾は地面へと落ち、妖術師に当たる事は無かった】
「八咫くん、予告通り”物語”の視点が変わった!!撤退の準備を!!」
物理法則を無視した弾の落下、確実に深町の”物語干渉”による改変で間違いない。
『弾丸に触れて動けなくなった所を殺される』と言う未来を無理やり捻じ曲げ、視点をスーツの魔術師から俺へと強制的に移行させたのだろう。
だが―――、
「………ぁぁあああ!! 」
深町の体に限界が迫る。 “物語”の改変は『世界の書き換え』と同等の行為。やはりそれ相応の代償が伴うのだろう。
踵を返した俺は、口から血を吐き出した深町を抱え、強化された脚でこの場から離脱する。
「……クソ、後々敵に回すのが面倒だからあの場で仕留めたかったが……先にオッサンの身が持たねェ」
これまでの”物語干渉”も相当無理をしていたのだろう。ぐったりと力の抜けた深町の内側から何かがすり減って行くのを感じる。
街の中を颯爽と駆け抜けている俺達を追って、スーツの魔術師の他に数人の魔術師が集まっている。
「全てオッサンの言ってた通りだな……」
新宿駅付近へと戻り、一旦呼吸を整える。流石に妖術師とは言えど、ぶっ通しで走り続けた肉体は休息が必要だ。
まさかこんな街中で、魔術師側の一派と思わしき人物と東京都の新宿で戦うとは。なるべく人の目を避けて戦闘したい所だったが、この場所だとそれは不可能だろう。
「オッサン、すまねェがここなら誰も来ねェ。……俺一人であの野郎を相手する」
深町は言っていた。『速攻でその場を離脱するか、最高火力を以って相手を抹消すればいい』と。
魔術師の追ってくる気配が段々と近付いて来る。故に、逃走成功の兆しが見えない今、俺がやるべき事は一つ。
「『三式・跋扈獅子』」
“物語干渉”が無くても、未来を変える事は出来る。それを証明する為に俺は、俺が死ぬ未来を自らの手で消す。
この付近に居るはずなのは間違いない。気配もする、空気が揺れるのも感じている。たが視界に入る事は無い。
「……何処に隠れやがった」
一般人に極力見られぬ様、懐に隠した拳銃を握り締めながら捜索を続ける。
仲間の魔術師や術師が束になって探しているが、一向に見つからない。……妖術の類いか?
その可能性は有り得る。本当かどうかは知らないが、人の目を欺く事が出来る妖術は存在するらしい。
「………どうやら、その妖術とやらは使わないらしいな」
考え事の最中に、先程まで何も感じなかった筈の数百メートル離れた地点で大きな気配を感じ取った。
まさかこれ程までに、実力を隠していたとは。
「いや違うな、決死の切り札だな?」
ハナから使えば決着がついた筈の切り札を今、このタイミングで使うと言う事は、自身の死を覚悟した捨て身の特攻。
今まで通りの妖術師なら無駄だと貶していたが…………、さっきまでの妖術師とは違うと思わされる程の闘気。
「………おもしれぇ、こっからは真面目な仕事になりそうだ」
喝采を、この素晴らしき妖術師にただ只管に喝采を。 気付かぬ間に俺の視界には例の妖術師が映っていた。
「―――テメェらさっきはとんだご挨拶だったなァ!?」
莫大な気配で囮を作り、最小に抑えた妖力で近付き俺を騙す。それをなし得た妖術師はまるで獣のように、死体を貪る鴉のように躍動する。
「………ヤバいな」
焦った俺は急いで胸ポケットから弾丸を取り出し、先程同様に空中にばら撒こうとしたその時。 妖術師の持つ『刀』で全て斬られ、弾丸はただの何の力も持たない鉄クズへと変化する。
おかしい、触れただけで死へと近付く俺の魔術が効いていない。
車通りの多い道路のど真ん中に乗り出し、俺は拳銃を連射する。
俺を見てハンドルを急いで傾けた車が次々と建物に衝突する光景を横目に、妖術師の動きを追う。
「………消えたな」
目線で追っていた筈なのに、妖術師を見失ってしまった。撃った弾は何も無い場所へとめり込み、意味の無い行為だったと思い知る。
「………人間が多くなってきたか」
事故の現場と銃を取り出して連射する男を一目見ようと、沢山の人が集まり始める。
組織の掟に『人間の前での殺しは控える事』とある以上、この場で妖術師を殺す事はほぼ不可能に近い。
それに比べて向こうは――― 人の目など気にすること無く、俺を殺せる。そもそも妖術師は人間に媚びを売る必要が無いのだ。
「………応援要請、妖術師と接敵中。周囲の人間が居る為対応に困ってる」
他の術師を呼んで人払いをするしかない。だが、そんな余裕が俺にはあるのか?
「………いいや、無いな」
今まで下手に見ていた筈の妖術師が、まさか警戒すべき対象にまで成り上がるとは思ってもいなかった。
故に、今何よりも先に懸念すべきは―――、
「………他陣営の介入、か」
魔術師と妖術師が戦っている場を利用し、どちらにも不満を持つ術師が俺たち互いを仕留めに来る可能性もある。
過去に魔術師と魔術師の大抗争があった時も 『反魔術犯罪集団』による介入のせいで大変な事になっている。
そして一番、今回の戦闘で厄介な人物は『風見 結花』が率いる魔術師の集団だ。妖術師と戦っていると知られればどんな目に遭うか分からない。
「………噂をすれば、だな」
無線が騒がしい。応援要請を送り、現地に到着予定の魔術師達がどうやら何者かに襲撃されているようだ。
「………そっちは誰と戦ってる?相手は魔術師か?」
//「目視で確認は出来ません!!現在数人が偵察に向かっています!!」
//「………っ見えました!!女の術師です、不可視の攻撃で次々と味方がやられて行きます!!」
見えない攻撃に性別が女。 やはり『風見』か、妖 術師との戦闘を聞きつけて介入して来たに違いない。
『風見』が現地に到着するまで、精鋭部隊が時間を稼ぐと信じて、俺は最短で妖術師を仕留める他ない。
―――待て、妖術師は何処へ行った?
//「敵組織を率いるリーダーの名前が割れました!!秘術師の『八代 罪歌』です!!」
「―――死ねェ!!魔術師ィ!!」
介入して来ているのは『風見』ではなく、『八代』だと。何故、秘術師である彼女がここにいる。
妖術師に特定の恨みや殺す必要性が無いのにも関わらず、何故、何故ここに。
いや、それを考えるのは後だ。今見るべき相手を間違えるな。
「………無駄だ」
人混みから姿を現した妖術師は、持っている『刀』で俺の首を狙っている。あと数秒経てば俺の首が飛び、決着がつくだろう。
だがさせない、俺の能力『第六天魔王』を犠牲にしてでも妖術師を必ず仕留める。
その為には―――、
「妖術師に折角ここまで来てもろてるのに、そのもてなし方は失礼とちゃう?」
俺と妖術師の間に割って入る一つの影、精鋭部隊が応戦して時間を稼ぐ筈の相手が、今ここに居る。
身長を余裕で越え、担いでいたであろう大剣で妖術師の『刀』を受け止め、串のような棒を突き出して俺を静止させた。
「…………『八代 罪歌』……秘術師が、何の用だ」
これから本気を出すであろう妖術師を片手で止めた挙句、この俺の前に経って見下して来るとは。
………やはりこの女、あの場で殺すべきだった。
「ま〜たその態度、いつ見ても気にいらうわ。ええ加減直さへんと………いつか痛い目見るぞ」
明らかに語尾のトーンが下がっている。怒っているのか、何に、何故。………女の情緒はよく分からない。
「………テメェ誰だ。そのナリからして魔術師、じゃ無ェよな?」
突如、俺と魔術師の戦いに参戦し、よく分からない会話を始めたこの女。
認識した魔力の総量から魔術師では無い事は確定している。呪術師か、とは思ったが呪力は感じられない。
「あんたが妖術師ね、風見ちゃんから色々話聞いてるわ。……うわ、間近で見ると意外とイケメンね」
―――まさかここで風見の名前が出るとは思っていなかった。
身内か、それに近しい関係者か。 何にせよ風見が絡んでる以上、俺を狙っているはずだ。今この場で殺すかどうかも、全て決まる。
……と言うか、関西弁キャラなのかどうなのかハッキリしてくれ。
「そんな怖い顔しなくても取って食ったりしない……わ。此処に来たのは風見ちゃんのお願いでね。『妖術師を捕らえてくれ』 って」
「…………罪歌、避けろ」
魔術師の合図で銃口から弾丸が放たれる。
狙った先は紛れもなく妖術師であったが、秘術師の大剣の向こう側には誰もいない。 秘術師は焦った様子を見せず、大剣を振り上げて静止した。
二人の突然の動きに俺は困惑しつつ、ギリギリで空中に回避。飛んでいる所を魔術師に見られた以上、迎撃してくるのは間違いない。
「可愛い可愛い風見ちゃんの為にも、仕事はちゃんとやるわ。て事で妖術師、あんたこれまで幾ら人間を殺した?」
これから魔術師の攻撃を防がなければならない良い場面で、秘術師が叫びながら問い掛けてくる。
………意識を秘術師に向けている間に魔術師が攻撃に転じる作戦か。
「知らねェよ、人は大勢殺したからな。数なんて覚えてねェよ!!」
何だ、俺は今何を言った。無意識的に俺は秘術師の問い掛けに答えてしまった。
地面に着地する前に、魔術師の弾丸が俺の頬を掠める。体が少し痺れる程度で、命に支障をきたす程じゃない。
俺は空中で『鬼丸国綱』では無く『岩融』に持ち替え、頭上で魔術師への攻撃準備を始める。
「………そらおおきに。『生きたまま捕らえろ』なんて言われてないから。どんな手をつこてでも、死体は持ち帰らせて貰うわよ!! 」
俺が着地したとほぼ同時に、魔術師は構えていた拳銃を下ろし、そのまま攻撃態勢を解いた。 何故だ、まだ決着はついていない。
戦意喪失……と言う訳でも無く、妖術師を見逃す雰囲気でも無い。となればやはり―――、
「―――『罪ヲ唄ウコト勿レ』!!」
先程の問いに、何か仕掛けがあったのだ。
地面のコンクリートに亀裂が入り、そこから見えない何かが俺の体を縛る。
感触からして 縄や紐の類いでは無い―――『鎖』だ。 見えない鎖で俺は今、身動きが取れなくなっている。
「私の能力『罪ヲ唄ウコト勿レ』は “罪を自白した人物を見えない鎖で拘束する事が出来る” のよ」
「………マジかッ」
これまでの能力持ちの人物は魔術師しか見てない俺は、秘術師が能力保持者では無いと、勝手に判断してしまっていた。
この鎖は特別な力が込められており、単純な力技で取り外す事は絶対に不可能。無抵抗な状態で相手の行動を待つしかない。
「………罪歌、そいつは俺の獲物だ。ボスの前で、術師達の前で俺が殺す。邪魔者は大人しく下がってろ」
「―――悪いけどこっちも仕事でやってるから邪魔せんと貰える?所詮、こまい……小規模な魔術師の集まりのボスなんかどうでもええわ」
スーツの魔術師は銃を女に構え、秘術師の女は大剣を男に向けた。 仲間割れか?……… いやそもそもこの二人が仲間かどうかも分からない。
それに “小規模な魔術師の集まりのボス” と言う事は、術師の中でも多数の派閥が存在している……?
秘術師の女は風見と同じ組織で間違え無い。ならばこのスーツの魔術師は一体………、
「何も出来ねェ状態で悪ィが質問させてくれ。術師の組織って幾つあるンだ?」
「せやな〜……関東に4つ、関西に2つ、東海に1つの計7箇所。何処の組織も『妖術師』を殺す事を目的としとるからな、ウチの風見一派もそんな感じ」
「………俺の所も社会に仇なす術師と妖術師の殺しを生業としている」
大昔からずっと俺が東京辺りしか 動いていない事を知っている術師が、俺を取り囲む様に、 自らの手で組織を作り上げたのだろう。
………あの陰陽師と同じやり方。今でもあの顔が鮮明に思い出せる、腹の底から気に食わねェ。
「それで、これから俺をどうすンだ?殺すのか殺さねェのかハッキリしてくれ」
ニヤリと笑い、ここから出る為の策があると思わせる様に目の前の術師を煽る。
周囲に莫大な妖力を放ち、術師の脳内で一番の最悪と考えているであろう『脱出の可能性』を更に増幅させる。
これで俺を今すぐ殺さなければ後々面倒な事になると知っている二人は、俺を殺すしか選択肢が残っていない事を導き出すだろう。
「………逃れられても面倒だ。ここで殺して死体は二分割にして持ち帰る、でどうだ」
「あんたの案に乗るんは嫌やけどしゃあないわな。そうと決まったらちゃっちゃと終わらせるしかあれへん」
どうせ俺は死ぬ、深町の忠告をよく聞かなかったツケが回って来た。妖術師として、武士として生きたまま敵に囚われる事は許されない。
秘術師の女が構えていた大剣がうっすらと透明になって行き、それと連動するかのように俺の頭上、断罪の刃が生成されて行く。
「粛清の刻来たれり、恩讐を受けて塵芥と化せ」
大剣が消え、罪人を裁く刃が完全に現れた瞬間。その時間はやって来る。
「オッサン、目ェ覚めてるなら物語に干渉しているだろうな。悪ィが俺の道は此処までだ」
あの時、警告を受けた俺は “やってみなきゃ分からねぇ” と啖呵を切っていたのにこのザマだ。
………あァ、クソ。俺が死ぬとその先の物語はどうなるのか聞いておけば良かった。ずっと気になってたのに。
もし物語が続くなら、幽霊として風見を殺しに行くのもありだな。