その日、私達はホテルで過ごしてゆっくりと体を休めた。食事については辞退してる。食料は持ち込んであるし、今は少しでも食料が必要な時だ。私達じゃなくて、必要な場所で使ってほしいとお願いした。もちろんフェルとばっちゃんの意見も聞いた上でだよ。
翌朝、カラッとした青空が広がる良い天気。出来ればこのまま晴れやかな気分で過ごしたかったんだけど、そうもいかないらしい。ばっちゃんには色々警告されていたけど、まさか直ぐにこうなるとは思わなかった。
「お待ちしておりました、ティナ様と御一行様。お迎えに上がりましたので、どうぞこちらへ」
ホテルを出た私達三人を出迎えたのは、黒服の一団だった。人数は十人、先頭に居る人は日本外務省の朝霧さんを名乗った。確かに朝霧さんに似てる。
もしかしたら、整形をしたのかもしれない。私が生きていた時代に比べたら、整形技術もかなり進歩してるみたいだからね。
でも、彼等には致命的なミスがあった。確かに朝霧さんに良く似ているけど、それは“出会った当時の姿”だ。
今の朝霧さんは、私のやらかしで大変なことになっている。時間の経過でブ◯リーみたいな髪の毛と白い目は元に戻ったけど、プロレスラーみたいな肉体は変わらない。
何より朝霧さんは私をティナさんと呼ぶし、フェルとも面識がある。それに、ジョンさんと連絡するついでにばっちゃんのことも通信越しではあるけど紹介してる。
「こんにちは、朝霧さん。大使館で待っている筈では?」
私って落ち着きがない自覚があるし、異星人対策室では常識だ。下手に迎えに行くより約束した場所で待った方が確実に会えると周知されているらしい。
迎えに行ったら私が何かに首を突っ込んで行き違いになるなんて良くあることだ。
……うん、反省しよう。
「スペシャルゲストを迎えに行かないなど、その様な非礼は働けませんよ。ささ、こちらへ」
背後ではフェルが警戒してるし、ばっちゃんは楽しげに笑ってる。
……いつか、こんなことが起きるとは思ってたけど。確かにここは東南アジア、しかも大災害直後で混乱してる。少なくとも合衆国に滞在している時に比べれば、事を起こしやすい。
半ば確信してるけど、最後に確認しよう。そう思っていると、ばっちゃんが動いた。
「はじめまして、朝霧さん☆私の事は聞いてるよね?☆」
無邪気に笑いながら他の人に聞こえないよう小声で問い掛けるばっちゃんに対して、朝霧さん(?)は釣られて笑みを浮かべる。
「もちろん、ティナ様の妹様だとか」
朝霧さん(?)も小声で答えた。これで確定だ。
ばっちゃんは対外的には私の妹として紹介したし、狙いがあるのは理解してる。でも、それを別にしてもジョンさんにだけは嘘を吐きたくなかった。
ばっちゃんに話したら笑いながら許してくれた。「ティナちゃんからそこまで信用される地球人に会ってみたい」と言ってくれた。
だから私はジョンさんには真実を伝えてる。偶然居合わせた朝霧さんも知ることになったけど、秘密は守ると約束してくれた。
……知らないんだ。そっか。
「朝霧さん」
「ティナ様、長居しては無用な注目を集めてしまいます。お話の続きは車内で……」
「もう止めませんか?今なら誰も傷つかないし、何もなかったことに出来ますから」
「なにを……」
「私は貴方が朝霧さんとは別人だと分かります。地球人では理解できない技術で見分けることが出来るんです。だから、偽物を用意しても意味はありませんよ?」
敢えて個人的な交流じゃなくて技術のお陰ってことにした。まあ、アードの技術は地球人からすれば理解不能なものばっかりだからね。それなりに説得力はあるし、出来れば引き下がってほしい。
地球人を傷つけたくはない。だって、私達は敵じゃないんだから。
でも、伝わらなかったみたいだ。
「……仕方ありませんな、手荒な真似はしたくなかったのですが」
彼等は徐に銃を取り出して私達へ向けた。フェルの警戒心が跳ね上がったのが背中越しに伝わったし、ばっちゃんは益々笑顔になった。
「止めてください、そんなものを向けても意味はありませんよ」
「そうもいきません、我々も後戻りできないのですよ。さあ、指示に従って頂きたい」
引き下がるつもりはないみたいだ。後ろでフェルが静かに詠唱を始めて、私も武器を取り出そうとした瞬間、たくさんの車両が飛び込んできた。パトカー、軍の車両、更には消防車まで。
各車両から一斉に軍人さんや警察官さん、それに消防士さん達が降りてきて黒服を取り囲んだ。
「手を挙げろ!武器を捨てろ!」
「この野郎!国の恩人達になんて事を!」
「早く武器を捨てろ!蜂の巣にされてぇか!?」
軍人さんや警察官さん達は銃を構えて、消防士さん達は放水の準備をしてる。皆さん見たことがある顔だ。だって、一緒に救助活動に参加した皆さんだから。
黒服の人たちは突然の事態に困惑して、多勢に無勢だと理解したのか慌てて武器を捨ててた。直ぐに周りの皆さんに取り抑えられていたけど。
「ティナ嬢!怪我はないか!」
私達に駆け寄ってきたのは、合衆国救助隊の隊長、ウィリアム=バーグさんだ。
「はい、大丈夫ですよ。ありがとうございます。どうしてここに?」
私はお礼を言いつつ質問した。急にこれだけの人が集まるとは思えないし、ホテルの人が通報したのかな?
それにしては早すぎるような気がしたけど。
「それは、彼のお陰だ。君達に危険が迫っている可能性があるから、手を貸してほしいと依頼されたんだ。君達には大恩がある。迷わず駆けつけたって訳さ」
ウィリアムさんの視線の先では、ジープから颯爽と降りてくる紳士がいた。ピシッとスーツに身を包んだジャッキー=ニシムラ(当たり前だが下着は未着用)さんだ。
「ティナさん!フェル嬢!そして、ニューフェイスのティリス嬢!お怪我はありませんかな!?嫌な予感がして馳せ参じましたぞ!」
嫌な予感って、ニュー◯イプかな?
「へぇ、お兄さんやるじゃん☆ティリスちゃんが誉めてあげちゃうよ!☆」
「それは光栄ですな!いや、貴女との出会いは運命を感じます!今後とも仲良くしたいです!」
「あははっ☆それは本当のお兄さんを見てから決めようかな☆」
早くも仲良くなりそうな様子のばっちゃんとジャッキーさんを横目に。
「はぁ……フェル、怖い思いをさせてごめんね」
「大丈夫ですよ、ティナ。見てください。ティナの頑張りは、決して無駄じゃなかったじゃないですか」
「うん、ありがとう」
こんなにもたくさんの人が駆けつけてくれた。それだけで、心が暖まるよ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!