テラーノベル
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要塞都市の最上層デッキの瓦礫をハンスの作業ドールに片付けさせていた、その時だった。
空から射し込んできた一筋の眩しい光とともに、背中に小ぶりの白い羽を生やした何かが、ふんわりと中庭に着地した。
また宇宙船の不時着か、あるいは勇者陣営の残党の刺客か——そう思って愛用の消音拳銃(サイレンサー)の引き金に指をかけた俺の目に飛び込んできたのは、純白のドレスに身を包み、頭上に光る輪をぷかぷかと浮かべた一人の少女だった。
「つ、ついに着きました……! ここが邪悪なる魔王の巣窟……要塞都市・クロード……!」
少女は胸の前で小さな両手をギュッと握りしめ、意を決したように俺を指さした。
「初めまして、恐ろしい魔王様! 私は天界より遣わされし見習い天使、アザゼルと申します! 一連の魔界の大騒動と、あなたの全銀河を揺るがす恐ろしい配信活動(?)を止めに参りました!」
見習い天使、アザゼル。
天界の使者という大層な肩書の割には、羽は小刻みに震えているし、脚はガクガクと生まれたての小鹿みたいに生まれたての生まれたての生まれたてで揺れている。どこからどう見ても、修練不足の落ちこぼれだ。
「……ハッ。天界の使いが、俺の何の用だ? 撃ち抜かれたくなければさっさと上(天界)へ帰れ」
俺は盛大に本日何度目かわからない欠伸を噛み殺すと、冷ややかな視線で消音拳銃の銃口を軽く向けた。
だが、アザゼルは恐怖に顔をひきつらせながらも、退くどころかぐっと一歩踏み出してきた。
「い、嫌です! 私はあなたに教えに来たんです! 武器を捨て、争いをやめ、世界の『平和の素晴らしさ』を! そして——愛と希望の光である**『アイドルの素晴らしさ』**をッ!!」
「……は?」
俺の思考が一瞬、完全にフリーズした。
平和の素晴らしさは百歩譲って理解できる。だが、なぜそこで唐突に『アイドル』が出てくる?
「いいですか、魔王様! あなたのあのVTuber配信……『魔界皇クロード』のラストライブを天界のモニターで観て、私は確信したのです! あなたには人々を引きつけ、笑顔にし、熱狂させる天性のアイドル適性があります! 暗殺者や魔王なんて悲しいお仕事はやめて、天界と魔界の架け橋となるトップアイドルを目指すべきですッ!」
「……おい、アザゼルと言ったな」
俺は額を押さえ、本日一番深くて不快な溜息を吐き出した。
「俺は暗殺者だ。ドブネズミの裏社会で泥を啜って生きてきた男だ。そんな俺に『歌って踊って笑顔を届けろ』とでも言うつもりか? 正気かお前は」
「正気です! アイドルソングの力は、どんな重圧魔法よりも強く人の心を救うのです! さあクロード様、まずはこの『天界流ふんわり笑顔レッスン』と『ファンサの投げキッス練習』から始めましょう!」
「断る。コンマ01秒でその頭上の光る輪をぶち抜くぞ」
俺が冷酷に銃身を叩くと、アザゼルは「ひゃんっ!?」と悲鳴を上げて縮こまった。
「な、何やってるのよあのバカクロードはーっ! 今度は天使相手に銃向けてるじゃない!」
「ちょっとクロード! 『投げキッス練習』って何よ!? アタシにもやったことないのに!」
「クロードの歌って踊る姿……爆発的に観てみたいかもーっ!」
騒ぎを聞きつけたセリス、エレナ、シャーロットがワラワラと集まってきて勝手に盛り上がり始める。
さらに物陰からはミサキが「天界の見習い天使……いい実験体(交渉材料)になりそうですわね」と怪しい光を瞳に宿して忍び寄り、シエルは黙って「……クロードのアイドル衣装、ちょっと気になる」と呟きながら苦いコーヒーを差し出してきた。
「お前らまで乗っかるな!!」
逃げ場のないカオス。
東西の軍勢、勇者陣営の暗殺者、現代日本の都市セキュリティ、果ては宇宙外生命体——あらゆる脅威をドブネズミの戦術で退けてきた俺だったが、目の前で「さあ、歌いましょう魔王様!」とキラキラした目で迫ってくる見習い天使の天然すぎる暴走には、流言飛語の類よりも頭を悩ませられる羽目になったのだった。
「……アザゼル。もう一度言ってみろ。その頭上の輪っかを撃ち抜く前にだ」
俺は消音拳銃(サイレンサー)の銃口をピタリとアザゼルの額へ突きつけ、氷のように冷たい声で呟いた。
「ひ、ひえぇっ!? 暴力的です魔王様! だから言ってるじゃないですか! アイドルの基本は『弾ける笑顔』と『ファンサ』です! ほら、手でハートを作って『きゅん♡』って……!」
「やるわけねぇだろッ!!」
怒号とともに消音器の先端でアザゼルの額を小突くと、見習い天使は「うぎゃんっ!?」と情けない声を上げて尻餅をついた。
(……チッ。天界の見習いどもは、どいつもこいつも脳のネジが飛んでるのか?)
東西の侵攻、勇者陣営の刺客、現代都市の配信騒動、宇宙人の不時着。これまで幾多の厄介事を冷酷な暗殺術と合理主義で叩き潰してきたが、目の前のこの「悪意が一切ない天然のバカ」ほど、対処に困るものはない。
「……クロード、それ以上やると、天使が泣いちゃう」
シエルが静かに俺の袖を引っ張り、淹れたての苦いコーヒーが入ったタンブラーを差し出してきた。
「シエル、お前も『アイドル衣装が気になる』とか言ってたな? 余計な期待をするな。俺は歌わんし、踊らん」
「……残念。クロードの『きゅん♡』、動画で保存したかった」
「お前まで俺を煽るな!!」
冷めきったコーヒーを喉に流し込む。苦みが胃に染み渡るが、一向に頭の痛みが引く気配はない。
そこへ、セリスが腕を組んでドヤ顔で割り込んできた。
「ちょっとアザゼル! アンタの言いたいことも分かるわよ! あの『魔界皇クロード』のバズりっぷりを見たら、全銀河のトップアイドルを目指させたくなる気持ちはね!」
「でしょ!? セリスさん、分かってくれますか!?」
「でもね! クロードはアタシたちの魔王様なの! 天界のアイドルにするくらいなら、この城の『要塞専属アイドル』としてアタシたちの前だけで歌わせるわよ!」
「発想が同類なんだよバカセリスッ!!」
俺が鋭い一喝を飛ばすと、エレナが全身に紫電を迸らせながら割り込んできた。
「アタシは反対ね! クロードに必要なのは歌じゃなくて、アタシとの特訓(肌の触れ合い)よ! 電気ショックでダンスのキレを良くしてあげるわ!」
「爆発的に弾けるライブ演出なら私の爆縮魔法に任せてーっ! 特効の爆薬ならいくらでもあるわよーっ!」
シャーロットまで両手に爆縮の火花を散らして乗っかってくる。
さらに物陰からミサキがぬっと顔を出し、「天界の偶像(アイドル)ビジネス……魔界の裏資金調達として極めて魅力的ですわね。ハンスにプロデュースを打診してみましょうか」と怪しい笑顔で手帳にペンを走らせていた。
「お前ら……全員まとめて重力地雷原に叩き落とすぞ」
城内の混沌(カオス)はすでに極限に達していた。
外宇宙の技術で強化された第5区画の対物レールガン。アニから押し付けられた全銀河通信端末。そして、要塞の居間に居座り「さあ、まずはボイストレーニングです!」と謎の発声練習を始める見習い天使。
俺は盛大に本日何度目かわからない欠欠伸を噛み殺すと、深々と不快な溜息を吐き出し、愛用の消音拳銃をホルスターへ力任せに叩き込んだ。
「……ハンス。アザゼルを地下の第6区画へ叩き込め。あの部屋の清掃と、宇宙船のガラクタ整理が終わるまでメシ抜きだ」
「ええ~っ!? 天使に雑用だなんてあんまりです~っ! 歌いましょうよ魔王様~っ!」
泣き叫ぶアザゼルをハンスの作業用ドールが首根っこを掴んで地下へと引きずっていく。
静けさが(ほんの少しだけ)戻った執務室。
俺はソファに深く身を沈め、シエルが準備してくれた新しいコーヒーのカップを手にとった。
「……やれやれ」
要塞化して誰の侵入も許さない『鉄の箱』を作ったはずなのに、気づけば人間界の少女、宇宙人、そして天界の落ちこぼれ天使までが勝手に転がり込んでくる我が家。
「……クロード。……やっぱり、退屈しないね」
隣でシエルが、ほんの微かに、満足そうに目を細めた。
「……うるさい。俺はただ、静かにコーヒーを飲みたいだけだ」
俺はいつもの冷徹な表情を作り直し、呆れ混じりの不敵な笑みを浮かべると、冷え切らないうちに苦いコーヒーを一口あおった。
「……おいハンス。この無駄に豪華な『特注防弾タキシード』の請求書はどこへ回せばいい?」
俺は姿見に映る己の姿を冷ややかな目で見下ろし、盛大に本日何度目かわからない欠欠伸を噛み殺した。
要塞都市・クロードの最上層大広間。
かつて俺が「金ピカで無駄だ」と吐き捨て、ハンスの施工ドールと高周波カッターで解体しかけたあの元・謁見の間は、いまや全次元の最新技術と装飾が融合した、文字通り**『全宇宙最大の式場』**へと変貌を遂げていた。
「……ハッ。落ち着くどころか、史上最大のバカ騒ぎじゃねぇか」
俺は愛用の消音拳銃(サイレンサー)のホルダーをタキシードの内ポケットに忍ばせ、冷え切った缶コーヒーの代わりに準備された高級タンブラーを煽った。
一連の騒動——人間界でのVTuber配信バズり、宇宙外生命体ゼゼの不時着と技術提供、そして見習い天使アザゼルの強襲(とアイドル勧誘)。
静かにコーヒーを飲むために築いたはずのこの要塞は、気づけば全次元の注目を集める中枢となっていた。
そして今日。俺とシエルとの『正式な婚姻の儀』が執り行われる。
俺としては、シエルと二人で苦いコーヒーを飲みながら婚姻届(あるいは魔界の契約書)にサインして終わらせる『合理的』な予定だった。
だが——それを世界(というより全宇宙のバカども)が許さなかった。
『【超吉報】あの我らが魔王様(ロード様)がついにご結婚!!』
『お相手はあの「苦いコーヒーを淹れる風の美少女」シエルちゃん!』
『人間界・魔界・天界・外宇宙で全次元同時生中継スタート!!』
アニがノリノリで構築した【全次元超高度魔道通信ネットワーク】のカメラが、式場内に何百台と浮遊している。
すでに配信の同時接続数は『全宇宙の人口の8割』を超え、画面代わりのホログラムディスプレイには億単位の祝いのメッセージと巨大な投げ銭が滝のように流れ落ちていた。
「クロード! 準備はできたかしら!?」
式場の重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、豪華な参列者用のドレスに身を包んだセリス、エレナ、シャーロットの三人だった。
「ちょっと! なんて格好いいのよバカクロード!悔しいけど似合ってるじゃない!」
セリスが氷の結晶をパチパチさせながら、涙目になりつつもドヤ顔で胸を張る。
「アタシたちの電磁障壁で、式場への不審者の侵入は完璧にブロックしておいたわよ! 宇宙人の大艦隊が祝いに駆けつけても平気よ!」
エレナが全身に紫電を迸らせる。
「祝福の祝砲爆縮トラップも、空中でハート型に弾けるように1000発仕込んでおいたからねーっ!」
相変わらず危険すぎるお祝いを用意するシャーロット。
「ふふ、魔王サマ。天界の幹部どもと、人間界の特務機関の重鎮たち、それに銀河連邦の使節団も最前列に着席いたしましたわ」
影からすっと現れたミサキが、手帳を閉じながら妖艶に微笑む。
さらに客席の最前列では、アニが「ロードさーん! 最高に映えてるよーっ!」と配信カメラを回しながら爆爆笑し、アザゼルが「おお、神よ……! これぞ愛! これぞ平和の勝利ですッ!」とボロボロ泣きながら聖歌を歌い、宇宙人のゼゼが「全銀河ニ……幸アレ……」と光を点滅させていた。
「……たく。どいつもこいつも、人の式を何だと思っていやがる」
俺が不快そうに溜息を吐き出した、その時だ。
「……クロード」
背後の扉が静かに開き、風の衣とともに姿を現したその人物に、式場全体——そして全宇宙の配信画面が一瞬で静まり返った。
純白のウエディングドレスを身に纏い、ほんのりと頬を染めたシエル。
いつもの無骨な要塞の装いとは違う、世界で一番美しく、そして誇らしげな俺の相棒。
彼女の首元には、俺が昔、雑に買い与えた小さな風の魔石のペンダントが、変わらず静かに輝いていた。
シエルはゆっくりと歩み寄り、俺の差し出した手の上に、自分の小さな手を重ねた。
「……クロード。式、始まる」
「……ああ。バカどもに囲まれた、うるさい式だがな」
「……ううん。世界で一番、あたたかい」
シエルが微かに唇の端を上げ、誰も見たことがないような、柔らかく美しい微笑みを浮かべた。
その瞬間、コメント欄が『シエルちゃん可愛すぎるぅぅぅ!』『魔王様おめでとう!』『末永くお爆発(幸せ)に!』という全宇宙規模の歓声で埋め尽くされ、シャーロットの祝砲(爆縮)が空高くで綺麗なハート型に弾けた。
俺は消音拳銃の感触を胸に秘めたまま、シエルの手を固く握り返し、カメラの向こうの全宇宙のバカどもに向かって、気怠げに、だが不敵に口角を上げた。
「……おい、画面の前の愚者ども。無駄に騒ぐな。……俺とシエルの邪魔をする奴は、コンマ01秒でこの要塞の地雷原へ叩き落とす」
盛大な悲鳴と爆笑、そして最高潮の祝福の嵐が要塞都市・クロードを包み込む。
静かに苦いコーヒーを飲むための要塞は、ついに全宇宙が羨む『最高の我が家』となり——俺とシエルの、新しい物語がここから始まった。
コメント
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第53話、めっちゃ最高でした…!!😭💕 まさか天使・アザゼル登場からのアイドル勧誘→まさかの結婚式展開になるとは思わなくて、最初から最後まで笑いっぱなし&胸熱でした!特にシエルちゃんのウェディングドレス姿と「世界で一番、あたたかい」のセリフには完全に持ってかれました…!💘 みんなの祝福がカオスすぎるのも含めて、この作品らしさ全開で大好きです!次も楽しみにしてますね〜🌸✨
ルル
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