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「ちょっと」
と隣のテーブルから声が飛んだ。
「何か?」と伯父さん。
「ちょっとちょっと。さっきから聞いてると、区別に過ぎません? 価値観の押し付けじゃありません? 自分だけビール飲んで子供には飲ませないなんて」
子連れのおばさんが、伯父さんに睨みを効かせる。
「でも、ウチのは、飲まないって自分から」と伯父さん。
おばさんのテーブルから子供の声がした。
「ジュースがいい」
おばさんはビールで我慢なさいと言うが、子供は「やーだやーだ」と小さな足をばたつかせる。
「ホラ、やめなさい」
おばさんの声が大きくなる。
「やーだやーだ」
「飲んでるうちにおいしくなるって、言ってるでしょ」
子供はビールの入ったコップを手で払いのけようとする。おばさんがカッとなり、取り上げる。
「あんたにも、平等の権利を使う権利があんのよ」
おばさんは、ドンとコップを子供の前に戻した。子供は大声で泣きだす。静かになさい、というおばさんの声が子供以上に大きくなる。
「押し付けてんのは、果たして私の方かな」と伯父さんは言った。
「何ですって」
おばさんは立ち上がった。マスターが、まあまあといって厨房から出てくる。店内が騒然となる。
「自分だけビール飲んどいて、平等を履き違えるなですって? 大人づらもいい加減になさい」
おばさんは、マスターが両手を広げて阻止する腕の隙間に、顔を出して言う。
「まあまあまあ、お客さん。すいません。この男は天下の変わり者でして」
「そうでしょね、お気の毒なこと」
マスターはおばさんの言うことに、ええおっしゃる通りでして、ごもっともでございます、その通りと思います、全くお客様が正論ですと相槌を入れる。カウンターの客もおばさんの論に時折うなずく。
彼女の子供はもうケロッとして、もやし炒めとご飯をぼろぼろこぼしながら食べている。
伯父さんはビールを黙って飲んでいる。
しかし、肝心のおばさんの機嫌の方は悪くなる一方だった。マスターは伯父さんに、俺ばっかじゃなくて岡本さんも謝りなよと小さな声で言い、それからおばさんに「今日のお代はもちろん頂きませんから、どうか」と頭を下げた。
「そんなこと言ってんじゃないのよ」とおばさん「お代はきちんと払うわ。バカにしないでちょうだい」
マスターは下を向いて、私はどうしたら許して頂けるのでしょうかと言った。
「まだ気付かないの?」
「何をです?」