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おばさんは、マスターを上から下から見回した。
「言葉遣い、気いつけたほうがいいわね」
マスターは顔を上げた。
「そうですよね、ごもっともです」マスターは伯父さんに「俺もいつか言おうと思ってたんだよ、岡本さん」と言い出した。
「まだ分からないのね」おばさんが言う「あんたよ。あんたに言ってんのよ」
マスターは口をパクパクさせた。
「んた、ってまさか」
マスターは親指を、ゆっくり自分自身に向ける。彼女はうなずいた。彼は目玉を天井にあげ、それから床に落とし、それから「あーあーそういうことでしたか」と、こぶしを手のひらに落とした。
「すいま、いえ、あの、私も古い人間なもので……加えて、ちゃんと学校も出てなかったもので」
「言い訳なんか、聞きたかないわ」と、おばさん。そーだそーだと外野の声。
マスターは痰が絡んだのか、喉を数回鳴らした。
「……私共の子供の頃と今は違いますから……でも、やってみます。『なあオバチャン。ごめんよ、ちょっと聞いてくれないか? こいつぁ昔からのウチの常連客で、考え方は今の時流にゃぁ合わねーけども、こう見えてなかなかいいとこもあんだよ。許しちゃくれないか。なあ』」
マスターは、言いながら照れている。しかしおばさんは気をよくしたのか、伯父さんにまで「邪魔してごめんね」と言い残して、自分の席へ戻っていった。
それから店は、何事もなかったかのように、元の静けさに戻っていった。健太は伯父さんに、マルチーズにビスケットを取られたこと、バスの中で出会ったクロスワードパズルの天才のことなどを話した。カウンター席は数度入れ替わり、子連れのおばさんも、いつの間にか姿を消していた。
時計を見ると、針は夜十時をまわっている。健太はコーラ缶を一本あけ、伯父さんは瓶ビールを二本あけた。伯父さんは母に、何度かメールを入れておいてくれたようだ。健太も、帰る時間は僕の権利だと言えば親が黙るのも分かっていた。子供の権利を守る団体や教育委員会がどれだけうるさい存在かは、親達も知らないわけではない。
でも、そんなことを口にしたことはまだ一度もない。健太はまだ、子供でいたい年頃だ。
一人無口になっていたマスターは、カウンター席を雑巾がけしながら「言葉遣いってのは、なかなか抜けないもんでさ。学歴がないってのは、辱だね。こうして普通に話しているときは上手く言えてんだけどね」と語った。