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俺は先生にも構わず、直ぐに階段へ走った。
駆け下りる間に何度も、何度も転びかけては、一心不乱に走った。
それが、重力により前への勢いだからなのか、気が立つからなのかはわからなかった。
一階で、鬼に見つかった者が、昇降口で連なったガラスの壁の前に立ちはだかったせいで、その体当たりに見舞われて、その拍子に、その壁を、一面、鉄の枠ごと破壊せしめてしまったらしい。
血が見えた。
何故だ。
教室で襲われる毎に、 その気配だけは醸出して、でも、教室で襲われた痕跡諸共、何も俺の目には入らなかったのだ。
なのに、このstageの壁が破られ、そこへ外の眩しさが差し込んでいる今が今に限って、月明かりを灯す死の池を俺に見せる。
何故だ。
今更だろう。
腸が捩れるのを感じた。
憤りのそれと同じ捩れである。
但し、憤っているのではなく、今は現実との相違の拗れを実感し、不快感を感じているということなのである。
人が死んだ。そのおかげで、俺達は出られる。
赤池を見つめる二頭身の巨大な肉の塊が、靴箱の端からその半身を晒していた。
停めた足を進めた。
この場から逃れ去ってしまう方法が、ここから自分の足で逃げ去る事なのかは分も厘も知らないが、俺に出来ることはそれしか無かった。
先生の手を引くことはしなかった。
もう先生は、俺の中ではただ後を着いてくるだけのに過ぎなかった。
それが先生かどうかは、まるで重要では無いのだった。
月明かりは夜を輝いていた。
フィルタが替わる様に、目の全体を覆った溢れる光が、所々、キラキラ言っている星の背後から押し迫って、深まり、目に焼き付いた青の褪せを、銀の澄みに翻す。
その変わりように瞳孔が開いたものである。
俺の姿は俺では無くなっていたが、別に俺自体が無くなった訳ではなかった。
顔に異変が起き、腕に異変が起きた時点で、奇遇によりそこまでで終わったことに過ぎず、極めて結果論になるが、守りと、面と。2つ無ければ先生にどちらかをやる事など出来なかったのだし、どちらも鬼に見つからないのだからよかっただろう。
でも、この異変が、予想の着くように時間毎に広がって行っていた物だったなら、腕の次はどうなるか分からなかった。
但し俺のこの狐の顔は、そのままどの部分の表情をも、変えずにただ前を見るだけで居る。
世界が止まっていく中で、最後に不安に胸を掻き立てられた感じがした。
3、4ヶ月ほど前に拵えた、黒と青と白色のハイトップシューズが、慶年小の砂利固めのセメントを蹴る、軽快な音を鳴らす。
その背後は、青色のジーンズの羽織りが、風で靡いて小さく叩く。
久しく見ぬ青年の耳は、頭頂部に面の耳の裏もあるが、初めから何も変わらずにその音を聞き続けている。
あらゆる風のそよぎも、僅かな摩擦の事も、それは確かに捉えた。
今、その耳は、どんな風のそよぎを捉えているのだろうか。
これから、その耳は、どんな僅かな摩擦の事を捉えていくのだろうか。
青年には、思慮の末、皆目検討が付かないのだった。…
その他に、その耳は、一体どれだけ圧が響く振動を聞いた事だっただろうか。