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「あ…」
ビル風に吹かれて、元貴が後ろを振り向く。
知らない女の人。
「風つっよ!」と言いながら流されるままに元貴がまだその女の人を目で追っていたのを僕は見逃さなかった。
帽子を目深にかぶり、マスクをしていても僕にはわかる。
様子が変だと。
r「知ってる人?」
m「何が?」
何がって、明らかにあの女の人見てたでしょうに…。
でも、僕も何だか会ったことがあるような…
今日はせっかく仕事の合間に時間が空いたから2人でデート出来ると思ったのに。
r「やっぱ、スタジオ戻ろうか」
m「はぁ?」
r「若井だけ仕事させとくのも何か…」
m「俺たちは夜までやること無いし、せっかくだから二人になりたいねって昨日から話してたじゃん」
r「でも人も多いし…バレたら困るでしょ」
m「何が?俺たちの関係が?」
r「それもそうだけど…」
m「んじゃ、早く店入ろう!」
スタジオ近くのよく行くバーは昼間から開いている。
「いらっしゃ〜い」
元気なマスターがいつも通り、グラスを磨いている。
「もっくん、涼架ちゃん!なぁに、デート?」
店の中には複数の男性2人組のカップルだけがいる。
ここは会員制のゲイバーだ。
「ちょっと仕事の中休み」
「2人は上手くいってるの?」
ボソッと小声でマスターが言う。
元貴が照れ隠しなのか、引っ掛かっているものがあるのか、あしらうように「まぁ…」とだけ答える。
「それより、美味しい炭酸ちょうだい!甘いの」
いつもの元貴に戻り、子供のように大きな声を出す。
「また甘いのばっかり飲んで太るよ〜?涼架ちゃんは、お酒飲む?」
「あ、まだ仕事残ってるのでウーロン茶お願いします」
「はぁい、ちょっと待っててね」
マスターが行くと
「筋トレしてるて」と元貴が不服そうにごちる。
「だよね…元貴…」
話を続けようとすると、元貴がカウンターのテーブルの下で僕の右手を握ってきた。
「さっきさぁ、スタジオ戻ろうって言ったの…あれ何?」
あ…やっぱり怒ってたんだ…。
目が怖い。
誤解を解いたほうが良いのは分かってる。
僕だって2人きりになりたかったのに、あの女の子の影がまだちらついている。
「いや、ちょっと打ち合わせ出来てなかったところもあったし」
はぐらかされると思うと何も聞けない。
「大丈夫だよ、夜からで」
そうだよね、せっかくの貴重な2人の時間なんだから仲良くしなきゃ…
しなきゃ?
いつの間にか、元貴を不機嫌にさせないよう心を押し殺すクセがついてしまったのだろうか。
だって、元貴がいない世界は考えられない。
嘘の私でも、笑って愛されていられるなら
このままで良い…