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「あっ、旦那さま。こっちの方に誰か来ますよ」
「うん? こんなとこに人が来るわけ……って、残党か?」
野盗どもの根城の上空からで、スティアはよく見つけたものだと感心しつつ、その人影を確認するために森の中に戻った。
彼らを視界に納めると、どうにも野盗とは毛色の違うなりをしている。
しかし、森の中だというのに迷わず根城に向かう人間など、残党に違いないだろうと思った。
けれどやはり、確信が得られるまでは攻撃出来ない。
野盗なら同じ目にあわせてやるつもりだが、もしもということがある。それなのにソウルペインで苦しみを与えるわけにはいかない。
「離れてたんじゃ、残党かどうか分からんな。直接、やつらの会話を聞いてやろうぜ」
今の自分が、実体の無い、人には見えない存在であることを素直に喜んだ。
諜報活動が随分と楽だ。対象の真横に居ても、気付かれるわけがないのだから。
「男二人に女二人か。しかも結構、整った装備だな……」
野盗に女が居ないとも限らないが、それ以上に違和感があるのは、その服装や装備だった。
女の片方は若い金髪で、明らかに神官職というか聖女的な、神聖な雰囲気の服装と錫杖を持っている。
もう片方も若く、そして珍しい銀髪。ひらひらとした露出のある軽装が、全身を包むローブから見え隠れする。
その二人の布地は、どちらも質の良い綿織りのようだ。もしも戦えるのだとしたら、明らかに魔法を使うだろうし、そういう雰囲気というか、この魔物が出る森だというのに余裕を感じる。
男の片方は、明らかに戦士。大柄で、分厚そうな鎧を軽々と着こなしている上に、背中にはかなり幅広な大剣を担いでいる。左腕のアームガードは、盾の代わりだろうか。いずれにしても、この四人の中で一番の猛者だろう。
もう一方は中肉中背。目つきの鋭いのが、一目で分かるほどだ。だが、女二人と同じでまだ若い。ただ……この世界では珍しい黒髪をしている。見事な装飾の片手剣を腰に下げ、身動きのとりやすい胸当てと手足の武具という、こなれた格好をしている。
――どう見ても戦い慣れているな。
野盗にしては強過ぎるくらいに、戦闘に特化した人間に違いない。
「旦那さま。この人達は……野盗とはぜんぜん雰囲気が違いますよ。下種な感じが全くないです」
スティアにそう言われて、ハッとした。確かになと思った。
戦闘特化の残党だろうかと、野盗だという先入観で彼らを見てしまっていた。
「とはいえ、こんな所に迷いなく進んでくるやつらだ。このまま見逃すわけにはいかない。しばらく、こいつらのすぐ後ろで聞き耳を立てるとしようぜ」
「なんだかワクワクします~!」
「ラースウェイト。若い女性の後ろに立ちたいだけじゃないでしょうね」
スティアは無邪気で可愛いが、リグレザは俺をどういう人間だと思ってやがるんだ。
「……なわけねーだろうが」
「おいエルド。集落を見つけたぞ。上手く隠してはいるが、十人規模の集落だ。あの木は見張りに使っている。エルドの言った痕跡を辿って正解だったな。残念、ワシは外したか」
「いや、待てガルヴァード。人の気配が無さ過ぎる……まさか俺達に気付いて放棄したか?」
エルドと呼ばれたのが黒髪の若い男で、ガルヴァードが鎧の大男か。
黒髪と大男は、うっそうとした森の中でも人が通った痕跡を辿れるらしい。
「……ううん、エルド。……違う、みたい。みんな、死んでる」
「ユユ、どういう状況だ」
「魂が……苦しんでる。それも、ものすごく」
聖女風の金髪がユユ。魂が見えるのか?
もしも見えるとしたら、俺達もバレたりするだろうか。いや、真後ろに居る今の時点で気付かれていないなら、大丈夫だろう。
「強い血の匂いはしないが……先客が居たか。俺達以外に、こんな面倒なことをするやつが居るとはな」
「かなり薄いけど、魔力の痕跡があるわ。それも、とても高度に練り上げられた使い方。恐ろしいほどの」
「セレン。お前が言うほどか」
セレンと呼ばれたのが銀髪の女。魔法に長けている、か。
「ええ。私一人じゃ、きっと勝てない。それにもう少し到着が遅かったら、この痕跡さえ綺麗に消えて辿れなかったはずよ。……上から攻撃したはず」
「木に登ったか。ワシには出来ん作戦になるなぁ! ガッハッハ」
「いいえ、もっと上。エルドと同じ、浮遊魔法も使えるのよ」
「俺みたいな変わり者が、他にも居るってのか。相手にはしたくないな」
こいつら……なんか、ヤバイぞ。
それぞれが秀でた能力を持っているようだし、追跡能力も高い。
ともすれば……今ここに居るのも、時間の問題でバレるんじゃないか?
「スティア、リグレザ。こいつらから離れるぞ。とりあえずは上だ」
「はーい」
「分かりました」
森の上に出れば、さすがに気付かれはすまい。
それに、こいつらは野盗を討伐しにきた様子だから、俺が戦う相手ではない。
ならばもう、ここにもこいつらにも、用はないからな。
「さて、リグレザ、次はどこに行けばいい」
「そうですね。魔王城に行きましょうか、北です。でも、それよりももう少し、上に逃げておきませんか? 彼らに見つかるかもしれませんよ」
木々からは出た。そういう半端な高さに居るのが気になるらしい。
「そうか? だが見つかったところで、向こうからは攻撃できないだろう?」
実体が無いのだから。
「いや、魔法ならもしかして、効くのか?」
「いえ……並大抵の魔法では、我々に効果があるとは思えませんが……。彼らの魔力が異様に高い気がして」
「んな、転生者チートじゃあるまいし」
……まてよ?
あり得るのか?
「転生者は、あなただけではありませんよ、ラースウェイト。力を与えられるのはごく一部の人だけですが」
「……まぁ、すぐに移動するんだ。距離的な意味でなら上に行くのも横に行くのも同じことだろ? とにかく離れよう。それで問題ない」
**
「ねぇ……エルド。あそこ……ゴーストがいる、よ。たお……す?」
ユユは、苦しむ魂を浄化しようとして、どうしても出来ないことを不思議に思っていた。
どうしてだろうと辺りを探っていると、セリスが上からの攻撃だったと言ったので、上の方を気にしていたのだった。
それで、ラースウェイト達の居る場所を、特定した。
「ゴーストも居たのか。あぁ、やっとけ」
「わかった……セイント・ファイア」
青き聖なる炎を、目視した座標に現出させて死霊を攻撃する神聖魔法。邪霊には特に、効果が高い。
「やったか?」
「……きかなかった」
「ああ? ゴーストに聖女の攻撃が効かないだと?」
「ほら……あそこ」
聖女ユユは、森の上を指差す。
ラースウェイト達が今まさに、そこに居る。
「いや、ゴースト系は俺には感知でき……いや……なんとなくわかったぞ。あそこにいるままだな?」
「どう……する?」
「――焼き払え、獄炎・スピリットファイア!」
エルドと呼ばれる彼は、霊体にも効果の及ぶ極熱の火炎を放った。
木々を瞬時に炭化させ、目標地点であるラースウェイト達の居る場所までを、その炎で包んだ。
「そのことば……キライ」
「うるさいぞユユ。短気な女のことじゃねぇ。てか、これも効かないだと?」
感じ取った何者かの存在が、ゆらぐことなくそのままであることを感じたエルドは、苦々しく顔を歪めた。
そして、この直後に言った言葉は、地獄から睨みつけるような執念の眼光と共に発せられた。
「……怪しいなぁ」
耳から、脳にまでまとわりつくような、粘着質な声。
「ものすごく怪しいぜ。あれは」
これと言って他の攻撃手段が無いことを理解して、彼は呪うようにつぶやいたのだった。
**
「ぐああああああああ! 青い炎があああああ!」
「ほら、もっと上に行きましょうと言ったのに」
「け、消してくれえええええ!」
「……ラースウェイト。落ち着いてください。効いてないでしょう、それ」
――うん?
本当だ。特に熱さもなければ痛みもない。
「なんだよ。脅かしやがって。てっきり俺にも効く魔法があるのかと思ったぜ」
「たぶんですけど、我々にダメージを与えられる存在は稀ですよ」
という、リグレザの言葉の直後にまた、今度は真っ赤な火炎を浴びせられた。
「うおおおおおおおおお!」
「だから、効かないですってば」
「だ、旦那さまぁ……」
これは……効かないとしても、心臓に悪いな。それも無いんだが。
「おう……大丈夫だスティア。心配してくれてありがとな。にしても、あいつらいきなり攻撃とか、滅茶苦茶好戦的じゃねーか」
「戦いますか?」
「……うーん、そうだなぁ」
おそらくは、邪霊か何かと思い込んで攻撃しただけだろう。
野盗を討伐しにくるような奴らだから、悪人というわけではなさそうなわけで。
それに、二発撃った後は諦めたのか倒したと思ったのか、もう攻撃が飛んでこない。
「リグレザ、あいつらの悪行って分かるか?」
「……あ」
「何だ?」
「あの人たちって、魔王を倒した勇者一行ですよ」
「は? ……他の三人はともかく、リーダーっぽい黒髪はちょっと悪そうだったぞ」
「その彼が勇者ですよ。転生者さんですねぇ」
あれが?
しかし勇者様一行とあっては、やっぱり戦うわけにはいかないだろう。
二発殴られたとはいえ、こっちは無傷で、他に理由もない。
「ちっ。先に調べてもらえば良かったな。なら、こんな攻撃される前に――」
「そう言いますけど、調べるのも面倒だから、頻繁にするのは嫌ですよ?」
こいつ……。
「……とりあえず、北の魔王城とやらに移動するか……」
「そうですね。では、次に行きましょう」
普通の攻撃が効かないからって、扱いがぞんざいだな。
というか攻撃を受けた時、一回目はスティアと一緒に俺を盾にしたし、二回目は射線からスティアを離して一緒によけていたよな?
よくよく思い出してみると、この銀タマゴはそんな動きをしていた。
「なぁ、もしかしてさっき――」
「そうですよ? やっと気付きました? 一応、あなたの実戦経験を兼ねているので?」
「……あ、そ」
まじでこいつ、油断ならん……。
「旦那さま、かわいそう」
「おうおう、スティアは俺の味方してくれるか」
腕に抱きついて胸を押し付けてくるのはどうかと思うが、こういう時は優しくされると、素直に嬉しいな。
「スティア。こういう人は甘やかしちゃ、ダメな男になりますよ」
「えぇ~。でも、わたしなしじゃ生きられないようにもしたいですし~」
「おい……」
どっちも油断ならねぇ。