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第5話 再会の海と、かわらないきみへ

春。

けれどまだ少しだけ、風が冷たいある日――

川崎美浦は、電車に揺られていた。

制服ではなくなった自分。見慣れた町から離れ、日常も少しずつ変わっていく日々。

でも今朝はなぜか、久しぶりに“あの海”に行きたいと思った。

理由は、ないわけじゃなかった。

川井優奈から、久々に届いたメッセージ。

「春になったら、また行こうって言ってたでしょ?」

あのとき指切りした約束。ずっと胸の奥にしまっていた言葉。

でも……それが、今日だなんて、知らなかった。

(急すぎるよ、優奈……)

そう思いながらも、美浦の手には、優奈との思い出が詰まった小さなフォトフレームが握られていた。

春の海を背景に、ふたりが笑っているあの写真。

“いちばんの友達”だった時間を、そっと閉じ込めた宝物。

車窓の向こうに見えてきた、海。

潮の香り。白い波。見覚えのある駅のホーム。

(あのときと、何も変わってない……)

でも、美浦自身は変わった。

少しだけ勇気を出せるようになった。

誰かと話すことが、怖くなくなった。

そして――誰かを想うことも、逃げずに向き合えるようになった。

ホームで深呼吸をして、美浦は海へ向かって歩き出した。

***

砂浜に着いたとき、そこには、もうひとつの姿があった。

風に髪をなびかせて、遠くを見ている、あの後ろ姿。

「……優奈」

呼んだ瞬間、優奈がゆっくりと振り返る。

その顔は、変わらず明るくて、でもどこか大人びていた。

「みう……やっぱり来た」

「そんなの、来るに決まってる。約束したんだから」

ふたりはそのまま、しばらく黙って海を見ていた。

寒くはなかった。波の音が、ふたりの間の沈黙を埋めてくれる。

「……大学、どう?」

優奈が、ぽつりと訊いた。

「うん。最初は緊張したけど……今は、なんとか。

でも、やっぱり思い出すんだよね。あの教室の隅とか、春の旅行とか、卒業式の日とか」

「私もだよ。どこにいても、ふとした瞬間に“みうならどう思うかな”って考えちゃう」

「……そんなの、ずるいよ」

「え?」

「だって……ずっと、そうやって私の中にい続けるくせに、簡単に“友達”って言うんだもん」

優奈は驚いたように目を見開いた。

美浦の胸の奥から、ずっとしまってきた想いが、こぼれ出していた。

「私ね、最初は“友達”で十分だったの。優奈と一緒にいられるなら、それだけでよかった。

でも気づいちゃったの。あなたのことを“特別”って思ってる自分に」

「……みう」

「“一生忘れない思い出”だって思ってたあの旅行も、文化祭の写真も、卒業式も、全部、私にとっては――」

声が震える。

でも、目は逸らさなかった。

「“恋”だったんだと思う」

優奈は、しばらく黙っていた。

海風がふたりの髪をそっと揺らす。

そして、ゆっくりと一歩、ふたりの距離が縮まる。

「……私も、同じだった」

「え……?」

「みうといる時間が、誰よりも落ち着くって気づいたときから、ずっと。

友達のままでいようって決めてたのは、自分だった。

でも……本当は、手をつなぎたかった。みうを見つめたかった。

ちゃんと、“恋”として、好きって言いたかった」

優奈の手が、そっと美浦の手に触れた。

昔のように、ふたりは自然に手をつなぐ。

「じゃあ……」

「うん。今度こそ、友達じゃなくて、ちゃんと、始めよう?」

「……うん」

ふたりは笑った。

涙が少しだけ混じったけれど、それはあたたかくて、やさしい涙だった。

そのとき、空にまた虹がかかった。

まるで、ふたりの再会を祝うように、冬の海にかかったあの虹と同じように。

でも今回は、ちゃんと見上げて、ふたりで笑って言えた。

「ねえ、優奈」

「うん?」

「この景色、また一緒に見よう。来年も、再来年も。……ずっと」

「……うん。ずっと、一緒に」

手をつなぎながら、波打ち際を歩いていくふたり。

今度は、もう迷わない。

友達としても、大切な人としても、もう全部抱きしめて歩いていく。

虹の下でかわした約束は、

あの春の日の思い出に、今日の恋を重ねて――

ふたりの物語を、そっと締めくくっていった。


終わり

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