俺がらっだぁを逃がすことはない。でもあの提案をされて少し心が揺らいだのも事実。この人は確かに、俺が憧れたあの人で、俺が殺さなければならない囚人だ。
きょーさんにもみどりくんにも嫌われただろうな。偉大な人達に嫌われるのはだいぶ堪える…でもあの状況ではああするしかないだろ!
「ぐちつぼ?」
「……ぇ、あ?」
「何ボーッとしてんの?もう配給の時間なんだけど。え、もしかして俺今日飯抜き?」
「え、もうそんな時間!?今取ってくる!」
「?」
昨日の事を考えていたら、いつの間にかお昼になっていたらしい。声をかけられるまで気がつかなかった。コイツを前にして気を抜くなんて…緩みすぎだ、職務怠慢は許されない。
「んー、と…今日のはパンとふかし芋か」
相も変わらず可哀想な品目だ。1度だけ試しに食べてみたことがあるのだが、パンに至っては固すぎて食べられたものじゃない。そもそも味もまずいし。
らっだぁの飯はいいとして、自分の昼食はどうしようか。看守用の食堂にはカレーやうどん、ハンバーグなどのメニューが書かれていた。少し悩んだ末、一番安い唐揚げにすることにした。
「おかえり〜、今日の飯は?」
「いつもと変わんねぇよ、パンと芋」
「…ぐちつぼさ〜、お偉いさんに頼んで囚人用の飯変えてくんない?」
「やだ。俺は唐揚げ食うから」
「はぁ!!?俺がこんなまっずい飯食ってんのにお前は唐揚げ食うの!?ずるいだろ俺にもよこせ!!」
「あげなぁーい、お前には芋がお似合いだよ」
「カス!!!目の前で食ってんじゃねぇよ!!!人の心がないのか!!!!」
鉄格子を掴んで悔しそうにこちらを睨む姿を見ているだけで愉快になる。我ながら性格悪いなとは思いつつ、楽しくてしょうがないのだ。
「てかぐちつぼ、何考えてたん?さっき」
「…別に〜?」
「……きょーさん達になんかされたの?」
「………」
「…俺のこと逃がせとでも言われた?」
先程までの楽しい雰囲気が変わり、射抜くような目でこちらを見てくる青鬼に思わず目を逸らしてしまう。口元はニッコリと弧を描いているのに目の奥が真っ黒でゾッとした。
それも束の間、独房の扉がコンコンとノックされた。まだ口をつけていない唐揚げ弁当を置いて席を立ち扉を開けると、同僚が俺に客だと言ってきた。
「昼飯食う時間あります?」
「いや……相手がな…」
「? 誰っすか?」
会えばわかると言われ応接間に通された。中に入ると、俺は目を見開いて、危うく叫び出しそうになった。よく耐えた俺。
「…レッ、ウクラウドさん…とコンタミさん…?」
「やぁ、そんなに緊張しないでいいよ。そこ座って」
「ごめんね、急に押しかけて。らっだぁに新しい看守が就くって聞いて、話してみようと思ったんだ」
「なるほど…」
昨日はきょーさんみどりくんで、今日はレウさんコンタミさんかよ。何運営むしろ俺のこと好きだろ。とか言ってるとほんとに不敬罪で捕まるからやめておこう。
「話って、俺の話ですか?それともらっ…青鬼の話ですか?」
「…どちらも、かな。らっだぁは元気?」
「まぁ、はい。飯がまずいって騒いでますけど」
「ふふ、らっだぁぽい。そういえば、君みっどぉの所の子だよね、前言ってた」
「問題児って?」
「それも言ってたけど…いや、まぁ俺らが言うことじゃないか」
運営の人達は、ものすごく偉いにも関わらずそんな雰囲気を微塵も出さない。今だって楽しく談笑してしまっている。警戒はしているけれど。
「…君は、らっだぁのことどう思ってる?」
「それは囚人としてですか、それともらっだぁ個人としてですか」
「個人として考えて欲しい」
「……青鬼、そして英雄だと思ってます。あと最近はめんどくさいとも」
「そ、っか。めんどくさいかぁ…ふふ、らっだぁは君のこと信頼してるんだね」
なぜ笑われたのかは分からないが、悪口を言って怒られなかったからまぁ良いだろう。
そしてもうひとつ気づいたことがある。この人たちも先程のらっだぁと同じように、笑っていても目が真っ黒ってことだ。この目をする人間は大抵俺に害を及ぼす。だからと言って俺にできることなんて何ひとつないが。
「レウクラウドさんとコンタミさんは」
「レウでいいよ、長いでしょ」
「俺もコンちゃんでいいよ〜」
「…レウさんとコン…さんは、青鬼を逃がそうとお思いですか?」
目の前の紺色がわざとらしく目を見開いたあと、妖しげに笑う。緋色は頑張って取り繕おうとしていたが、隣の彼のせいで全部無駄だと悟ったのかため息をついた。
「報告します青鬼の…っ!!!」
腰につけていた無線機を急いで取って声を荒らげたが、すぐさまみぞおちにレウさんの拳がくい込み、意識が遠のく。ダメだ、このままオチる…!!
願いも虚しく俺の意識はそのまま沈んで行った。
ぐちつぼが去った後の部屋は酷く静かだ。あいつ声でかすぎだしな。俺の呼吸音と布のこすれる音しか聞こえない。オマケに暗くて視界も悪いと来た。常人は1週間もすれば狂うであろう環境でも、戦時中はここよりもずっと暗くて恐ろしい場所にいたのだ。元より狂ってる俺は狂うはずもない。
…ぐちつぼに構いすぎている自覚はある。囚人と看守なんて、仲良くおしゃべりをする間柄じゃないのに、アイツの反応が、話が面白くて、ついつい話しかけてしまう。何も無かったこの場所に現れた娯楽。仕方ないと言えば仕方ないよな?
それに、アイツは俺に似てる。まだ何も知らずにひたすら夢を追っかけてた俺に。眼がキラキラしてて、穢れた俺には眩しすぎる。多分みどりも俺に似てると思ったからぐちつぼのこと気にかけてたんじゃないかな。違かったらクソ恥ずいけど。
そんなことを思いながら、一人笑いをこぼした。次の瞬間、割と近めの場所からとてつもない破壊音が鳴る。驚いて音の鳴った方へ顔を向けると、よく見知った顔が、いや少し老けたかな?昔、毎日のように見ていた顔があった。
「迎えに来たぜ、らっだぁ」
「…おいよ…?」