赤桃 持ち前のえげつないシチュ
「あー、それ、ゲイってやつ?」
友人の放った一言により、教室の全ての視線がこちらに渦巻いた。
賑やかな昼休みも一変し、物珍しいものを、なんとも言えない表情で伺うクラスメイトらと極力視線を合わせぬよう、友人に笑を零した。
「はぁ〜?そんなわけないじゃん」
「だよな、悪い悪い」
再度購買の焼きそばパンを貪る友人を他所に、席を立ち問いかける。
「喉乾いたから購買行くけど、なんかいる?」
「んー、大丈夫」
おっけー、なんて吐きながら、教室を後にした。
拭えない気持ち悪さと不快感に嫌気がさして、風通しもクソもない、一通りのほとんどない階段裏に身を寄せる。
全て察してしまった。せざるを得なかった。
クラスメイトらの瞳は、嫌悪の対象を見る瞳であった。俺はただ珍しいものではなく、差別対象になってしまった。
現代を生きる若者たちだ、一昔前のいじめのように、ホモだとか何だとかで、露骨に危害を加えられる訳ではないだろう。
俺は 多様性 という言葉に生かされ、殺されたんだと自覚した。
ポケットにしまわれたスマホを手に取り、固定された相手に電話を掛ける。
3コールもしないうちに、耳元に当てられた機械から、大好きな声が耳を包む。
『もしもし?ないくん?』
「急にごめん、りうら」
「いいよいいよ、そうだ、今日帰りに寄りたいところが…」
「りうら、別れよう」
『……は?』
「今までありがと」
『待って、ないくん』
「じゃあ切るね」
『待って!!!』
制御するりうらの声を聞かぬフリして、ボタンを力強く押した。
脳裏にこびり付くりうらの声に涙腺が緩む。
俺がゲイだとバレた今、繋がりを辿れば、りうらと恋仲だと言うことが世にバレてしまう。
そんなこと、絶対にさせない。そう決意し、教室へと足を運んだ。
「ないこー、何買ってきたー?」
「あー、実はさ、もう飲めるもの全部売り切れちゃってて」
「ちぇ、1口もらおうと思ってたのに」
「じゃあ最初から着いて来いって」
そう笑を零すと、それを合図かのようにチャイムが鳴り響いた。
やっば、そう呟いて、音をバタバタと立てながら席に座った。
その後の授業内容は全くと言っていいほどに入ってこなかった。ゲイだとバレてしまったことか、それともりうらと別れたことか。それは自分にも理解することは出来なかった。
帰りのHRを終え、重いバッグを抱え一直線に帰ろうと廊下に出た。その時だった。
「っうお!!?」
物凄い力に腕を引かれ、体制が崩れる寸前に、身体を受け止められた。誰かと視線を向けると、ガタイの良く柄も悪い3年生らが俺を見下ろし、不敵に口角を上げていた。
「えっと…、どうしました……?」
「ちょっとツラ貸してよ、内藤くん」
そう放った先輩に腕を引かれ、校舎の奥へと連れ込まれた。
「い゛っ…!?」
ガンッと鈍い音を立てながら、積み重ねられた机や椅子の山に投げられる。
角に直撃し、猛烈な痛みが肩を襲う。
痛みのあまり、肩を押さえながらうずくまって居ると、頭を肩を捕まれ面を上げられる。
「内藤ってさぁ、ゲイなんだろ?」
「…っち、違います……」
「嘘つけよ、3年まで出回ってんぞ?」
「まぁ俺ら、ソッチにも興味あんだよね」
その言葉に全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つ感覚がした。
悟ってしまった。俺は今からこの男らに襲われるんだと。
「どーせこのケツでいろんな男抱いてきたんだろ?俺らくらいいじゃんか」
ゲラゲラと笑う先輩らを前にして、全てに絶望した。
偏差値の低い荒れた高校ではあったが、ここまで荒れていたのか。そして、この高校に入ってしまった過去の自分を恨めいた。
ブラウスの中に大きな手が滑り込んで、少しでも抵抗すべく声を発する。
「っ…やめてくださ」
恐怖で溢れそうになる涙を零すべくか、それとも恐怖でか、思いっきし目をつぶっていると、廊下の方から、教師らと、りうらの叫ぶ声が微かに耳に届いた。
それは先輩らも同様なようで、気づけば扉の向こうにいた教師らとガッツリ視線が合っていた。そして、そこにはりうらの姿もあった。
「りうら…っ」
「おいおい…やばいって、生活指導いるって…」
なんて吐いて逃げの体制に入る先輩らをすかさず捕まえた先生ら。ふざけるなと暴れる彼らを生活指導の先生が一喝し、連行されていく後ろ姿を見届けた。
「内藤っ、大丈夫か、怖かったろ…」
「今日は一先ず帰ろう、親御さんに迎えに来てもらうよう電話するから、職員室行こう、な?」
「ありがとう…ございます……」
先生に手を貸してもらう最中、りうらの行方を問いかけた。
「大神……、さっきまでいたはずなんだけどな、内藤が危ないって呼びに来たのも大神なんたぞ」
「あとでお礼言っとけよ、じゃ、先に職員室行けるか?」
「はい…、ありがとうございます…」
急ぎ足で先輩らの方に向かっていく先生を他所に、教室を重たい足で抜け出した。横を向いたとき、澄み渡る赤色の瞳と視線が合った。
「ないくん…っ」
「りう…」
りうらの名前を呼ぼうにも、途中で喉につっかえて出てこなかった。
そうだ、先程りうらを振ったばかりで、今更彼女面なんてできるわけがない。りうらが教師らを呼んできてくれたのも、りうらの正義感溢れる性格のおかげだろう。
忘れろ、礼を言うだけでいいんだ。
「…ありがとう、じゃあ……」
伸ばされた手を避けるように、礼を吐き捨てりうらの隣を通り過ぎた。
ないくん、その声で、その愛おしい声で俺の名を呼びかけて留まった声が耳を包む。
今振り返ったら、また迷ってしまうから、震える足を無理矢理にでも動かした。
りうらを振ってから1週間。
最初こそは接触を図ってきたが、3日4日も経てばそんな事は無くなっていて、りうらはもう新しい恋に進もうとしているのだろうと思い立った。その反面、俺は心の奥底でりうらを引きずり続けていて、俺ら2人のためだと言い聞かせようとも、どこか心にぽっかり穴が空いた感覚がしている。
「よーし、号令〜」
号令の合図でハッと我に返る。起立、礼、着席、淡々と号令を済まし、4時間目の化学が終わる。
「ないこ〜、昼飯食べんぞ〜」
いつものメンツに呼ばれ、笑を零しながらはーい、と返事した途端、廊下から聞き覚えのある声がした。
「ないちゃーん!久々にみんなで弁当食べよ〜」
振り返ると、見慣れた白髪の、1年生のクソ生意気な後輩が視界に入る。
「初兎ちゃんじゃん、いいよ、ちょっとまってて」
弁当箱を持ち、イツメンらに今日は無理だと断りを入れ、初兎ちゃんの元に足早に駆けた。
「おまたせ、行こっか」
「今日な、こっそり顧問が屋上解放してくれるらしいんよ、だからみんなでどうや思って」
いいじゃん、なんて零しながら談笑を交わし、屋上までの階段を登っていると、突然初兎ちゃんが声を上げた。
「まって、僕購買に飲みもん買いに行くんやった!先行ってて!!」
「まじ?おっけ、早めにね」
駆け下りていく初兎ちゃんを見届け、既に開いていた屋上のドアノブに手をかけ、手首を回す。
1歩踏み出すと、涼しい風邪が身体に当たり、初めての屋上という経験に胸を躍らせた。
「あれ、まだ誰もいないじゃん」
なんて呟いて、一足先に開けた場所に腰を下ろす。辺りを見渡すと、住宅街の家が一面に敷き詰められていて、街の端にある小さめな山までもが遠目で伺えた。
暇つぶしにと自宅を探していると、屋上の出入口のドアがゆっくりと開いた。
初兎ちゃんかな、なんて考えながら、視線をやる。
「っえ……」
そこに居たのは、少し驚いた表情を浮かべたりうらだった。
(そうだよな…、みんなってことはりうらもいるよな……)
気まず過ぎだろ、なんて思いながら固まっていると、りうらはこちらにズケズケと足を運んできた。
「え、ちょ……」
さほど無かった距離をあっという間に縮めきり、気づけば目の前に立っていたりうらと嫌々視線が会う。
「りう」
名前を呼びかけた途端、りうらに腕を掴まれた。
「今日だけは、絶対逃がさない」
真っ直ぐな突き刺すような瞳に見つめられ、いつもの優しい声ではなく、真剣なワントーン低い声に体が強ばった。
「何言って…」
シラを切ろうと強硬策に出たものの、突然一気に顔を近づけて来たりうらのせいで、無意識に瞼を閉じた。
「まって、いま、ごか」
キスされる時のクセが抜けて居なく、瞬時に出てしまったクセに全身が震え上がった。
「ないくんはさ、本当にりうらがきらいになったの?」
「……っだったら…なに…」
「嘘。嘘ついてるときの顔だ」
「りうらのこと、まだ好きなんでしょ」
「そんなわけ……っ」
ガン攻めされているせいで、質問に答え否定することに精一杯だった最中、りうらが悲しそうに声を上げた。
「ねぇないくん…聞いたよ、まろとアニキから……」
ギク、なんて効果音が鳴ってしまいそうなほどに顔が強ばり、肩が跳ねてしまった。
「ゲイだってバレたんでしょ。ないくんのことだからどうせ、りうらを守りたいから、とかなんとか言って別れたんでしょ…」
次第に潤って、赤い目の目尻に雫が溜まっていくのが伺える。
「りうら……泣いて…」
「ないくん…っ、俺は!!」
「ずっとずっとないくんが好き!!絶対離れたくない、離したくない…!!」
「たとえ不幸になっても、ないくんを…不幸すらも一緒に愛したい…!!」
潤う視界と、数年ぶりにこぼした涙。
気付けば、りうらに力強く口付けしていた。少し驚いたように固まるも、りうらは俺の後頭部を支え、力強く返してくる。
「…っないくん、返事、教えて」
話された口から発せられた大好きな声が、一段と魅力的に耳を包む。
その優しく微笑んだりうらに向かって、
「っいいに決まってんだろ…バカ……っ」
そう吐き捨て、飛び込むように抱きついた。
「え、何してん、みんな」
そう問いかけると、揃いも揃って口の前に人差し指を立て、ジェスチャーする3人。
「今良いとこなんよ…!見てみぃ…!!」
そっとドアの隙間から顔を覗かせると、抱き合ったりうちゃんの姿とないちゃんの後ろ姿が。
「ふ、復縁したん…!?」
「そうなんだよ…!!おめでたすぎる…!」
「これって2人のままにしといた方がええんか……??」
「いいに決まっとるやろ、鍵閉めとこうや…」
ドアノブの少し上に着いた鍵を思いっきり回して閉めるまろちゃんに、ぷっと笑いが溢れた。
ドアの向こう側で、驚いたような、焦ったような声が聞こえたが、聞かぬふりをし、4人で階段を降りていった。
そのおかげで、顧問から2人を復縁させた賞賛と、2人を締め出した事への説教として、2時間居残りを食らったのはまた別の話。
コメント
2件
はあああああ今回も最高でした😭😭赤桃っていう𝖼𝗉絡まず良いですね👍🏻🎀ああなんというか言葉に表せないほど、良かったですㅠ ̫ㅠ♡
やっ…あの…性癖にどストライクすぎて…😇😇 ほんとに好きすぎますッッッ🥹🥹💓