黄昏にて『血塗られた戦旗』の部隊と交戦状態に入ったという知らせは、直ぐ様十五番街で活動する破壊工作部隊や情報部に伝えられた。
加えて、シャーリィより作戦継続を指示されたため彼らは状況を気にしながらも職務を遂行すべく行動を行っていた。
『血塗られた戦旗』に対する破壊工作は順調に行われていたが、聖奈による反撃により更に四人の死者を出して状況は思わしくなかった。
情報部は現地協力者以外はラメルが鍛え上げた諜報活動のプロフェッショナルであり、容易に替えが効く人材では無いのである。
もちろんレイミ達も護衛に精を出して工作部隊に同行しているが、全ての情報部員を護るには限度があった。
「これ以上被害が増えるのは何とか避けたい。今後を考えりゃ、今から頭が痛いぜ」
十六番街にある『黄昏商会』支店で報告を聞いたラメルは頭を抱えていた。既に抗争が開始されて貴重な情報部員が十名犠牲となったのである。
情報部設立に合わせて大幅な増員が行われ、これまでのノウハウを活かした教本の作成とそれに伴う教育を行っているが人員の増加はゆっくりとしか進んでいないのが現状なのだ。
「此方としては工作も順調なんだけど、情報がないと意味がないのよねぇ」
マナミアも脚を組んで椅子に座り、事態にため息を吐いた。幸い今現在工作部隊に被害は出ていないが、それも時間の問題であり、人員不足は情報部より深刻なのだ。
なにせ、今現在の隊員はマナミアに付き従って『暁』に合流した二十名だけなのである。
予備の隊員は今まさに黄昏にて教育を受けている最中であった。
頭を悩ませる二人と違い、現地で活動に勤しむ者達の士気は高かった。
「レイミお嬢様、これは一体……?」
早朝、まだ陽が登らぬ時間。『血塗られた戦旗』の倉庫の一つを強襲した工作部隊は、妨害を受けること無く任務を達成する。
護衛として同行していたエーリカは、倉庫の中身を見て同じく同行していたレイミに問い掛ける。
「全く、無節操な商売は止めるように警告しないといけませんね」
積み上げられた銃器には『ライデン社』のロゴが記されており、これらの武器は『ライデン社』から購入されたことを物語っていた。
『暁』は事前に『血塗られた戦旗』と抗争を行う旨を『ライデン社』に通達。協定に基づき『血塗られた戦旗』への武器提供を止めるように要請を出していた。
「これは協定違反です!」
「『ライデン社』が軽率な真似をするとは思えませんが、彼は営業にあまり関心がありませんからね。前回同様、末端の独断でしょう。全く、少しは経営に注力して貰いたいものです」
ライデン会長は『暁』から提供される石油を用いて、これまで構想しか出来なかった技術開発に夢中となっており、経営面は社内の役員達に丸投げしている。
その結果、資金調達を名目に対価を支払うならば誰にでも武器を販売する無節操な経営を行い資金を集めていた。
それが同時に様々な勢力に睨まれることになると理解せずに。
「『ライデン社』の問題は後程考えるとして、倉庫の規模に比して物資の数が少ないのが気になりますね」
「物資が少ないのでしょうか?レイミお嬢様」
広い倉庫内は空きスペースが多く、明らかに集積されている物資が規模と釣り合わないのだ。
「或いは、襲撃を警戒して物資を分散している可能性があります。そうなれば厄介ですね。攻撃目標が増えるだけでなく、与えられるダメージも少なくなる。なにより……」
倉庫にある銃器は僅かで、大半は旧式のマスケット銃ばかりであり、明らかに『血塗られた戦旗』にとっても旧式の装備ばかりであった。
まさか、誘導されている?
ふとそんな考えが脳裏を過ったレイミ。
「レイミお嬢様?」
「いいえ……何でもないわ。早く爆破して行きましょう。長居は無用」
エーリカの言葉に悪い予感を振り払ったレイミは、任務の遂行を優先。その日も『血塗られた戦旗』の倉庫を一つ破壊することに成功する。だが、レイミの予感は正しかった。
「エサに食い付いたな。まだだぞ、聖奈。ちゃんとメインディッシュに食い付くまで我慢してくれ」
「分かってるよ、ジェームズ。ちゃんと惹き付けてよね?」
「任せろ。うちは脳筋ばっかりだからな。獲物を誘い出すって考えが無ぇ」
聖奈が『暁』諜報員らしき人物を次々と始末して『暁』の諜報能力が低下していると判断したジェームズは、巧妙に罠を張り巡らせた。
リューガを説得して不要な装備を受け取ったジェームズは、それらを各地の倉庫に分散。その位置情報を密かに流して、そしてそれに『暁』が食い付いた。
多数のベテランを失った情報部は、流された情報をそのまま工作部隊に伝達していた。そしてこれらは現場の判断によるもので、ラメルは知らず、そしてラメルが裏付けしたであろうと判断したマナミアは工作部隊を動かした。
多忙を極める二人が落ち着いて情報共有を行えない現状を突かれた形となり、工作部隊は罠にかかり、聖奈が待ち受ける本命へと誘い出されつつあった。
その日の夕方、暑い日差しが陰り幾分涼しくなった十五番街の隠れ家でレイミは姉の安否を確認すべく水晶で連絡を取る。
直ぐに応答したシャーリィは元気そうであり、被害を防ぐことは出来なかったが襲撃してきた傭兵団を殲滅する大勝利を得たことを伝えられた。
「おめでとうございます、お姉さま。ご無事で何よりでした」
『私は後ろで見ていただけですからね、怪我もしていません。現在は負傷者の手当てと後始末に追われています。派手にやってくれましたからね』
何処か不満そうな姉に苦笑いしつつ、戦いの推移を訊いたレイミにシャーリィは簡潔に要点のみをまとめて伝えた。
「やはり銃の普及で対策案も出始めましたか」
『優れた兵器は直ぐに対策される。レイミの言う通りですね』
「はい、お姉さま。今回は戦車隊の活躍で事なきを得ましたが、何れは戦車に対抗する兵器も出現します」
レイミの脳裏には対戦車砲、果てはバズーカ等が過る。
『無敵の兵器など存在しないと言うことですね』
「残念ですが、それが兵器の歴史です。対策され、それに対する対策が行われる。シーソーゲーム、或いは東方の言葉でいたちごっことも言います」
姉に兵器の歩む道を伝えながら、『ライデン社』に対戦車砲などの対戦車兵器の開発を当分行わないように釘を刺す必要を感じたレイミ。
『悩ましいことです。お金は幾らあっても足りませんね』
「投資し続けるしかありません。ただ、手段はあります。近々ライデン会長と接触しようと考えています。その際に可能な限り釘を刺すつもりです。許可を頂けませんか?」
『許可します。貴女がライデン会長と親しいことは承知していますからね。わざわざ私の許可を得なくても大丈夫ですよ?』
「私の行動をお姉さまに把握していただく方が、お姉さまも安心できるのでは?」
『良い妹を持ててお姉ちゃんは幸せ者です。レイミ、無理をしないように』
「もちろんです。ところでお姉さま」
『何ですか?』
不安を振り払うように姉と時間が許す限り他愛の無い言葉を交わすレイミ。姉妹の夜はこうして更けていった。
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