第9話:「すれ違い」
文化祭も近づき、準備はますます忙しくなっていた。私は相変わらず小道具作りに没頭していたが、最近、少し変わったことがあった。クラスメイトの男子、翔太が頻繁に話しかけてくるようになったのだ。翔太はどこか優しげで、誰にでも気さくに話すタイプの男子で、私も最初は自然に会話を交わしていた。斗真とは正反対。この人は超優しいもんねー。
「えりちゃん、これ手伝おうか?」翔太が軽い調子で声をかけてきた。彼の爽やかな笑顔に、えりは少し驚いたが、すぐに笑顔で返す。
「ありがとう、でも大丈夫よ。自分でできるから。」
「本当に?じゃあ、何かあったら言ってね。」翔太は優しく微笑みながら言った。
その後も翔太は、えりにしばしば話しかけるようになった。小道具作りや文化祭の準備を通して、自然に二人の距離は縮まっていった。しかし、私は翔太が自分に対して特別な感情を抱いているとは気づいていなかった。
一方、斗真はそんなえりの様子に少しずつ苛立ちを感じるようになっていた。翔太が頻繁に話しかけ、えりがそれに応じる姿を見て、心の中で何かがざわつく。
「なんだよ…あいつ。」俺は机に向かいながら、翔太のことを考えていた。えりが翔太と楽しそうに話しているのを見るたびに、心の中に湧き上がる不安と嫉妬が抑えられない。前はそんなコトなかった、なかった…はず。
ある日の昼休み、また翔太がえりのところにやってきた。
「えりちゃん、今度の週末、映画でも見に行かない?莉々華とかモッチーとかも来るよ」翔太は突然、軽く誘ってきた。
えりは少し考えた後、笑顔で答える。「ええ、いいわよ。何の映画?」
「ホラー映画だよ。怖いの苦手かもしれないけど、友達一緒に見れば大丈夫だろ?」
「ホラーかぁ…まあ、試してみるわ。」
そのやり取りを、偶然通りかかった斗真が見てしまった。その瞬間、心の中に何とも言えない嫌悪感が広がった。あ。
昼休みが終わり、教室で席に戻った俺は、意識的にえりと目を合わせないようにした。えりと目が合ったらなんて言われるか。考えただけでも怖い。あえて話しかけることもなく、いつもよりも冷たい態度を取ってしまった。えりはそんな斗真の変化に気づき、戸惑いを感じていたが、何も言わずにそのまま過ごした。いや、気づいてるなら声かければいいのに。
その日から、斗真は徐々にえりから距離を置くようになった。いつものようにちょっとしたことで言い合いをしていたのが、急に言葉を交わさなくなった。えりは一体どうしたのか理解不能。だがそんなこともあるだろうと何も言わずに黙っていた。
数日後、放課後、斗真の兄である悠真が学校に迎えに来ると、思いがけずえりと顔を合わせた。えりはその時、少しだけぎこちない笑顔を浮かべながら挨拶した。
「お疲れ様、えりさん。」悠真は優しく笑って言うと、私にちょっとした手振りで別れを告げた。
「お疲れ様、悠真さん。」えりは軽く手を振った。
その時、悠真はふと斗真の様子に気づいた。斗真は何も言わずに黙って立っており、その顔はどこか険しい表情を浮かべていた。
「おい、斗真。」悠真は弟の斗真に声をかけた。「どうした?何か悩んでることでもあるのか?」
わー。そんな時もさりげなく声掛けできるなんて。兄弟、似てないなぁ。
やば!?そろそろ遅刻!?私は全力ダッシュで家へと向かった。
斗真は少し躊躇しながら答える。「別に…なんでもない。」
「斗真、えりさんと何かあったのか?」悠真の言葉に、斗真は驚き、すぐに顔をそむけた。
「えり?別に…何も。」斗真は不自然に答えたが、兄の悠真の鋭い視線には勝てなかった。
「ふーん。」悠真は微笑みながらも、弟の変化に気づいていた。彼の目は確実にえりに対して、何か特別な感情を抱いていることを見抜いていた。
「お前、えりとなんかあったよな?」悠真は軽く言ってから、続けた。「兄の俺にも教えてくれないってことはえりさん絡みかと」
斗真は顔を赤くして、さらに顔を背けた。「うるせぇよ!」
悠真は笑いながら肩を叩く。「あ。当たりだ。へー?ふーん?そーなんだ?」
斗真は言葉を返せず、ただ黙って下を向いた。
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