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「美咲、落ち着いたか?」
「……うん」
遥の部屋から連れ出された美咲は、廉の運転する車に乗せられ、二人の家へと向かっていた。
全てが、誤解だった。
廉と静香は、恋人ではなかった。
それなのに確認もせず、逃げ出した。
勝手にいなくなって連絡も絶って、遥の家に引きこもって……、私、なにやってんだろう。
別れを選んだあの時から、私は何も変わっていない。逃げ出した臆病者のまま。
三年前も美咲の誤解から全てが始まった。
静香と廉が恋人同士と誤解して、静香が纏っていた廉と同じ香りに惑わされて、別れを選んでしまった。
あの時、廉と話し合っていたら何かが変わったのだろうか。
あの時、廉と向き合い、自分の気持ちをぶつけていれば、二人の仲はこんなにも拗れなかったのだろうか。
仕掛けたのは静香さんでも、廉と話し合わず別れを選んだのは私。全ての原因は、私にある。
「廉、ごめんなさい」
「お互いに、誤解していたな。俺も酷いことをたくさんして来た。静香と恋人同士と誤解していると気づいていたら、もっと早く二人で話し合っていたら、後悔しても遅いけど、こんなにこじれなかった」
前を見据え運転する廉の横顔は変わらないが、言葉の端々ににじみ出る後悔の念が、美咲の心をキュッと痛ませる。
「美咲を囲ってからの俺の行動は、クズ男そのものに映ったよな。美咲が俺にぶつけた言葉をもっと真剣に受け止め、冷静に話していたら美咲をこんなにも苦しめることはなかった。本当に、すまない」
あふれる涙を止めることなんて、出来なかった。
廉だけが悪いわけではない。腹を割って話しをしなかった二人ともに罪がある。
パタパタと落ちる涙が服に染みをつくっていく。
涙の後は、消えない罪の証。
足に置いた手を強く握り、肩を震わせ泣く美咲の頭を、廉が優しくなでる。
「美咲、家に帰って話そう。過去も未来も、お互いに思っていること、全部話して二人で考えよう。これ以上、誤解が生まれないように」
沈黙に支配された車内に美咲の嗚咽が響く。
それは、背負った罪の大きさへの後悔を示す涙に他ならなかった。
♢
目の前には、湯気が立つコーヒーカップ。いつだって美咲が落ち込んでいるとき、不安に思っているとき、廉が入れてくれるのはホットミルクだった。
美咲は、過去から変わらない廉の優しさに『今』気づき、苦笑をもらす。
廉は昔からなにも変わっていない。
そんな優しさにも気づけないほど、自分の心は三年前からずっと『疑心』に囚われていた。
「美咲、話せそう?」
目の前の椅子に座った廉が遠慮がちに問いかける。
コーヒーカップを手に持ち口をつければ、ホットミルクの優しい香りが鼻腔をぬけ、甘みが口いっぱいに広がった。
そう、この味。
三年前と同じ……
砂糖二杯に、あったかいミルク。
懐かしい味に、背中を押され美咲は覚悟を決める。全ての誤解の原因、美咲は三年前の別れから話を始めた。
静香が突然、目の前に現れ廉と別れるように言われたこと。
知らない女の纏う廉の香りに、彼女が廉の本命だと勘違いしたこと。
美咲との付き合いは同情からで、いつか捨てられるならと、自ら別れを選んだこと。
廉に会うのが辛くて、怖くて、音信不通になり逃げ出したこと。
三年ぶりに会った廉に抱きしめられた時、香った廉の香りに、静香と廉がまだ恋人同士なのだと、思い込んだこと。
静香と二人でバイト先に現れ仲睦まじい姿を見て、自分は廉にとって復讐を果たすためだけの性のはけ口で、自尊心を取り戻すためだけのオモチャなのだと思ったこと。
そして、廉と気持ちが通じた後も、幸せを壊したくなくて静香との関係を聞けなかったこと。
その結果、廉の車の中で静香と誰かがキスをしているところを見て、廉に裏切られたと思い込み、逃げ出してしまったこと。
美咲は、辛く悲しかった思いを包み隠さず全て、吐き出した。
「美咲、本当にすまなかった。今さら謝っても許してもらえないほど、美咲を傷つけてしまった。独りよがりにもほどがあるな。自己中心的で、美咲の気持ちを無視して、無理矢理身体の関係を結ぼうとした。しかも、バイト先に静香を連れて行くなんて最低だよな。美咲が手元にいる安心感から、一番大切な相手を思い遣る気持ちを忘れてしまった」
後悔をにじませた声が、美咲の心に突き刺さる。
廉もまた、自分の行いを後悔しているのだろう。
「こんな男、幻滅されても仕方がない。でも、美咲は俺を好きでいてくれた。今でも、俺のことを好きでいてくれるのか?」
一瞬こちらへと向けられた廉の瞳が、不安気に揺れる。
今でも、廉がたまらなく好き。
一生、廉以外の人を好きになることはないだろう。
でも、伝えなくちゃいけない。
「好きよ。廉のことがたまらなく好き。一生、廉以外の人を好きになることはないと思う」
「……美咲」
心の底から湧きでたような廉の笑顔に、美咲の胸がズキリと痛み、罪悪感でいっぱいになる。
でも、ここで幸せに手を伸ばせば、きっと後悔することになる。
覚悟を決めた美咲は、目に涙をいっぱいため言葉を紡ぐ。
「――だから、一緒にいられない。たとえ、今までの廉の行為を許せたとしても、今の弱い私では、きっと同じことを繰り返してしまう。あなたの隣に素敵な女性が現れる度に、嫉妬して、疑って、めちゃくちゃにしたくなってしまう。自分に、自信がないの……、今の私じゃ、廉の側にいられない」
廉と別れた三年前から、私は何も変わっていない。あの頃と同じ……
自分に自信がなく、静香から廉を奪う勇気もなく、逃げ出した意気地なしのまま。廉が迎えに来てくれるのを、ただ待つだけの子供のままなのだ。
今のままじゃ、廉の隣に立てない。
「待っていて、なんて言えない。でも、これだけは言わせて欲しい。これからもずっと、廉だけを愛している」
泣き崩れた美咲を、廉がかき抱く。
廉の力強い腕の中、美咲は嗚咽をもらし泣き続ける。あきらめにも似た想いを抱き、泣き続ける美咲へと信じられない言葉が降り注いだ。
「いつまでだって、待つ。美咲が俺を愛してくれているのなら、何年だって、何十年だって待つ。これから先、俺は美咲以外の誰かを好きになることはない。いつまでも、美咲だけを愛している」
熱い唇が重なり、深く深く交わる。
失われた三年間を埋めるかのように重なり合う唇は、深く、激しく混じり合う。
「廉、最後のお願いをきいて。私を抱いて……」
熱く、切ない夜がふけていく。
二人の最後の夜がふけていく。
コメント
1件
うわあ、やっと話し合えた……! でも美咲の「一緒にいられない」って決断、すごく切なくて胸が締め付けられたよ。自分に自信がないからこそ、廉の隣に立てないって言える強さが逆に美咲の成長を感じさせた。廉の「待つ」って言葉も、ただの甘やかしじゃなくて彼なりの誠実さが出てて良かった。最後の抱擁、切ないけど美咲が自分と向き合う覚悟を決めた大事な一歩だよね。この先どう変わるかすごく気になる!