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しかし、スイカが生首に見えたとか。
蓮太郎と屋敷に戻りながら唯由は思い出し笑いをする。
おじいちゃんがそんな凄腕だったら、ボデイガードいらないけど。
この人でも怖いものとかあるんだな、
と思いながら、屋敷の前に出たとき、祖母の車が庭先に着いた。
「唯由、お帰り」
議員の奥さんになったら、頭を上げて歩けないからやだ、というのを祖父が口説き落として結婚したという祖母、梢は今でも綺麗だ。
今日も落ち着いた色合いの着物を粋に着こなしている。
まあ、議員の奥さんって、常に頭下げて歩かないとあの嫁は生意気だとか言われちゃうもんな。
……とか言いながら、この祖母がペコペコしながら街を歩いているのを見たことはないのだが。
ともかく行動力のある人で、じっとしてないし。
お母さんはおばあちゃん似なんだな、と唯由は思っていた。
「いらっしゃい。
雪村さん、ゆっくりしてってね。
おじいさんにスイカたっぷり食べさせられたんでしょう。
昼食は遅くしましょうね」
雅代さん、これ、運ぶの手伝って、と車のトランクを開けながら梢は言う。
蓮太郎は慌てて挨拶をし、一緒に荷物を運ぶのを手伝っていた。
地元商店街で買ったものと、通りすがりにもらった野菜のようだ。
蓮太郎が小声で言ってくる。
「まだ名乗ってなかったのに。
どんな情報網だ。
そして、スイカたっぷり食わされたことまで、何故知っている」
預言者か、と言う。
「いや、おじいちゃん、いつもそうだからですよ。
そして、おばあちゃん付き合い広い人だから、おばあちゃんの情報網に引っかからないことはないですよ」
一緒に運びながら唯由が言うと、蓮太郎は青ざめた。
「もしや、お前を愛人にしていることもバレているのか」
いや、バレているのかって。
そもそも、私を愛人にしていますので、よろしくって挨拶に来たんですよね~とは思ったが。
あの祖父に、この祖母。
命が惜しいのか蓮太郎は、愛人な話題には触れずに、せっせと荷物を運んでいた。
荷物を運んで暇になったので、唯由は蓮太郎をうさぎのところに連れていった。
庭の小屋で飼っているのだ。
うさぎたちは、なにかをはむはむ食べていたり。
突っ立って、ぼんやり思索に耽っていたりする。
愛らしいその仕草を見ながら、唯由は言った。
「うさぎが立ってるのって、警戒してるか、エサちょうだいって言ってるかだって説がありますよ」
「警戒って。
誰を警戒してるんだ?」
「……雪村さんですかね?」
「ほんとうに警戒してるのか?
お前並みに、ぼんやりしてるぞ、このうさぎ」
などと言い合っているうちにお昼ご飯の時間になった。
「俺はなにをしに来たんだろうな。
久しぶりの休日を満喫してるだけ、みたいになってるが……」
最初こそ、クワで命を狙われたものの(?)、そのあとがまったりしすぎて、蓮太郎は完全に目的を見失っているようだった。
「あんたがお友だちを連れてくるって言うから、張り切って買い出ししてきたのよ」
と梢が言う。
二間続きの広い和室には大きなテーブルが二つ繋げて置いてあり。
何処から湧いて来たのかというくらい人がわらわら出て来て、席に着く。
蓮太郎は早速ビールを注がれ、
「あ、どうも」
と頭を下げながら、唯由に視線を向けた。
このおじさん、誰だっ?
と顔に書いてあったが、唯由も知らないので、苦笑いして誤魔化す。
この屋敷では、ご飯どきになると、何処からともなく人が湧いてくるのだ。
屋敷の手伝いや地元の議員事務所の人たちだろうが。
普段はこっちにいないので、よく見る家政婦さんたち以外、唯由にもよくわからない。
「雪村蓮太郎と申します」
「あんた、唯由さんの結婚相手かね」
「……会社の友人で。
お注ぎしましょう」
しばらくすると、蓮太郎はまた別のおじさんにビールを注がれていた。
「雪村蓮太郎と申します」
「あんた、唯由さんの結婚相手かね」
「会社の友人です。
お注ぎしましょう」
昼食の間、その会話は繰り返されたので。
最初は本意に反する『会社の友人』という言葉を嫌そうに言っていた蓮太郎だったが、そのうち、機械的に言うようになっていた。
「唯由さんの会社の友人の雪村蓮太郎です。
よろしくお願いいたします。
お注ぎいたしましょう」
どんどんスムーズになってきたな。
ここに来た本来の目的を見失っているようだが……と思いながら、唯由はヒレカツを口にする。
揚げたてアツアツのヒレカツに祖母特製の甘辛ダレ。
最高だ。
だが、張り切って買い出ししてきた、という祖母の料理は、
ヒレカツ
ロースカツ
豚汁
酢豚
豚まん
豚大虐殺だった。
豚になにが起こった……と思ってしまったが、単になにかの付き合いで買ってきただけのようだった。
そういうことは、この家ではよくある。
「唯由さんの会社の友人の雪村蓮太郎です。
よろしくお願いいたします。
お注ぎいたしましょう」
蓮太郎の挨拶が遠く離れた位置から聞こえてくる。
移動しながら注いで歩いているようだった。
人付き合いとか得意でなさそうなのにな、と思ったが。
苦手だからこそ、早く終わらせようとベルトコンベア式に回っているのかもしれないと思った。
ハウスから事務所に移動して仕事をしていたらしい祖父がスーツ姿で戻ってきた。
「蓮太郎くん、食べているかね」
いや、忙しくて食べられないみたいですよ……。
「遠慮せずやりなさい。
みんな、唯由とお付き合いしている雪村蓮太郎くんだ」
いろんな意味でですが……。
「雪村真伸さんのひ孫だそうだ。
よろしく頼む」
なにをよろしく頼まれたんだ、と青ざめながらも、後ろからなにかに撃たれたくない蓮太郎はビール瓶を手にしたまま、
「よろしくお願いいたします」
と頭を下げていた。
「俺はなにをよろしくされているんだろうな」
「自らよろしく頼んでましたよ」
食事のあと、そんな会話をしながら、またうさぎを眺めていた。
二人とも、何処か隅の方にしゃがみ込みたい気分だったからだ。
なにをしに来たのか、よくわからない……と落ち込む二人を梢が母家の方から呼んだ。
「唯由~、ちょっと来なさい。
蓮太郎くんもー」