テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
𝓗𝓪𝓶𝓾
809
#アイドル
ゲスト
26
「……そうか、あの彼はアメリカに行ったのか」
「うん……」と、小さく頷く。彼の部屋でソファーに座り、こないだあったことを包み隠さずに話していた。
「あの時、駅じゃできなかった話も、最後にちゃんとできたから……」
急なことで伝えるのが後からになったにも関わらず、「そうか、よかったな……」と受け入れてくれて、頭を撫でてくれる彼の手の温かさに、
また、「うん……」と首を縦に頷いた。
「……俺のことも、何か言ってたか?」
「……少し、言ってた……『俺が譲ったことにしておいてもいいか』って」
「ああ……」と、鷹騰社長がため息ともつかない返事をして、「それは、肝に銘じておかないとだな」そう続けると、手にしていたグラスからワインをごくりと飲んだ。
「俺たちの付き合いは、いろいろな人間の関わり合いの上にあったっていうことは、忘れないでいたいよな」
“いろいろな人間”という彼の言葉に、一瞬麗華さんのことが思い出された。彼女とは、どんな話をしていて、どう決着をしたんだろうと感じていると、目の前のガラスのローテーブルに置いてあった彼の携帯が、不意に振動をした──。
その画面にちらりと『霧嶋 麗華』と、名前が表示されているのが見えた。
彼がグラスから持ち替えたスマホを手に立ち上がり、ソファーから離れて電話に出る。
彼女にはこれからも仕事面ではサポートしてもらうと前に言っていたから、きっとビジネス関係の話なんだろうと思う。
だけど、本当の彼女の気持ちまでは、はかり知れないこともあって、胸がざわついてしまうのは隠せなかった。
電話を終えた彼が、「悪い、この後の予定が入った」と、私の方を振り返った。
「じゃあ、帰るね……」と、応じる。麗華さんが訪れるのかを尋ねたかったけれど、それを聞いてどうなるんだろうとも思った。
来ることをはっきりと告げられても、もしも誤魔化されたとしても、どちらでもよけいに気持ちは落ち着かなくなる気がした。
「また、俺から連絡する」
玄関まで送ってくれた彼へ、「うん、待ってるね」と、なるべく自然に返して、部屋を出た……。
エレベーターを待って一階へ降りると、エントランスの中へ歩いて来た彼女──霧嶋 麗華さんと鉢合わせた。
「あっ……」と声に出して、エレベーターのドアが開いたところで思わず足を止める。
彼女の方も、「あっ……」と、一瞬びっくりしたように声を上げて、
それから「……社長の部屋から、帰るところ?」と、尋ねてきた。
ドキドキと収まらない胸騒ぎに、「はい……」と、うつむいて返す。
「そう、ちょっと社長に急ぎの用があったから」
言いながら彼女が小走りでエレベーターに乗り込むのを、ぼんやりと見つめた。
急ぎの用って、何があるんだろう……。仕事の話だよね?
そう自分に問いかけてみるけれど、たった今閉まったばかりのエレベーターのドアの前から、足は縫い留められたかのように動かなかった。
一つずつ上がって行く階数表示を見上げながら、もしもまた関係が戻ってしまうなんてことはないんだろうかと考えていた。
彼に限ってそんなことはないはずとは思うけれど、なんの確信も持てないまま、私はひとり、いつまでもエレベーターの前に立ちすくんでいた……。
コメント
1件
うわ、このエピソードめっちゃ心臓に悪い展開だわ……。麗華さんと鉢合わせた瞬間の「あっ」がダブルで来るの、ゾワっとした。主人公のモヤモヤがすごく伝わってきて、「彼に限ってそんなことはないはず」って自分に言い聞かせるけど確信が持てない感じ、めちゃくちゃリアル……。エレベーターの前で立ちすくむラスト、余韻が刺さる。続きが気になりすぎる🔥