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ホームルーム。
担任が教室に入ってくる。
「進路希望、今日が締め切りな」
クラスの空気が少しだけ張りつめる。
「まだのやつは、昼休みにでも持ってこい」
美咲はカバンの中の紙を、そっと触った。
(出せるかな)
少しだけ緊張する。
でも――
(これは、自分で書いたやつだし)
逃げる理由は、もうなかった。
———
昼休み。
職員室の前で、一度足が止まる。
扉の向こうは、“現実”って感じがする場所。
深呼吸。
(小さい“こっちがいいかも”)
そう思って、ノックをした。
「失礼します」
担任が顔を上げる。
「お、美咲。持ってきたか?」
「はい」
紙を差し出す手は、少しだけ震えていた。
担任はざっと目を通す。
その視線が、“音楽に関わる仕事”の文字で止まった。
「……ほう」
一瞬、間が空く。
(やっぱり、変かな)
心臓が強く鳴る。
でも次の言葉は、予想と少し違った。
「いいんじゃないか」
「え…?」
思わず顔を上げる。
担任は椅子に背を預けながら続けた。
「ちゃんと“自分で考えた感じ”がする」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
「ただし」
少しだけ表情が引き締まる。
「“関わる”って広いからな。もう少し具体的にしていこう」
「……はい」
「時間あるとき、話そう。情報も出してやる」
思っていたよりもずっと、“前に進む話”だった。
「ありがとうございます」
自然に頭が下がる。
紙は、もう自分の手の中にはない。
でも――
(ちゃんと、出した)
それだけで、少しだけ誇らしかった。
———
放課後。
美咲は昨日検索したライブハウスのページを、もう一度開いていた。
いくつか気になる募集。
その中の一つを、じっと見る。
(応募…してみる?)
怖い。
でも、昨日ほどじゃない。
むしろ。
(やってみたい)
その気持ちが、ちゃんとある。
スマホを握りしめる。
指が、“応募する”のボタンの上で止まる。
ほんの数秒。
でも、その数秒がやけに長く感じる。
そして――
「……よし」
タップした。
画面が切り替わる。
応募フォーム。
名前、学校、連絡先。
一つずつ入力していく。
最後の送信ボタン。
心臓がまたうるさくなる。
(これも、“あとから正解になるやつ”)
そう思って――押した。
送信完了。
一気に力が抜けて、椅子にもたれかかる。
「……やった」
小さくつぶやく。
まだ何も始まってない。
受かるかもわからない。
でも。
“やったこと”は、確かに残る。
イヤホンを耳に入れる。
音が流れる。
昨日と同じ曲。
でも、感じ方はまた少し違う。
(次、どうなるんだろ)
不安もある。
でも、それ以上に――少し楽しみだった。
窓の外では、夕焼けが広がり始めている。
48
あの日と似ている景色。
でも、同じじゃない。
美咲は立ち上がる。
ゆっくりと、でも確かに前へ。
音は、まだ鳴り続けている。
そしてその音は――
もう、“どこかから聞こえるもの”じゃなかった。
ちゃんと、自分の中からも鳴り始めていた。