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聴力検査や視力検査、体力測定なんかをかなり手加減して終えた後、暫く建物内で待って合格通知を受け取った俺は建物を出た。免許は明日貰えるらしい。住所を伝えれば配達もしてくれるらしいが、家は無いので断った。
「……何の用だ?」
振り返ると、さっきの少年が居た。異常なまでの魔素を保有し、純粋な闇の魔力を扱える妙な人物。それが、建物を出たところで待っていた。
「試験官との模擬戦闘、最後の貴方の動きは俺に迫るくらいの速さでした」
そうか。
「気のせいだな。お前の方が速い」
俺は言い切り、横を通り抜けようとしたが、阻まれる。
「ビビってるんですか?」
「あぁ、良く分かったな」
俺はまた横を通り抜けようとするが、阻まれる。
「……逃げないで下さい。俺は、貴方の正体が気になってます」
知らねえよ。いや、本当に知るか。
「だから、何だ? 俺は早く帰りたいんだが」
帰る家は無いんだがな。
「貴方の正体を教えてくれれば……俺の正体も教えますよ」
興味ねえよ。
「興味ねえよ」
「……良いでしょう。先ず、俺の力の正体を話しましょう。それで、俺のことを信用してくれたら貴方のことも教えてください」
こいつ、無敵か?
「俺の名前は黒岬《くろさき》 通也《つうや》。二年前、俺が高校一年生の時……俺は異界化に巻き込まれ、発生したダンジョンに呑み込まれました」
「異界化、そういうのもあるのか」
名前から察するに、異界接触現象により一部の空間が異界そのものと化してしまうのだろう。多分、そんな感じだ。
「当時の俺はそこがダンジョンであるということすら分からないままその暗い闇の底のような場所をずっと彷徨いました。時間の感覚も分からなくて、数日だったような、数カ月だったような、不安定な日々を過ごしました。異界化の影響か、餓死したりすることは無かったですけど、一筋の光もない空間。出口なんてどこにもなく、頭がおかしくなるかと思いました。でも、希望はありました。ただひたすらに歩き続けていたお陰で……ダンジョンコアを見つけたんです」
なるほど、コアの発生場所に居たから一瞬でコアを発見できたのか。異界化に巻き込まれたのは不運だが、それはラッキーだな。
「そして、その場所に出口があるとは思えなかった俺は……迷わず、そのコアを破壊しました」
「マジか」
思わず声が出た。しかし、それで納得がいった。
「それで、お前はくじを当てたって訳か」
「……えぇ。俺は死にませんでした。そして、コアの魔素全てを吸収し、そのダンジョンの性質であった闇の異能を得ました」
ダンジョンコアは破壊すると、高確率で死ぬ。一般人が破壊なんてしたらもうほぼ確実に死ぬ。何故なら、コアに蓄えられた魔素は生物のそれとは違って尋常ではない量で、しかもコアは破壊されると破壊しようとした者の肉体を新たなコアに変化させようと肉体に干渉してくる。
結果、殆どの場合は吸収しきれずに死ぬ。そして、コアはその死体を利用して新たにコアを形成するのだ。
だが、死なない場合もある。膨大な魔素を受け入れられる器のあるものか、コアと波長が合い、コアの魔素に肉体が適応したもの。どちらも稀だが、実例は確かにある。
「だが、闇の異能を得たというのは分からない」
「何がです?」
コアの魔素を取り込むというのは分かるが、ダンジョンの性質であった闇の異能が謎だ。コアに波長はあっても性質というのは無いはずだ。
「何が分からないのか分からないですけど、コアにはその場所の異界の性質が反映されることが多いです。例えば光の性質を持つ異界なら、そこにあるダンジョンも光の性質を持つとか」
なるほど、異界接触現象によって生み出されたダンジョンだからそういう事象が発生してるのか。
「なので、俺は闇の異能を手にすることが出来ました」
「闇の異能か。異能者というのは魔法使い……つまり、空気中の魔力を自在に操れる者のことじゃないのか?」
「いや、えぇと、まぁそれも異能者ですけど。半分以上の異能者はそういう力を持ちますけど、残りは違いますよ」
魔法使いでない異能者がいる?
「例えば、俺みたいに無尽蔵に闇の魔力を生み出し操れる異能や、自由に瞬間移動できる異能、体を刃に出来る異能とか、そういうのです」
「それは、魔力が介在しない異能も存在するってことか?」
「え? はい。術理の無い超自然的な力は全て異能ですから。超能力とか」
なるほどな。確かに、魔法使いは術理もクソも無い意味不明な奴らだ。言ってしまえば、空気中の魔力を直接操れる異能ということになるのだろう。それで、一括りに異能者とされている訳だな。
「だが、魔力の介在しない異能か……」
つまり、固有魔術とはまた違う訳だ。魔術にはその本人しか使えない固有魔術というものが存在する。魔術士というのは基本的に全ての魔術を自分用に最適化して使うものだが、固有魔術はどれだけ工夫しようともその本人にしか使えないもので、それを持っているかどうかで魔術士としての格が変わる。
「しかし、妙だな」
俺が異世界に召喚されたのが原因だとすれば俺の世界と混ざっているものだと思っていたが、異能なんてものは俺の世界になかった。つまり、この世界は俺の居た世界ともまた違う世界とも混ざっていることになる。そもそも、俺の居た世界と混ざっているかすら分からなくなってきた。
「という訳で、それが俺の力の理由です。茨城で発生したあの異界はかなり大きな規模です。あのダンジョンもかなりの規模だったと思います。だから、俺の力は……少なくとも、この日本では最強でしょうね」
考え込む俺を無視して、通也は話を締めた。
「そうか。良かったな」
話は終わったらしいので去ろうとするが、肩を掴まれる。
「今度はそっちの番ですよ。まさか、俺にだけ話させて自分は……ってことは無いですよね?」
滅茶苦茶圧をかけてくるが、知らん。
「そのまさかだ。俺は帰るぞ」
何度も帰ると言わせないで欲しい。悲しい気持ちになるからな。
「……じゃあ、話さなくても良いですけど。代わりに良いですかね?」
「……何だ」
まだ聞いていないが、絶対に俺は断るんだろうという予感がする。
「さっきの建物、自由に使える模擬戦闘用の部屋があるらしいんですよ。なんで……そこで、俺と戦って下さい」
「絶対に嫌だ」
寧ろ、なんで断られないと思ったんだこいつ。
「……嫌、ですか」
少年は僅かに俯き、手を真っ直ぐ横に突き出した。
「だったら」
突き出された手の先から、闇がジワリと広がる。まるでこの世界に一滴だけ黒が落ちたように、空間に闇が広がっていく。
「ここで、俺と戦ってもらいます」
ぬらり、広がる闇に呑まれていた手を引き戻すと、その手には漆黒の刀が握られていた。刀身から柄まで全てが真っ黒だった。
「……正気か?」
「当たり前だ。言っとくけど、逃がしはしない」
どさくさに紛れてため口になりやがったこいつ。
「そうか。悪いが……」
こいつに俺の力を見せることすら憚られるが、さっさと転移で逃げるのが良いな。街中での戦闘は流石に避けたい。
「じゃあな」
「ッ、待てッ!!」
一瞬で俺の目の前まで迫る通也、振り下ろされる漆黒の刀、それは俺の体に触れる寸前で自動発動した魔術に弾かれた。
「なッ!?」
刀が宙を舞うと同時に、俺は視界の端に映るビルの屋上に転移した。