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「……ん、ここは……?」
ゆっくりと目を開けると、ぼやけて見えるのはいつもとは違う真っ白な天井だった。どうして私はこんなところに?ゆっくりと何があったのかを思い出そうとすると……
「香津美! やっと気が付いたのか?」
すぐに私の顔を覗き込むようにして、聖壱さんが声をかけてきた。ああ、そうだったわ。私はあの時、事件のすべてが終わったと思いそのまま気を失って……
「聖壱さん、狭山常務たちは?」
「もうみんな警察だ、これから俺達も事情聴取されたりすることになるだろうが……香津美は大丈夫か?」
聖壱さんは私や月菜さんの精神的な負担を心配しているのでしょうね。けれどそれも覚悟のうえで貴方達に協力したんだから。
「私は聖壱さんが思っているより丈夫なんだから、そんな心配いらないわよ。それより月菜さんは……?」
「いくら香津美が丈夫で強くても、俺は心配するし守りたい気持ちは変わらない。夫が妻を大切にしたくて何が悪い。柚瑠木と月菜さんは隣の部屋にいるが……まだ月菜さんは目覚めていないようだ」
そんな当たり前のように言われると、どうしていいのか分からなくなる。
こんな可愛くない女を守りたいなんて言う男性は今までいなかったから。聖壱さんのように私を一人の女性として大切にしてくれる男性なんて他にはいない。
「月菜さんは柚瑠木さんからすべてを聞いて、これからどうするのかしら……?」
何も知らないまま、事件に巻き込まれた月菜さん。彼女が自分は囮になるための結婚相手だったと知って、柚瑠木さんを今までと同じように信頼できるとも思えない。
「柚瑠木からはまだ月菜さんが目覚めたという連絡はないが、今夜は彼らも隣の部屋を取っている」
「二人はこの隣の部屋……じゃあ、ここは……?」
確かにここは聖壱さんと二人で暮らすレジデンスの部屋ではない。私は初めて見る部屋だった。
「ああ、二人とも気を失ったからな。俺と柚瑠木はこのホテルの部屋を取ったんだ」
「……そう、だったの。運ぶの大変だったでしょう、迷惑かけたわね」
私は月菜さんのように小柄でもか弱くもない。女性としては背が高い方だし、ここまで運ぶのは楽じゃないはず。なのに聖壱さんは……
「俺のために倒れるまで頑張ってくれた妻を迷惑だと思う夫はいないだろ。それにあの時の香津美の言葉も、かなり嬉しかったしな」
「あの時……?」
いったいどの時の言葉なの? 私はなにか聖壱さんを喜ばせるようなことを言ったのかしら?
気を失う前は、狭山常務への怒りの所為もあり、感情的になっていたのでよく思い出せない。
「……香津美は皆の前で俺の事を『私の大切な夫』って言ってくれただろ? あれは、マジで嬉しかった」
聖壱さんの言葉で自分の言葉を思い出して、顔が熱くなる。そうだわ、私は確かに聖壱さんのことをそう言ったの! でも、その時の気持ちに嘘なんてなかった。あの時の言葉は間違いなく私の本心で……
「なあ、香津美……もう一回言って欲しいって思うのは欲張りだと思うか?」
布団の上に重ねたままになっている私の両手に、聖壱さんは自分の手のひらを重ねてそんな事を強請ってくるの。
……狡いんじゃないの、大人の男がそんな甘えたような言い方をするのは。ちょっとだけ可愛いなんて思ったじゃない。
「ば、馬鹿な事を……! 私は普段誰かにあんな事言ったりしないんだから、一回だけで満足しなさいよ!」
何だか聖壱さんに弱みでも握られたような気がして、こんな恥ずかしい思いをするのならあんな事言うんじゃなかったわ。
「そんな高飛車な態度も、香津美の場合は照れ隠しだと分かるから可愛いとしか思えないんだけれどな」
ニヤニヤと余裕の表情を浮かべて私を見ている聖壱さん、こんな意地悪な人……もう知らない!
「勝手に言ってなさいよ! 私はお風呂に入らせてもらうわ!」
そう言って私は一人で浴室へ。今日起こったいろいろな出来事を、熱いお湯を浴びて全部洗い流したい気分だったの。シャワーを浴びて丁寧に髪や体を洗えば、身も心もすっきりしたような気がするわね。
しっかりと髪を乾かして、聖壱さんの所に戻ろうとすると何か話し声が聞こえたような気がして……
「そうか、柚瑠木。でも月菜さんは……」
月菜さん? もしかして隣の部屋にいる月菜さんも目が覚めたのかしら?
「ねえ、聖壱さん……月菜さんは?」
聖壱さんの傍まで寄ってから、通話の邪魔にならないように小さく声をかけてみる。だって月菜さんの様子は私も気になるんだもの。
「ああ、月菜さんはさっき気が付いたらしい。」
それだけを私に伝えると聖壱さんはまた柚瑠木さんとの通話に戻る。もう少し月菜さんの状態とかも知りたかったのだけれど……
「それで……ああ、きちんと二人で……しっかり話し合わないと後悔するのはお前の方だぞ、柚瑠木。じゃあ、また落ち着いたら連絡しろ」
柚瑠木さんが後悔するって……きっと月菜さんの事よね?
月菜さんがどれだけ柚瑠木さんのことだけを考えているのか、少しだけでも柚瑠木さんに伝わるといいのだけれど。
「二人は大丈夫……なのかしら?」
「これ以上は二人だけの問題だからな。俺達は二人がこれからどう生きていくのかを見守る事しか出来ない」
聖壱さんの言う通りで、私達が月菜さんと柚瑠木さんの問題に口を出すことは出来ない。それでも私は月菜さんの事を応援したいと思うの、柚瑠木さんのためにあんなに一生懸命だったもの。
「そうよね、頭ではちゃんと分かってはいるんだけれど……」
「あの二人はきちんと話し合う必要がある、時間はかかるかもしれないがきっと大丈夫だ」
聖壱さんの力強い言葉を聞いていると、彼を信じていれば大丈夫な気がしてくるのよ。本当に不思議な人だわ。
「それよりも、俺は香津美にきちんと聞いておきたいことがある。香津美は俺との契約結婚を……これから先も続けるつもりなのか?」