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アル .
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うわあ……第44話、すごかったです。冒頭の「誰」の一言で空気が一変する感じ、ゾクゾクしました。首を絞めながらも「♡♡♡ないって思ってる?」と問う滉斗と、「僕がいなきゃ生きていけないでしょ」と返す涼架の、お互いを深く知り尽くした狂気の応酬がたまらなかったです。最後の「もう満足?」の涼架の笑顔、あれがもう全てを物語ってますね。壊れてるのに、これ以上ないくらい愛し合ってる。その歪な形が、逆に美しくて切なかったです。
深夜二時。
さっき行ったコンビニの白い袋が、床に落ちたままだった。
滉斗は、キッチンにもたれたまま煙草を咥えている。
灰の先が、暗闇の中で赤く静かに爆ぜていた。
その視線の先には、ソファに座る涼架。
スマホを見ていた。
ただ、それだけ。
それだけなのに。
「……誰」
低い声が落ちる。
涼架は顔を上げた。
「え?」
「今、笑ったよね?」
「動画見てただけだってぇ」
「男?」
「ただの配信者」
滉斗の眉がぴくりと動く。
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
涼架はそれを知っている。
滉斗が静かな時ほど危ないことも。
声を荒げるより先に、その瞳から一切の体温が消え去ることも。
なのに、逃げようとはしない。
むしろ、背筋が粟立つような甘い予感に震えていた。
「見せて」
「若井」
「見せろって言ってんだけど」
涼架は少しだけ困ったように、けれど挑発するように笑った。
その笑い方が、俺の脳の芯をさらに苛立たせる。
余裕ぶってるみたいで。
自分だけが底なしの沼で狂っているみたいで。
俺は詰め寄り、涼架の手首を容赦なく掴んだ。みしり、と骨が軋む音がする。
細い。
力を込めれば、簡単に折れてしまいそうだ。
「最近お前、俺以外を見る時間増えたよな」
「増えてない」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ証明して」
滉斗の声は静かだった。
静かすぎて、逆に心臓を直接掴まれているように怖い。
滉斗はじっと涼架を見る。
涼架の目は綺麗だった。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、俺への執着だけで濁りきっていて、だから余計に壊したくなる。
俺は昔からそうだった。
好きなものほど、傷つけてでも自分だけのものだって確かめたくなる。
誰にも触れられないように。
誰にも見つからないように。
いっそ、この手で完全に機能停止させてしまいたくなる。
「……ねぇ滉斗」
涼架が小さく呼ぶ。
俺の下の名前を。
二人きりの時だけの、世界で一番甘い呪文。
それだけで、滉斗の薄氷のような理性が派手にひび割れた。
「そんな顔しないで」
「どんな顔」
「僕を殺しそうな顔」
滉斗は笑った。
渇いた、獣のような笑いだった。
勢いよく涼架をソファへ押し倒し、その細い首筋に大きな手をかける。
容赦なく、全体重を乗せて指を食い込ませた。
「お前さ」
喉を圧迫され、涼架の顔が苦痛に歪む。酸素を求めてひくつく唇。
滉斗はもう片方の手で、まだ熱い煙草の火を、涼架の剥き出しの鎖骨へと容赦なく押し付けた。
ジュ、と皮膚の焼ける微かな音と、鋭い痛みが涼架の脳を貫く。
「俺がお前を殺せないって思ってる?」
冗談みたいな口調。
でも目だけは、獲物を引き裂く時のように爛々と輝いている。
僕は、その絶望的なまでに狂った目が、たまらなく好きだった。
僕以外を映していない目。
世界の全部をドブに捨ててもいいって顔。
涼架は喉を鳴らし、掠れた声で、それでも愛おしそうに囁いた。
「……ひ…ろとは…ぼく…のこと…ころ…さ…ない…よ」
「なんでわかんの」
頸動脈を圧迫され、意識が遠のきかける視界の中で、涼架は確信していた。
「だっ…て…ぼく…が…いなくなっ…たら…ひろ…いきて…いけな…い…でしょ…」
その言葉に、首を絞める滉斗の指先がピタリと止まる。
図星だった。
俺は涼架がいない朝を知らない。
涼架の体温がない部屋を知らない。
涼架が他人に笑いかける未来なんて、考えるだけで内臓をぶちまけそうになる。
「お前もだろ」
滉斗は、自らの敗北を認めるような掠れた声で言った。
「俺いなきゃ無理なくせに」
「うん」
涼架は即答した。
迷いなく。
脳を焼くような依存を、隠そうともしない悦びの声で。
「滉斗いなかったら僕、多分空っぽだよ」
滉斗の喉がひくりと震える。
嬉しい。
吐き気がするほど、苦しくて、愛しい。
こんなの普通じゃないって、自分でもわかってる。
でももう戻れない。
涼架が悪い。
こんなふうに痛みを全部許すみたいな、聖者のような顔をするから。
荒い呼吸が、互いの肌を濡らす。
首を絞められ、肌を焼かれ、それでも涼架は逃げない。
逃げないどころか、熱に浮かされた瞳で、愛を乞うように滉斗を見つめていた。
首からゆっくりと手が離れ、激しく咳き込む涼架。
乱れた呼吸の隙間から、ふ、と、妖しく口角が上がった。
「……もう満足?」
壊れている。
滉斗は強烈に思った。
自分だけじゃない。
この男も、同じ深さの地獄に落ちている。
暴力も、痛みも、執着も、全部“愛されてる証拠”に変換して貪ってしまう、怪物だ。
普通の恋人には、もう戻れない。戻るつもりもない。
「ねぇ滉斗」
涼架は優しく、もっと深い痛みをねだるように囁いた。
「もっと僕のこと、めちゃくちゃにしてよ」
その瞬間。
滉斗は笑ってしまった。
嬉しくて、安心して、どうしようもなく狂っていて。
「……ほんと、最低」
誰に向けた言葉なのか、もう二人にはわからなかった。
滉斗の力がゆっくりと抜け、涼架の隣のスペースに倒れ込むようにして仰向けになった。
天井の淡い常夜灯を見つめながら、重い呼吸を繰り返す。
嵐のような感情の昂りが去った後の部屋は、耳が痛くなるほど静かだった。
涼架は起き上がり、乱れた髪を指で整えることもせず、ただ隣に横たわる滉斗の横顔を見下ろしていた。
その瞳には、恐怖ではなく、満ち足りたような鈍い光が宿っている。
「怒った?」
涼架がそっと手を伸ばし、滉斗の頬に触れた。ひんやりとした指先が、滉斗の熱を持った肌に触れる。
「……怒ってない」
滉斗は涼架の手を自分の手で包み込んだ。
骨の感触が分かるほど強く握りしめるが、涼架は顔をしかめることすらしない。
それどころか、もっと強く握ってほしいと言わんばかりに、自ら指を絡めていく。
「嘘つき。さっき、すごく怖い目してた」
「お前が変な男の動画見て笑うからだろ。俺だけ見てればいいって、いつも言ってる」
「ただの画面の向こうの人だよ。僕にとって、生きてる人間は滉斗だけでいいのに」
涼架の言葉はどこまでも平坦で、だからこそ重かった。
世間一般の「愛している」という言葉を何千倍にも濃縮して、毒に変えたような響き。
滉斗は目を開け、隣にいる涼架を睨むように見つめた。
「お前、本当に俺がいなくなったらどうすんの」
「言ったじゃん。空っぽになるって。何もしないし、何も食べないし、そのまま消えるだけだよ」
冗談を言うような口調ではない。
淡々と、明日の天気を予報するような自然さで、涼架は自分の終わりを語る。
その徹底した依存ぶりに、滉斗の胸の奥で、再び昏い悦びがじわじわと広がっていく。
自分がいなければ、この男は存在すら維持できない。
それは、涼架のすべてを自分が支配しているという証明に他ならなかった。
「……俺も、お前がいない世界なんて興味ない」
滉斗は涼架の身体を自分の胸元へと引き寄せた。
涼架は抵抗せず、素直にその腕の中に収まる。お互いの心臓の音が、狂ったようなテンポで重なり合っていく。
「ねぇね。外の人たちが僕に最近言ってくれることがあるの。知ってる?」
涼架が滉斗の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で呟いた。
「『異常だ』って。『目を覚ませ』って言ってるんだ。普通の幸せは、こんな形をしてないって、みんな親切な顔をして教えてくれるんだ」
「そんな奴らの言葉、どうでもいい」
滉斗は涼架の背中に回した手に、ぎゅっと力を込めた。
「俺たちの普通は、これだから。他の誰も関係ない。お前を理解できるのは俺だけで、俺を扱えるのはお前だけだ」
「うん……そうだね」
窓の外が、わずかに白み始めていた。
深夜二時の闇は去り、容赦なく現実の朝が近づいてくる。
それでも、二人が作り出したこの狭い世界だけは、決して朝の光に照らされることはない。
薄暗い部屋の中で、お互いの存在だけを命綱にして、二人はまた深く、誰も追いつけない場所へと沈んでいくのだった。