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第三話 休日の音
「今日は休みだぞ、晴明」
朝、道満さんがそう言った瞬間、
僕は思わず顔を上げた。
「今日は土日ですもんね」
「暇だし今日は、家のことでもしようと思ってな」
その言い方が、少し誇らしげで、
少しだけ“外”を含んでいる気がして、胸がくすぐった。
「じゃあ、僕もお手伝いします。道満さん、何からやります?」
「まずは飯だ。腹減った」
「ふふ、そうしましょ!」
道満さんはキッチンへ向かい、
僕は後ろからついていく。
二人で並ぶのは、好きだ。
肩の高さが違うのも、歩幅が違うのも。
「卵、出してくれ」
「はい。……これ、賞味期限、まだ大丈夫ですね」
「細かいな」
「道満さんが食べるものですから」
そう言うと、
道満さんは一瞬だけ黙ってから言った。
「……そういうところが好き」
心臓が、きゅっと鳴る。
「僕も、道満さんのそういうところ、好きです」
⸻
朝ごはんを食べ終えて、
食器を流しに運ぶ。
「洗い物、僕やりますよ」
「いい。今日は一緒にやる」
「一緒に?」
「ああ。休日だからな」
泡だらけの手で、
隣同士に立つ。
水の音が一定で、
時間がゆっくり流れる。
「……静かですね」
僕が言うと、道満さんは頷いた。
「休日はいい。
外の音も、学園の雑音も、全部遠い」
「外……」
言いかけて、僕は口をつぐむ。
道満さんは気づいたのか、気づいていないのか、
いつも通りの声で言った。
「今日は家から出ない。ここで、ゆっくりする日だ」
「はい」
返事は素直に出た。
それが自然になっている自分に、
少しだけ、考える。
⸻
昼過ぎ、テレビをつける。
バラエティ番組が流れて、
人が笑っている。
「この人、よく転びますね」
「わざとだろ」
「すごいです……あ、道満さん、これ」
僕は画面を指差す。
「昔の街並みですね。
なんだか、懐かしい感じがします」
道満さんの指が、
一瞬だけ止まった。
「……ああ。そうだな…」
それ以上、話は広がらなかった。
でも、その沈黙が、
いつもより少し長かった。
⸻
夕方前。
「風呂、沸かしたぞ」
「ありがとうございます。
あの……一緒でいいですか?」
聞くと、道満さんは自然に頷いた。
「もちろん」
浴室に入ると、
湯気がふわっと広がる。
「今日は少しぬるめにした」
「助かります!
熱いと、長く入れないので」
「わかってる」
それだけで、嬉しい。
湯に浸かりながら、
僕はぽつりと言った。
「休日って、不思議ですね」
「どういう意味だ?」
「……時間が、止まってるみたいです」
道満さんは少し考えてから、言った。
「止まってていい。
お前がここにいてくれるのなら」
その言葉は、
優しくて、確かで——
同時に、どこか閉じている。
「道満さん」
「なんだ」
「僕……今日は、楽しいです」
「そうか」
「はい。
こういう日が、ずっと続いたらいいなって」
一瞬、湯の音だけが響いた。
「続くさ」
道満さんは、迷いなく言った。
「俺がそうする」
⸻
風呂から上がり、
二人で髪を乾かす。
「ほら、動くな」
「すみません……」
「謝るな。休日なんだから」
その“休日”という言葉が、
家の中でしか通じないみたいで、
少しだけ胸が痛んだ。
でも、痛みより先に、安心が来る。
夫婦。
一緒にいる。
家の中で。
それは幸せで、
穏やかで——
どこか、息が詰まる。
テレビの音が、
部屋を満たす。
休日は、静かに終わっていった。
何も起こらない一日。
何も変わらない一日。
……でも、
“何も変わらない”ことが、
少しだけ、重くなり始めていた。
コメント
1件
学晴!本当に最高です! 続き楽しみにしてます!