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後ろを振り返る事なくひたすら逃げ続けるエリスだけど、道が悪いせいか肌は草木に当たり傷だらけ。
靴を履いていないエリスの足も、これ以上歩けそうに無いくらい傷を負っていた。
それと共に、木々の間から差し込んでくる陽射しは勿論、徐々に上がっていく気温からも体力を奪われていく。
そして、
(……もう、駄目……足が痛い……疲れた、喉、乾いた……)
昨晩からほぼ飲まず食わず状態で逃げ続けて来たエリスはとうとう力尽き、その場にしゃがみ込んだまま動く事が出来なくなってしまった。
(……きっと、ここで死ぬのね……。どうして私は、こんな目に遭わなきゃいけないの……)
悔しさ、悲しみ、色々な感情がエリスの中に押し寄せる。
シューベルトとリリナの会話から、殺されるかもしれない事は想像がついていた。
だったら、聞いた時点で必要な物を持って逃げるべきだったと、自身の判断の遅さを恨みすらした。
しかし、今更後悔したところで状況が変わる訳では無い。
(お父様、お母様……私ももう、二人が居る場所へ行きます……)
しゃがみこんでから暫くして、意識が朦朧としてきたエリスは亡き両親に思いを馳せながらその場に倒れ込むと、そのまま意識を手放した。
「……おい、…………大丈夫か?」
暗闇の中、エリスの耳に誰かが自分に呼び掛けてくれる声が聞こえてくる。
(……誰?)
そして、身体がふわりと宙に浮くような感覚に重く閉ざされていた瞼を少しずつ開く。
「生きていたか。おい、大丈夫か? 何があった?」
目の前には見知らぬ男の人の顔があり、ゆっくり瞳を開いたエリスの顔を心配そうに覗き込んでいた。
男を見た瞬間、未だはっきりしていなかったエリス意識が一気に覚めると共に、目の前にある彼の顔に驚き言葉を失った。
彼の顔には、額から右のこめかみ、右頬に大きな切り傷があったから。
そんな男を前にしつつも、ひとまず聞かれた事に答えたいエリスだけど、喉が渇いているせいで思うように声が出せず、掠れていて相手の男も上手く聞き取れない。
「ん? 何だ?」
「……っ、み…………ず…………、を、……」
「水? ああ、喉が渇いてるのか。少し待ってろ」
エリスの身体を抱き上げ、どこかへ運んでいる途中の男は、彼女が『水』と口にしたのを聞き取ると、その場で一旦足を止めてしゃがみ込む。
そして大木に寄りかからせるようにエリスを座らせると、自身が持っていた水筒を取り出して水を欲していた彼女に差し出した。
「ほら、飲め」
「…………っ」
それを受け取ろうと手を動かしたエリスだけど、力が無いのか腕を上げる事すら出来ない。
それに気づいた男は水筒の蓋を開けるとエリスの身体を支えるように腕を添えながら、少しずつ水を飲ませていく。
とにかく喉が渇いていたエリスは流し込まれた水を飲み込んでいくと徐々に乾きは潤され、飲み口を離されてから少しして、
「…………あ、りがとう……ございます……」
ようやく言葉を口に出来るようになった。
そんなエリスを前に男は、
「それで、お前は何故こんな森の中で、そんな格好をしている? 見るからに訳がありそうな気はするが……」
咳払いをしつつ、今置かれている状況を問い掛けた。
「あ……その……私……」
問い掛けられたエリスは名を名乗ろうとした直前で気付く。
自分がエリス・セネルである事を明かすべきかどうか。
きちんとした身なりをしていれば名乗らなくても気付かれるくらい美しい容姿のエリス。
普段なら光沢があり美しくウェーブがかった栗色の長い髪も、草木に引っかかったりしたせいかボサボサになって艶を失い、目鼻立ちが整った白く透明感のある小さい顔や華奢な身体の至る所に傷があり、その上ネグリジェ一枚で靴を履いていないという何とも言えない貧相な格好をしたエリスの容姿からは、とてもじゃないけれどセネル国の王子、シューベルトの妻とは気付けないだろう。
それに、殺されかけた状況やシューベルトとリリナが話していた内容から察するに、こうして逃げて来た自分を確実に始末する為にこの先も追い掛けて来る事が予想される今、やたら無闇に素性を明かすのは危険だと判断する。
しかし、そんなエリスに男は、
「……お前はセネル国の王子、シューベルトの妻になったエリスだろう? 何故そんなお前がその様な格好でこんな場所に居るのか、包み隠さず話して欲しい」
真剣な眼差しで、エリスが王子の妻である事を言い当てたのだ。