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「おはようございます、朝です」
ベッドから起き上がって、暗い部屋で一人呟く。
空が白み始めた頃、昨晩早く寝た甲斐もあって、早い時間に起きることができた。
眠る時間を自由に決めることができるのは、時間に縛りの無い仕事に就く者の特権だ。
元の世界では満員電車に揺られて、毎朝ぎゅうぎゅうされていたものだけど、それに比べると今の生活の何と穏やかなことか。
軽く伸びをしてから着替えをし、お屋敷の庭を軽く散歩することにする。
外を一人で歩くにはまだ早い時間だし、身体を軽く動かすくらいならこれで十分だからね。
ひとまず正門側の庭をうろうろしていると、警備メンバーのカーティスさんが見回りをしているところだった。
いつも熱血な人だけど、さすがにこんな時間なら静かに――
「アイナ様!! おはようございます!!!」
――してくれなかった。
「わあぁ、まだ早い時間だよー!?」
「あ、すいません、つい……。まったく、俺には夜の警備は向いていないようで」
カーティスさんは明るく笑い飛ばすが、それも何だか今さらか。
軽く話をしてから別れて、再びふらふらと歩きまわる。
裏庭に差し掛かったとき、何となく後ろを振り返ってみると――
「…………」
「ひ、ひぃっ!!?」
――突然誰かが視界に入って、変な声を上げてしまう。
「…………」
「……え?
あ、ああ、レオボルトさんか……」
「…………」
「うん、そうなんだ? それじゃ、引き続きお願いね」
「…………」
そう言うと、レオボルトさんは静かに去っていった。
――って、あれ? レオボルトさん、一言も発してなくなかった?
何故か話は進んでしまったけど、これがコミニュケーションというやつなのだろうか……。
そういえば少し前、ミュリエルさんがレオボルトさんにこっそり軽食を作ってあげていたんだっけ。
何だかそんなことも、不思議と懐かしく思えてきてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――工房に入って明かりをつけてみると、そこには磨き上げられた大釜が鎮座していた。
以前見たときはもう少し鈍い感じで光っていた気がするけど、今はぴかぴかとしている。
「ミュリエルさんの仕業か……」
先日、『適当にぴっかぴかにしておきます』と言われたばかりだが、まさかここまで磨き上げるとは。
「折角だし、このぴかぴか大釜も使ってみようかな。……暖房として」
大釜に水を張って、マッチで着火する。
うん、やっぱり錬金術の工房といえば、これだよね。
……さて、気持ちも乗ってきたし、調達局から受けた依頼品でも作ろうかな。
アイテムは一瞬で作れるとはいえ、単純作業もそれなりにある。気持ちが乗っているときに、ぱーっとやっちゃわないとね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早朝の時間をこなしていくと、朝食の時間がやってきた。
ここからはいつも通りの、普通の一日が始まる。
「アイナさん、おはようございます」
食堂でメイドさんたちの配膳を眺めていると、エミリアさんがやってきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、ばっちりです!
昨日は儀式で魔力を使いましたけど、そういえば最近、あまり魔法を使っていないんですよね」
「そうですね、魔物討伐とかもしていませんし……」
「適当に魔法を使っても、何か違うんですよ。
然るべきときに、然るべき魔法を使いたい、と言いますか……」
「ああ、凄く分かります。
アクア・ブラストを撃ちたいなーって思っても、そこら辺の地面に撃ち込むのは何だか違いますからね」
「そうそう、それです。元気な人に、無駄にヒールを掛けたりとか……!
確かに魔力は使いますけど、そうじゃないんですよね!」
「ルークがいれば、たまには冒険者ギルドの依頼を受けても良いんですけどね。
でもさすがに二人じゃ厳しいし、そこら辺の冒険者に手伝ってもらうというのも何だか怖いですし」
最近は『あのとき』の感情が薄れてきたものの、やはり『循環の迷宮』でリーゼさんに裏切られた件は、未だに心に突き刺さっている。
裏切りだなんてそうそうあることでは無いかもしれないけど、1回でも起きてしまえば命取りになるのだ。
「わたしも大聖堂の繋がりで前衛職の方は知っていますが、突然では誘いにくいですし……。
……それでは発想を変えて、治療院とか孤児院に行ってみませんか?」
「あ、そういうものもあるんですね。……いや、まぁあるか。
でも私が治療院になんて行ったら、それこそ錬金術で無双しちゃいますよ?」
「それはそれで、とてもありがたいのでは……。
あ、いや、勝手なことをすると上の人がうるさそうですね……。アイナさんのレベルになると、まず許可を取らないと……?」
「……大人の事情、ってやつですね」
それに、一度や二度やるくらいなら良いけど、患者が尽きるまでやるなら……それこそ、終わりは見えないからね。
「……あれ? そういえば、私のところにはそういうお客さんは来ませんね。
何だかんだで、美容関連のものばっかり」
「そういうお客さん、とは?」
「ほら、私って動かせない手や足とかも治せるじゃないですか。
そっちの、お医者さん的な話は広まっていないんだな、って」
「確かにそうですね。
ちなみに王都で、そういう薬を作ったことってありましたっけ?」
「えっと……。
錬金術師ギルドの登録のときに作った『歩行障害(小)治癒ポーション』と、レオノーラさんに渡した『心臓病治癒ポーション』……くらいかな?」
「それではあまり、話が広まっていないのかもしれませんね。
レオノーラ様は……積極的には広めないでしょうし、錬金術師ギルドの方は……ちょっと分かりませんけど」
「なるほど。そういえばレオノーラさんって、何で心臓病の薬を欲しがったんでしょうね?」
私の言葉に、エミリアさんは少し考えてから話を続けた。
「ちらっとだけお話しますと、レオノーラ様の家系は心臓病の方が多いんです。
わたしが言えるのは、これくらいなんですが」
「そうだったんですか……。それでは、ここだけの話にしておきましょう」
「はい、よろしくお願いします。
食事会でその話が出たのも、わたしとしては少し驚いてしまったんですけどね」
――その言葉を最後に、自然とその話は終わってしまった。
好奇心で聞きほじるような真似はしないけど、しかし私ができることがあれば何かしてあげたいところだ。
レオノーラさんは、私を友達だって言ってくれた数少ない人だし――
……って、そういえば私、友達少ないんだよ。
既に王都には2か月以上滞在しているのだから、そろそろ旅を言い訳にはできなくなってきたような。
元の世界では友達は……まぁ正直少なかったけど、まさかこっちの世界でも……?
いやいや、今は親友もしくは仲間と呼べるエミリアさんがいるし――
……とは言っても、王都から出ることになったら離れ離れになっちゃうか。
「――あの、アイナさん? どうしました?」
「え? 何がです?」
「何か考え事をしていたような……。そこまでは深くない感じの、何かを」
「深くないって……」
「ほら、最近はいろいろ深刻な話が多かったじゃないですか。
そこまではいかないくらいの、何か悩みがあるのかな、と」
「ふむ……。そうですね、確かに深くは無いか……」
友達なんて、いなければ作れば良いのだ。
幸い私には時間がたくさんあるのだから、慌てることでも無い。
「何かあれば、わたしが聞きますよ!」
「いえ、大丈夫です。エミリアさんが、ずっと側にいてくれれば!」
「そうですか? 王都にいる間はずっと一緒ですから、ご安心ください!」
――『王都にいる間は』。
今まで何度も聞いた言葉だけど、今日は何だか、心にチクリときてしまった。
……うーん、何だろう。
いや。何となくは、分かるんだけど。