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朝食後、エミリアさんは大聖堂に出掛けていった。
いつもの掃除に加えて、『浄化の結界石』の儀式に参加した際、同僚の司祭から今日の礼拝に誘われたらしい。
エミリアさんの知り合いが、レオノーラさんだけってわけでもないからね。
長く大聖堂に仕えているわけだし、優しくて可愛いし、男性だろうが女性だろうが放ってはおかないだろう。
そう考えると私の交友関係は狭いのに、エミリアさんはやっぱりそれなりにあるものだなぁ……と思ってしまう。
せめて私は、狭いながらもひとつひとつを大切にしていくことにしよう。
「――さて、テレーゼさんは大丈夫かな」
ダグラスさんから聞いた限りでは、テレーゼさんは寝不足で体調を壊しているらしい。
昨日は早退してしまったそうだし……。
私はテレーゼさんからの好感度がかなり高いみたいだから、様子見に行ったら喜んでくれるかな?
時間もあるし、錬金術師ギルドに寄って……ついでに何か依頼があれば受けてみよう。
それならどっちにしても、無駄足にはならないからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
錬金術師ギルドに入ると、テレーゼさんの大声は――……響かなかった。
受付カウンターを見てみると、昨日と同じ女の子が座っている。
「おはようございます!」
「おはようございます。
アイナさん、今日は何の御用でしょう」
おぉ、もう名前を覚えられてる! ……って、いやいや、昨日から覚えられていたか。
軽く周囲を見回しても、テレーゼさんの姿はやはり見えない。ここは素直に上司を呼んでもらおう。
「依頼を受けに来たのですが、ダグラスさんをお願いできますか?」
「かしこまりました。
すぐに呼んで参りますので、少々お待ちください」
受付の女の子は昨日と同じように、少し急ぎ足で奥へと消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもの応接室に一人で待っていると、しばらくしてからダグラスさんがやって来た。
「アイナさん、おはよう。昨日の今日で、何だか忙しいな」
「いえ、昨日は食堂に来たようなものでしたので。
ところで、テレーゼさんは?」
「ああ……、今日は体調不良で休みだ」
「え?」
「昨日もらった睡眠薬は、夜の内にテレーゼに渡しに行ったんだが……。
ちゃんとアイナさんからだって伝えたら、嬉しそうに受け取ったぞ」
「それは何よりですけど、寝不足以外に、他に悪いところがあるんですか?」
「うーん……。身体よりも、精神的なところっぽいんだよなぁ……」
精神的なところ――
……テレーゼさんが? というのが正直な感想ではあるものの、人間の内面なんて他の人からは分からないものだ。
普段どれだけ明るく振る舞っていても、逆にそういう人こそ、深くて暗いものを抱えているのかもしれない。
「んん……。それなら、睡眠薬に頼っていても根本的な解決にはなりませんね……」
「そうなんだよなぁ……。こんなことは初めてだからさ、俺もどうしたら良いものか……。
時間が治してくれれば良いんだけど、逆に変にこじらせたら大変だし……」
「……私、お見舞いに行っても良いですか?」
「お、そうか? きっとテレーゼも喜ぶからさ、良ければお願いできるかな。
テレーゼの家は知っているか?」
「いえ。基本的にお話は、錬金術師ギルドでしかしていないので……」
「それなら地図を書いて渡すよ。
その間、依頼を持ってきたから見ててくれるかな」
「分かりました。
……やっぱり、美容関係が多いですね」
「依頼と一緒に、いつアイナさんのお店が開くのかっていう問い合わせも来てるからな。
錬金術師ギルドの取り分は減るが、アイナさんも直接やりとりした方が実入りは良いと思うぞ」
「そうですねぇ……。でも今の状態が、楽といえば楽なんですよね」
錬金術師ギルドを介さないのであれば、依頼者が直接私のところに来て、私が品物を依頼者に渡すことになる。
しかし1件や2件ならまだしも、10件や20件になってしまうと、それだけでとんでもない労力が掛かるのだ。
「確かに、手数料をもらってる分は雑務を代わりにやっているからな。
アイナさんが問題ないなら、錬金術師ギルドとしても問題ないぞ」
「はい、おかげ様で楽をさせてもらってます。
それじゃ、ここら辺の依頼を受けていきますね」
20件ほどの依頼書とテレーゼさんの家の地図を受け取ったあと、私はそのまま、テレーゼさんの家に向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――賑やかな通りから少し離れた、アパートのような集合住宅の2階。
元の世界で一人暮らしをしていた部屋を、どこか懐かしく思い出させる佇まいだ。
コンコンコン
呼び鈴のようなものが無かったので、ひとまずはドアをノックして様子を窺う。
しかし二度三度叩いても、中からの返事は無かった。
……寝てるのかな?
それなら無理して起こすのも申し訳ないか……。
そんなことを考えていると、隣の部屋から女性がひょっこり顔を覗かせた。
「あんた、テレーゼちゃんに用事かい?」
「あ、はい。そうなんですけど、返事が無くて」
「朝方、しんどそうな顔して出ていったよ。いつもは元気なのに、大丈夫なのかね」
「そうなんですか……。外出中なんですね」
具合が悪いと言うのだし、お医者さんにでも行ったのかな?
それなら少しは安心できるんだけど――
「何だか、今日は図書館に行くって言ってたよ」
――え?
「図書館、ですか?」
思わぬ行き先に、私は驚いてしまった。
それに――あれ? 図書館って確か、入るのに資格がいるんじゃなかったっけ?
エミリアさん曰く、その資格は『国益をもたらす有益な人材にしか与えられない』そうなんだけど――
「……あ、違う違う。図書館って言っても、分館の方だからね」
「え? 分館って何ですか?」
「あんた、王立図書館の方を想像したでしょ? そっちじゃなくて、もっと小さい図書館があるのよ。
まだそこにいるかは分からないけど、心配なら行ってみれば?」
「そうですね、ありがとうございます!
……あの、場所を教えてもらって良いですか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教えてもらった場所に行くと、図書館は簡単に見つけることができた。
小さいとは言っても、元の世界の街中にあるような図書館のイメージだ。
広さはそこそこ、席の数もそこそこ。人もそこそこいて、何ともそこそこな空気が漂っている。……良い意味でね!
まずは図書館の中を一周してみたが、テレーゼさんの姿を見つけることはできなかった。
うーん……もう帰っちゃったのかな? 一応、図書館の人に聞いてみよう。
「あの、すいません」
「はい、いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「あ、本ではなくて……。
あの、体調の悪そうな女の子が来たかもしれないんですけど、見ませんでしたか?」
……って、さすがにこれだけの情報じゃ分からないか……。
「もしかして、テレーゼさんのことですか?」
「え? ご存知なんですか?」
「はい、彼女はよく勉強をしにくるので」
「へぇ……」
予想外……と言うのも失礼か。
何と言うか、テレーゼさんの新たな一面を見た思いだ。
「それでテレーゼさんですが、もう結構前に帰られましたね。
時間としてはあまりいなかったかな……? ちょっと本を調べて、すぐに帰ったっていう感じでした」
「そうですか……。
うーん、体調が心配なので探しているんですけど、家に戻ったのかな……」
「あ、どこかに寄るって言ってましたよ。
えーっと……白猫亭、だったかな?」
白猫亭……? 初めて聞く名前だけど――……って、もしかして白兎堂のことかな?
精神的にしんどいって言うなら、幼馴染のバーバラさんに相談をしに行ったのかもしれないからね。
……となれば、私が行っても邪魔かな?
でもここまで来たんだし、顔くらいは出してみることにしよう。
「ありがとうございます。思い当たる場所があるので、行ってみます!」
「はい、あまり無理しないようにとお伝えください」
「分かりました、ありがとうございます!」
係の人に挨拶をしてから、私は図書館をあとにした。
……それにしてもなかなか捕まらないものだ。
しかしそれよりも、そんなにうろうろして大丈夫なのかなぁ。……さらに心配になってきちゃったぞ。