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「ごっつええ筋肉しとるだ……。」

君がそう感じるのも無理はないさ。

なぜなら俺は筋骨隆々太きんこつりゅりゅた、鍛え抜かれた異術の名人だからな。

間違えた。

鍛え抜かれた筋肉の持ち主だからな。

まず注目してほしいのがこの腕。特に上腕二頭筋から乳首にかけてのこのカットを見てくれ。な?

じゃあ次はこっち、この僧帽筋をみてくれ。僧帽筋ってのは背中から首とか肩甲骨にかけて付いてるジャンボな部類の筋肉だ。

この僧帽筋から乳首にかけてのこのカットを見てくれ。見てからモノを言え。

そしたらこんだこっちどうよ?

筋肉の王者、大・腿・筋(太もも)。

このモリッと盛り上がった大腿筋から乳首にかけてのカットを見てみてね。ね!

ちょっとしつこいか……。しつこいのはトレーニングだけにしといた方がいいよな。うん。

「という感じでひととおり僕の長所である筋肉をご覧いただけたと思うんですがどうですか?結婚を前提として付き合っていけそうですか?」

目の前に座った女性は驚いたような表情を浮かべると、しばしあたりを見まわし再び俺の方に向き直った。

「あの、それ私に言ってます?」

「え……?」

あたりめぇだろ。

結婚相談所で紹介してもらって今日この、なんか、ホテルのとこにある喫茶店で集合したんだからよ。

つーか同じテーブルに二人で座ってて片方が喋ってたらそりゃあもう片方に向けて喋ってるに決まってるだろうよ。

初対面の女性ほっぽらかして独り言で筋肉の自慢してるヤツに会ったことあるか!?

俺がそういう男に見えたってことかよ。

それが素直な気持ちなのかよ!

寄せては返す焦燥と一抹の悲しみを筋肉で抑えこみ、つとめて冷静に女性に問いかけた。

「コンビニで買い物した時にもらったお釣りはそのままレジ横の募金箱に入れちゃってます。そんな僕と結婚を前提とした……」

「ちょちょちょちょっと待ってください。まだお名前も聞いてないのにいきなりプロポーズされても……」

「名前?あぁ、これは括約筋といって主に肛……」

「違います!あなたのお名前です。あなた自身の」

あぁ、俺の名前か。

「失敬。確かに結婚相談所ではプライバシー保護のために運営がランダムに付けたニックネームを与えられていましたものね。僕が『ペドロ」、あなたが『神田川』。こうしていざ対面してみると、あなたってわりと『神田川』っぽくてよくできたニックネームではあると思いました。僕はどう?『ペドロ』っぽい?まぁいいか。ではあらためて本名を。俺の名前は筋骨隆々太。誰がどう見ても筋骨であり、どこからどう見ても隆々太である。まる。」

最後の「まる。」はこれで俺のターンは終わりです。あなたからの返事待ちです。という意味でよく使っているんだ。

その「まる。」ってやつムカつくからやめろ、って昔のバイト先の先輩に言われたことがあってめっちゃウケた。

てな感じで俺のターンは終わったからブス、今度はお前のターンだ。名を名乗れ。

いやちょっと待って。ブスって言っちゃった。

いや実際に口には出していないから目の前の女性の耳には聞こえていない。だが、問題はそこではない。

ごめんね。いや、違うんだよ。

あの、なんていうか、ブスってその見た目のことを言ってるわけじゃなくてさ、ほら、リズムでブスとか言ってしまうことって誰にでもあるやん?寺田にもあるやん?……寺田?

そういえば俺には『寺田』という友達が一人もいないなぁ。『吉原』はいるけど。

今度一緒に寺田という名前の人に友達になってもらいに行きませんか?これデートとしては、アリですよな…?

つまり何が言いたいかというと、うまくいかない日常になんだか気分がクサクサして、クッッッサいタイミングで予想外の暴言が口をついて出てしまうことって誰にでもあるじゃない。あるよね。ってこと。

それがたまたまさっきのタイミングだったってわけ。

で!結果それで「ブス」とか言っちゃったわけ。だから……

「あの、聞いてます?私の声聞こえてます?」

「え、あ……」

しまった。俺としたことが自分との対話にボツニューしてしまった。

「失敬。未来の結婚相手を目の前にして興奮してしまいついさまざまな想像に思いを巡らせておりました。僕は小さな子供や動物に優しいです。」

「いや、知らないですけど。そして未来の結婚相手でもないです。今のところ。」

「な……」

今のところーーー。最後にそっと置かれたその言葉に俺は未来への確かな可能性を感じました。

全く望みが無い場合、「今のところ」なんてワードを最後にそっと、窓辺に置くようにそっと置くようなことを、置きはするのだろうか。

いや、しないと思う。

彼女は俺に希望を見せたんだ。

私に手を伸ばせと。

勝負はまだ、終わっちゃいないと。

三角筋が囁いている。彼女にキスしろと。

しかしそこは俺も紳士。名も知らぬ女性にいきなりキスするほど豪胆ではない。

ここはひとつ、順序を、段階を経るのだ。

「失敬。お名前を伺ってよろしいでしょうか。あなたの」

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