テラーノベル
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「おはよー。」
「おはよう。」
「おはよぉ。」
夏休みが始まって、まだ三日目。
なのに、おれ達はというと――
初日は命の危機。
二日目は、バイト初日でまさかの事態。
…と、まだ始まったばかりだっていうのに、すでに濃いめの思い出が出来上がっていた。
今日は、おれと元貴が休みで、涼ちゃんだけシフトが入っていた。
いつものように涼ちゃんが用意してくれた朝食を三人で囲む。
そして、バイト先で着替えるのが面倒臭いからと、海パン(ちなみに今日の柄はレインボーのタイダイ柄)とTシャツの格好で、元貴の真似をして手を合わせてから家を出て行った涼ちゃんを玄関先で見送った。
ちなみに涼ちゃんは今日、早速通しのシフトの為、夜まで帰って来ない。
「ふぁー、やっぱりエアコンは最高だぁっ。」
そう言いながら、引きっぱなしになっている布団に元貴は大の字で転がりながら、文明の利器を満喫している。
「あんまダラダラしてると、またレポートの提出忘れるよ。」
そんな元貴を眺めながら、おれは少しだけ意地悪を言ってみる。
…昨日散々高所恐怖症の件を笑われたお返しでもある。
「忘れてはないし!ちゃんと提出したもん!」
「提出出来たのは誰のおかげでしたっけー?」
「…うっ…若井と涼ちゃんのおかげです。」
元貴の反応はいつも分かりやすい。
痛いところを突かれて、見るからに“ぐぅの音も出ない”って顔してる元貴に、俺はついニッと笑った。
そのまま、元貴の隣にどさっと寝転がる。
顔を横に向けた瞬間――
睫毛の本数を数えられそうなくらい、すぐ近くに元貴の横顔があって、思わず息を呑んだ。
ドキッ、と。
胸の奥で、音が鳴った気がした。
最近…いや、本当は意識していなかっただけで、ずっと前からそうだったのかもしれない。
きっかけは、元貴と喧嘩したあの日からだった気がする。
でも、もっと強く意識し始めたのは、涼ちゃんに、おれと元貴が“付き合ってるんじゃないか”とからかわれたあの日からだと思う。
あの時は、慌てて『そんな訳ないだろ!』と否定した。
けど、その言葉の裏で…
心のどこかで、そんなふうに言われたことに、嬉しさを感じている自分がいることに、気づいてしまった。
「ちょっ、近っ…!もうっ、自分の布団に寝ろよっ。」
おれと目が合い、顔を赤くする元貴が、 最近は可愛くて仕方がない。
昨日も、物置部屋に海パンを探しに行って体制を崩した時や、バイト先での更衣室で耳打ちした時も、元貴は顔を赤くしていた。
もちろん、そんな反応をおれが見逃すはずがなく…
むしろ、その反応見たくてわざとやっているようなもんだし。
それでも、顔を真っ赤にしながらその場を離れようとしないあたり、元貴も満更でもないんじゃないかと思えて、 おれは、なんだかすごく嬉しくなった。
「元貴、今日レポートやるー?」
夏休みとは言え、高校の時ほどではないが、課題が出ており、その中の一つが、英語のレポートだ。
おれ達は期末試験の際、レポートにだいぶ手こずったから、今のうちに手をつけておこうと思って、元貴に声をかけた。
「んー。英語だから涼ちゃんが居た方が捗りそうだから…今日はいいかなぁ。」
“涼ちゃん”
元貴の口から涼ちゃんの名前が出てくる度に、おれの胸の奥がモヤモヤする。
理由は、分かってる。
おれの、つまらない嫉妬だ。
昨日の朝だってそうだった。
元貴がずっと昔からやっている“家を出る時の癖”に涼ちゃんが気づいて、嬉しそうに話していたあの時。
おれは、『わざわざ聞かなかっただけで、そんなの前から気づいてた』って。
そんな小さなことに引っかかり、 涼ちゃんに一緒にやろうよって言われた時も、素直になれなくて。
おれは笑顔を貼り付けて先に外に出てしまった。
涼ちゃんがいい奴だって事はもう分かっている。
今では信頼できる友達だし、一緒にいて楽しいとも思ってる。
けど、そんな涼ちゃんだからこそ…なのかもしれない。
元貴の隣に自然と居るその姿を見てると、 おれの中で、なんとも言えない感情がじわっと広がる。
「確かに。そうかもね。」
でも、おれはそんな感情を元貴に知られないように、平然を装った。
「ね!それより、久しぶりにゲームしよーよ!」
「いいね!最近バタバタしてて出来なかったもんね。」
だって、つまらない感情に振り回されるよりも、今は元貴と二人の時間を思いっきり楽しみたい。
ゴロゴロと天井を眺めていた元貴が、急にゲームをしようと言い出したので、おれは笑顔で、即答し、おれ達のお決まりのゲームのセットを準備し始めた。
「よし!今日は夜までゲームだー!」
「せめてあそこのボスまでは行こう!」
目の前に用意されたのは大量のポテチ(これは前に涼ちゃんが買いだめしてたやつ)と、キンキンに冷えたコーラ。
おれと元貴は並んでソファーに座り、ポテチを一枚口に放り込むと、同時にコントローラーを握りしめた。
・・・
「疲れた~。って、暗!元貴〜?若井~?」
結局おれ達は、昼ご飯も食べずに、一日中テレビの前から動かずに居た。
夜になると、バイトから帰ってきた涼ちゃんが、電気の付いていない暗い家の中に少し怯えながら、キッチン横の扉からリビングに入ってきた。
「お帰り。」
「お帰りー。」
おれも元貴も、今まさに絶対に目を離せない局面だったので、涼ちゃんの方を見ずに、 ゲーム画面に集中したまま『お帰り』とだけ告げると、 二人して忙しなく指を動かしていった。
「うわー!すごい!よく倒せたねぇ!」
数分後、ついに目標だったボスを倒す事が出来たおれ達は、嬉しさのあまり、思わず無言でハイタッチ。
すると、その瞬間、後ろからパチパチと拍手する音が聞こえてきた。
「これ、ぼくもやってたんだけど、こっから先に行けなくて、ずっと止まってたんだよねぇ。」
そう言いながら、涼ちゃんが電気のスイッチを押す。
パチッという音と同時に部屋がぱっと明るくなり、テーブルいっぱいのポテチの空袋と、あと少しで空になりそうな2リットルのコーラのペットボトル。
それに、片付け忘れていた朝ご飯の食器が、まるでスポットライトを浴びるかのように露わになった。
涼ちゃんの買ってきたポテチを食い散らかし、朝の食器も片付けてないなんて、流石に怒られると思ったおれと元貴は、同時に目を合わせて『ヤバい』と言う顔をした。
涼ちゃんが母親なら、今ごろおれ達の頭には、ゲンコツの一発くらい、軽く飛んでくる状況だ。
でも、涼ちゃんは…
「もしかして、お昼ご飯食べてないの?!お腹空いたでしょ~?僕、今日ラストまでだったから余った唐揚げとかフライドポテトとか沢山貰ってきたんだぁ!一緒に食べよっ。」
「え、あ…うん。」
「あ、ありがと。」
てっきり怒られると思ってたおれ達は、あまりにも優しい涼ちゃんの言葉に、 拍子抜けしてしまい、ふわふわした返事しか返せなかった。
「あ!そのポテチ!僕が買ってきたやつだよね?!それ食べたかったのにぃ。」
わ、やっぱり怒られる…!と身構えた瞬間、
元貴が、涼ちゃんが指差したポテチの袋をおそるおそる手に取った。
「えっと…あ、少しだけ残ってるよ…。」
奇跡的に底のほうに数枚だけ残っていたのを見つけて、元貴は差し出したが、 それで許される問題じゃないのは明白で…
(って、おい元貴!そういう問題じゃないだろ!)
と、おれは心の中で思いっきりツッコんだ。
「ほんと?!食べる~!…わっ、美味しい!ありがとっ。また今度買ってこよ〜っと!」
しかし、涼ちゃんは、またしても予想を裏切り、残りのポテチをニコニコしながらパクパクと食べていた。
「「…ぷっ。」」
そんな涼ちゃんを見ながら、おれと元貴は思わず吹き出してしまう。
すると涼ちゃんは、口をもぐもぐさせたまま、
『え?なに?』とでも言いたげに、キョトンとした顔でおれ達を見返してきた。
「いや、おれ、やっぱり涼ちゃんの事好きだわ。」
そう言って、おれは勢いよくソファーから立ち上がると、涼ちゃんの肩に手を回した。
「あー!ずるいっ。ぼくだって、涼ちゃんの事好きなのにー!」
すると、元貴も負けじとソファーから立ち上がると、そのまま涼ちゃんにギュッと抱きついた。
「わぁっ、なにこれ!ぼく、モテモテじゃ〜ん!」
涼ちゃんは両側から抱きしめられながら、満更でもなさそうに笑っていた。
おれは、多分、元貴の事が好きなんだと思う。
きっと、これからも、涼ちゃんに嫉妬してしまう瞬間はおとずれるだろう。
だけど、今は、この三人の時間が何よりも大切で愛おしい。
だから、元貴への想いは、誰にも見せずにおれだけのものにしておこうと思う。
…とりあえず今は。
コメント
3件
うわぁ、好き💞