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「ライナー・ホワイトです。よろしくお願いします」
そして仲間とは欠片も思われていない視線に曝される。
見渡せば重要人物がそこら中にいる。公爵家の次男や現役魔法騎士団長の娘。そして先生はキルゲ・シュタインビルド。
「みんな仲良くするようにお願いします」
稽古開始。
にはならない。
アイリスディーナが突っ込む。
「待って待って待って待ってなんでキルゲさんが先生役? 体験入学生徒じゃないの? なんでアンタが先生やってるのよ」
「この私が、あの陛下ですら征服できなかったニ割の世界に行くのですよ? 再現可能な技術や完全秘匿されていない知識は全て完成させてから赴くのが普通でしょう。そして完成しているが故に指導もできる、というわけです。無論、この学園のプログラムも頭に入っているのでお気になさらず」
「完成って……」
「その物事に関する戦略目標を理解し、解明し、解析し、熟練し、完成させる。そもそも八割の世界と二割の世界が生まれたときから生きているのです。この程度、できなくてどうします?」
「え?」
「ハァイ! それでは皆さん、授業を始めますよ」
瞑想魔力制御からはじまって、素振やら基礎的な内容が続く。 基本は大事。9部は素振りしたらチャンバラする。
強い人間は基本を大事にする。
それは真理だ。
周りのレベルも高いく、研鑽するならお世辞抜きでいい環境だろう。
ライナー・ホワイトはこの王都舞踏流とかいう剣術は非常に理にかなっているので好きだった。理に叶った練習に参加していて苦にならないって素晴らしいことだ、と。
「次はマスだから組みましょうか」
マスというのは軽い実戦形式の稽古だ。 お互い攻撃は相手に当てずに、技や返し流れの確認をする。
「実力違いすぎない?」
「大丈夫よ」
木剣を構え打ち合う。
ライナー・ホワイトが剣を振り、アイリスディーナが捌く。
逆にライナー・ホワイトが仕掛け、僕が捌く。
攻撃は当てないし、動きも遅い、
魔力もあまり使わない。
周りでは魔力をガンガン使ってかなり激しい打ち合いをしている組もあるけど、アイリスディーナは意外にもライナー・ホワイトに合わせてくれている。
いや、ライナー・ホワイトに合わせていると言うよりも、これが普段通りなのかもしれない。マスはあくまで技の確認で、そこに速さや強さは必要ない。彼女は稽古の目的をよく見据えているのだ。
それはアイリスディーナの剣を見れば分かる。
姉のベアトリクス王女の実力は、誰もが褒め称え王国中に轟いている。天才、鬼才、今や王国最強とまで言われている。
対して妹のアイリスディーナは剣にてはあまり評判は良くない。魔力はある、剣も素直、ただベアトリクス王女には大きく劣る。これが世間一般に言われているアイリスディーナの評価だ。
アイリスディーナの剣はライナー・ホワイトにとっていい剣だった。
基本に忠実、基礎をしっかり、地味。
地味。その地味さは努力の結晶なのだ。無駄が排除され、研ぎ澄まされたその様は、一歩一歩基礎を積み上げてきた証拠なのだ。
(見習えよ)
ライナー・ホワイトはアンダー・ジャスティスの仲間の許し難い剣を振るう獣人の少女に心の中で語りかけた。
「いい剣ね」
アイリスディーナが顔をしかめて言った。
「どうも」
「でも、嫌いな剣。不愉快。自分を見ているようだわ。終わりにしましょうか」
彼女はそう言って片付けに入る。授業が終わったようだ。
ライナー・ホワイトは大方の予想に反してこの授業を無事切り抜ける事が出来たようだ。素早く片付け、着替えて、全力ダッシュで帰宅。
「待ちなさい」
出来なかった。
僕はアイリスディーナに首根っこ掴まれて連れて行かれた。
「アイリスディーナはモテる。で、僕はその弾除けってことだろ」
ライナー・ホワイトは放課後の校舎裏でアイリスディーナと対峙した。
「いいえ。私は本当に貴方が好きになったの」
澄ました顔でアイリスディーナは言う。
「どっちでもいいよ」
「よくないわ、貴方には私を好きになってもらいたいの」
「それこそどうでもいい。悪いけど、君たちの王族の事情に巻き込まれるつもりはないから」
「あら、恋人のクセに薄情ね」
「恋人? ただ都合のいい弾除けが欲しかっただけだろ?」
「でも、貴方も酷いわ」
アイリスディーナは悲しそうな表情を浮かべる。
「酷い? いったい何のことだ」
「あら、惚ける気? 罰ゲームで告白してきたのでしょう」
さらに悲しみを深めてアイリスディーナは言った。
「うん、ちょっと待って。落ち着こう」
「非道いわ、乙女の純情を弄ぶなんて」
シクシクと泣く真似をする。アイリスディーナは少し演技がくどいか? と少し不安に思うも、この方針で演技を続ける。
「凄く、悲しかったわ」
「何のことかさっぱり分からないけど。証拠でもあるのかな?」
そう、証拠だ。
彼女がどれだけ疑おうとも、ライナー・ホワイトの友達2人が裏切らない限り証拠は。
「スカル君だったかしら。私が話しかけたら顔を真っ赤にしてペラペラと聞いていないことまで全部喋ってくれたわ。いい友達ね」
ライナー・ホワイトは頭の中でスカルを粉砕機にかけてゴミ箱に捨てる事で精神の衛生を保った。
「大丈夫? 頬が盛大に引きつっているけど」
「大丈夫、僕は性根が歪んでいるから口も歪むんだ」
「ああ、なるほどね」
「君よりマシだけどね」
「ん、何か言ったかしら?」
「別に。それで、何が望みだ……」
ライナー・ホワイトは敗北を認めた。敗因は友達選びを間違えたことだ。
「そうね……」
アイリスディーナは腕を組み校舎にもたれかかった。
「だから好きになったって言ってるじゃない」
「ただの男爵家の底辺魔法剣士だよ。君には見合わない。正直弾除けには力不足だし、恋人には分不相応で認められないでしょ」
「分かっている。時間が稼げればいいの。後はこっちで何とかするから」
「それと危険な目には遭いたくない。相手は王女だ。何かあったら僕じゃどうしようもない」
「ごちゃごちゃ五月蠅いわね」
アイリスディーナはそう言って懐から宝石をバラまいた。
「上げるわ」
キラキラと輝く宝石はとても魅力を放っていた。
「へぇ、僕が財宝でなびく男に見える?」
ライナー・ホワイトは地べたに這いつくばって宝石を丁寧に拾いながら言った。
「見えるわね」
「その通りだ」
最後の1つに手を伸ばしたライナー・ホワイトの目の前で、アイリスディーナのローファーがその金貨を踏みつけた。
ライナー・ホワイトはアイリスディーナを見上げた。アイリスディーナの赤い瞳が僕を見下ろした。プリーツスカートの中身が見えた。
「私に惚れていいわよ」
性格の悪さが滲み出た微笑みでアイリスディーナが言う。
「もちろんですとも」
僕は満面の笑みで答える。
「可愛いわ。ヒト」
「まさかの種族名呼び!?」
アイリスディーナはライナー・ホワイトの頭をポンポンと撫でて、短いスカートを靡かせ去っていった。
ライナー・ホワイトは彼女の足跡が付いた宝石を丁寧に拭いてポッケにしまった。