「それだけの理由で、私の後ろにはりついていたの?」
女は一瞬呆けたあと、目を瞬かせながら問いかけた。
「はい。ここの峠の走り方のお手本を、間近で見せてもらいました」
「じゃあなおさら、ダウンヒルでも私の走りを見たいと思わない?」
「雅輝っ!」
嫌なしたり笑いをした女を見て、橋本が止めに入る。宮本の腕を掴み、首を横に振って口パクで駄目だと告げた。
「見たいっす」
宮本は橋本の意見を無視して即答した。その昔、攻略できなかった場所を上手に走る車を目の前で見たからこそ、その言葉が口を突いて出たと、橋本はすぐに理解した。だが、今は分が悪い。
宮本が熱心に走り込んでいたときと、たまに峠を流すように走っている現在では、どう考えても技術の劣化が否めない。下り走行になるダウンヒルなら、危険度が格段に跳ね上がるのは、火を見るよりも明らかだった。
そんなことを考える橋本の心配を他所に、宮本に向かって女が話しかける。
「だったらついてきて。対向車とかの調整は仲間に頼んでみるから、ちょっと待っててね。逃げないでよまーくん♡」
なぜか投げキッスをしてから180(ワンエイティ)に戻り、宮本の気持ちを煽るようにアクセルをふかしてから立ち去った。
「雅輝、おまえがここを攻略したい思いはわかるけど、あんな女の挑発に乗ることないだろ」
「……上手な人の走りを見たいと思っちゃ、駄目なんでしょうか」
橋本が妬きもちまじりの文句を言ってから、ややしばらくして告げられた宮本のセリフ。車を速く走らせるための手段を考えたら、真っ当な答えだと思うのに、否定する言葉が出てこない。
「陽さん……」
宮本は返事を強請るように橋本の名前を呼んでから、服の裾を引っ張る。
「雅輝の気持ちもわかるけどさ。だけどここは走り慣れた場所じゃねぇんだ、どう考えたって危ない」
ここに辿りつくまでの上りのことを思い出して、橋本はあえて指摘した。
三笠山よりも傾斜のきつい峠道――コーナーも走り屋が喜びようなS字や、リアを振り回せる感じの大きな角度のコーナーがあったりと、バラエティーに富んだ場所だった。
「陽さん、俺ね――」
「危ない走りはしないからっていうのは、当然ナシだぞ」
宮本が言いそうなことを橋本が先に告げて、見事に言葉を奪った。
「陽さんには敵わないな」
橋本を掴んでいた服の裾から手を退けようとしたら、すぐさまそれが捉えられた。強く握りしめる橋本の手によって、宮本の手がそのまま引っ張られていく。少しだけまぶたを伏せた橋本が、爪先にやんわりと口づけをおとした。
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